トップページ | 2005年5月 »

2005年4月30日 (土)

駄菓子屋

子供の頃というのは、毎日走り回っていたので、お腹が空くのが早くて、いつもぐうぐう、いっていたように思う。3食以外には、10時と3時にわずかな母親が手作りで作るお菓子しか許されず、そのため、ご飯がいつも美味しかったように思う。

母親に10円とかもらって、近所の駄菓子屋に行くことが許されたのは、比較的大きくなってからであった。当時は赤痢とか腸チフスがはやっており、子供が買い食いすることは危険と、母親は感じているようであった。

現在は子供に少し与えすぎているように思う。結果的に、辛抱できない子供を作り、また不健康な体質にしてしまっているように感じるが、いかがだろうか。

それはさておき、先日某百貨店の駄菓子売り場が盛況なのには、少し驚いた。盛況ということもそうだが、顧客のほとんどが高齢者ということであった。自分のためのものか、孫のためのものかは不明だが。

昔懐かしい駄菓子や大量生産品でないお菓子などが評価されているのかもしれない。ただ、当時のビンやプラスチックに入った商品のバラ売りはさすがに、百貨店ということもあり、していなかったようだ。

また自家消費のため、街の菓子屋さんの製造のためか、価格もどちらかと言うと、手頃な価格に設定され、他の有名銘菓店のお菓子と比べれば、かなり安い。そういったことも受け入れられているのだろう。

当日、私も、つられて安い羊羹を3棹も買ってしまったが、有名メーカー品と遜色ない味で、満足したのでした。

*追記

百貨店でも、最近は、昔懐かしい、ビン入りやプラスチックケース入りの駄菓子をばら売りするようになっている。まさか1個だけ買う人は稀であろうが、そこまでやる営業姿勢に感心。そして昔の駄菓子屋そのものに郷愁を覚える人は多いかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月28日 (木)

クールビズ

環境省から省エネルック改め「クールビズ」が発表されたようだ。民間のデザイナーを巻き込み、提案している。流風は、4月20日付け「ネクタイ族」で、スーツにネクタイの苦しさを訴えたが、国も考えてくれているようだ。

ただ、過去に「省エネルック」は普及しなかった。官庁の方々はノーネクタイで通されていたが、民間はそれには同調しなかった苦い経験がある。

だいたい、こういったことは、国の主導だけでは普及しない。民間の企業のトップの意識の変更が求められる。日本の企業はまだまだ横並び意識が強いので、まず大企業の方々から普及させることが望まれる。

ただ、仕事をするには、形から入るという考え方も無視できない。そして仕事着ではあるが、日本の伝統を活かした、開放感のあるデザインを期待したい。これを機会に、多様な「クールビズ」が開発されることを望む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月27日 (水)

痩身について

若い女性が痩身に励んでいることをよく耳にします。街を歩いていても、電車に乗っていても、その話題が耳に入ります。今回は、なぜ、そんなに痩せることを気にするのだろうか、と考えてみました。

確かに、痩せていれば、スタイル良く、着るものは映えます。しかし、それは何のため、誰のために痩せるのでしょうか。

理由はいろいろあるでしょう。例えば、仕事のため、自分のため、そして男性を捕まえるため等々。仕事のためなら、仕方ありません。ここでは、考慮外にしましょう。

自分のためにだけに、痩せようとすることが果たしてあるのでしょうか。よく鏡を取り出して、自分の顔をながめている女性がいますが、自分のスタイルを街中でチェックしている女性はあまり見ません。

やはり、男性の目線を気にして、はじめて痩せようとする女性が多いのではありませんか。ところが、男性が、女性を見た時、あまり痩せすぎている女性は男性の目から見て、あまり興味がわかないと思います。

実際、彼女を裸にしたイメージすれば、あまりにも細すぎて、抱いた時、骸骨を抱いたような感じになるのは、正直嫌ですよ。ウエストが細いことは健康の印ですから、それに越したことはないのですが、全体が痩せすぎは、見た目にも美しくないし、魅力も感じない。

では、太っている女性と痩せている女性はどちらが良いか、と訊ねられたら、どう返事するかって?実は、男性から見て、ベストの女性の体型は中肉中背だと、流風は感じるのです。太った女性も魅力は感じられません。

結局、全体バランスに配慮しながら、ウエストにだけは注意する、という考え方で良いのではありませんか。では、流風はどうなのかって?流風は長い間、若干お腹が出ていることを除けば、体型はあまり変わっていないと思います。

そのためには、不規則な食事は避け、栄養バランスに配慮し、適度な運動をしつつ、間食は極力止める姿勢が望ましいのではないかと、専門家ではないが、そう思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月26日 (火)

ケチは男か、女か

先日、百貨店をウインドウ・ショッピングしていたら、若いカップルの声が偶然耳に入ってきた。その内容といえば、次の通り・・・・。

男:そんなものは、○○のスーパーで買えるじゃないか。わさわざ、ここで買わなくてもいいだろ。

女:だって、ここで買いたいもの。スーパーで買えば、気分でないじゃないの。

男:そんなの、無駄、無駄。

女: ・・・・・・・・・・・・

流風は、これを聞いて少し驚いてしまった。大体、男は仕事でケチ振りを発揮しても、意外と私用ではいい加減なものと思っていたし、女性は個人差はあっても、現実的でケチなのは、よく知られた事実。そして、男は女の前では、見栄をはりたいもの。でも、このカップルには、それがない。

流風の若い頃の経験でも、当時付き合っていた彼女と一緒に百貨店に行った時、彼女のために、流風が何かを買おうとすると、「百貨店は見るところで、買うところでないでしょ」と言っていたのを、思い出す。

彼女によると、スーパーにあればスーパーで買うし、商店街の知り合いのおばちゃんに頼んで安く手に入れることもできるし、知人が勤めている会社で入手できるものであれば、それを社員購買価格で分けてもらう、等々。女性はしっかりしているなあ、当時、感心したものである。

もっとも、結婚したとたんに、ケチになった女性はたくさん知っているが、付き合っている段階では、彼女のようなタイプでは少ないだろう。

それが今、男性が財布の紐を締めている。どの程度の付き合いの段階かはわからないが、驚きの会話であった。若い皆様はいかがですか。

それとも、このケースは特殊なケースなのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月25日 (月)

フェロモン?

先日、久しぶりに電車で近場に一人で旅行した。その時、不思議なことが起こった。というのは、電車で流風の席の隣に、妙齢の女性が次々と4名、座ったことである。

流風が座っている女性の横に後から座らない限り、ありえない現象なのである。また流風が座っていて、後から乗ってきた女性は私の横の席を避けられることはあっても、隣に座られることは極めて少ないと感じていた。それはそれでよいのだが。よく電車内で問題を起こしている男連中と一緒にされたくないし、少しのことで騒ぐ女性もいるからだ。

席が、たまたま空いてなかったのでは、というご指摘がありそうだが、当日は比較的すいており、別に私の横に座らなくても、席はたくさんありました。更に、女性の横の席が空いても、席を誰も移動されなかったのである。

日頃から、おしゃれには、ほど遠く、フェロモンを出しているとはとても言えない流風だが、なぜか不思議であった。どうでも、いいといえば、いいのだが。

そこで、私、流風の外観に何か変化がないか、考えてみた。

あ、そうだ、暑くなったので、数日前、髪を切って、刈上げにした。女性は刈上げがすきなのかな。期待している、そこのお父さん、実験してみて、結果教えて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月23日 (土)

スーパーマンの話

今回はスーパーマンの話である。しかし、多分あなたが期待したスーパーマンのことではない。ここでの、お話はスーパーに行く男性が増えたことの話である。よって、「スーパーマン」。

スーパーに行く男性が増えたのは、別に今に始まったことではなく、特に最近の現象ではない。以前から男性もスーパーで「見かけた」。すなわち、女性についてきて、女性が選んだ品物をかごに入れ、荷物持ちとして、ただいるのである。

ところが、最近はやや趣が異なる。中高年の男性たちが、自分で食材を選び、レジで決済し、袋に詰めている。あるスーパーでは、中年の妻らしき女性が、夫らしき男性に、食材の選び方、買い方を、男性がもたもたしているので、傍から見ても、ちょっとかわいそうなぐらい、きつい言葉で「指導」されていた。

最近の若い世代では、そういうことに初めから慣れているので、戸惑うことはないだろうが、スーパーが初めての中高年の男性には戸惑うことがあるかもしれない。しかし、そういうことはすぐ慣れる。頑張れ、と思わず声をかけたくなった。

中高年が、スーパーに目覚めかけている。買い物というものは、料理と同じで結構楽しいものである。ストレスの発散にもなる。頭も使う。仕事では得られなかった快感が意外と得られるのである。

いずれ、買い物は俺に任せてくれ、という時代が来るかもしれない。仕事に目覚めた女性が仕事は私に任せてちょうだい、と言うかどうかは別にして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月22日 (金)

コンビニの接客について

最近、流風が接する店でのコンビニの接客が悪化している。コンビニは接客がもともとあまりよくないということだったが、昨年当たりから各社とも力を入れたのか、改善していた。しかし、今月ぐらいから接客の悪化が見られる。

理由ははっきりとはわからないが、人の入れ替えがあったからと推定できる。各社はもう一度、見直しが必要だろう。パート・アルバイトに頼っているコンビニは、各社共に期が変わると、こういった事態は生じやすい。

コンビニでの接客のポイントは一般の物販店同様、最低限以下のことが求められる。

 一  店員同士の私語がお客様の前でなされていないか。

 二  店員の待機の仕方に問題はないか

 三  店内は美しく保たれているか

 四  お客様の目を見て、元気良く、声をかけているか

 五  店員に笑顔はあるか

 六  お客様に気配りがなされているか

 七  お客様を待たせないように配慮しているか

 八  お客様に対応できていないシステムは会社に提案できているか。

接客ということは、基本が維持できているかどうか、に尽きる。店員は少し気を抜くと、お客様に不愉快な思いをさせる。当たり前のことを当たり前にやり続けることは簡単なようで難しい。

物販業は接客の人材に多くの成果を頼っている。しっかりした人材教育・訓練はパート・アルバイトに対しても求められる。コンビニの競争は激化している。基本に確かなところだけが生き残るだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月20日 (水)

ネクタイ族

残念なことですが、予測では今年も暑いそうです。暑さの苦手な流風にとっては、無理なことだが、今の季節がずっと続いて欲しい。

サラリーマン時代、夏場、スーツにネクタイは地獄だった。営業で回るとき、下着のパンツまで、汗だくだくだったことを思い出す。今でもサラリーマンの方々が、ネクタイを締め、重そうなかばんを持って歩いている姿を見ると同情してしまう。冬場はともかく、夏場は思い込んでいる常識の何らかの転換が求められる。

いったい、スーツにネクタイスタイルはいつから定着したのだろう。夏場はどの会社もホリエモン・スタイルでいいではないか。スーツ・ネクタイにこだわる必要は何も無いはずだ。日本は夏場は亜熱帯地域より暑いそうだし、もっと、それに合ったファッションがあっても良いと思われる。

国内だけの取引なら、いっそう問題は無く、せいぜい海外に出張する場合だけ、ネクタイ姿で行けばよいではないか。リラックス・スタイルを批判的に報道するマスコミもおかしいと思う。彼等は時代の感性を読み取るセンスが基本的に不足している。もっとも、過去の常識にとらわれるのが日本のマスコミと言えなくもないが。

管理力より創造力が求められる時代には、こういったことも柔軟な頭でありたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月19日 (火)

着物の文化

最近、着物姿の女性をちらほら見かけるようになった。といっても、毎日見るわけではない。若い女性にも人気が割りと彼女等にしては根強く続いているように感じる。実際に着るのは少ないが、関心はあるということだろう。

私の母の世代では、着物を買うこと自体大変なことのようだったが、現在は質の問題は別にして、着ようとすれば誰でも手に入る。また古着も比較的安く販売されているので、後に残された課題は、着物を着る文化が根づくかという問題と、着付けの問題だろう。

かつて、着物を着るということは、日本の女性にとって健康によいということだった。着物姿で掃除、洗濯、家事をすることは身体によいことだったと聞く。また、メンテナンスも、一旦ほどいて、洗い張りをして、再度縫い直すということも母はしていた。

ただ現在では、家事が、電化製品等で簡略化されており、それを着物を着る動機づけにするというのは無理があるかもしれない。またメンテナンスに時間を費やす発想を現代女性に求めることは無理がある。

今は、今なりの何か別の仕掛けが求められる。それは時代の風を創ることかもしれない。また外出時の着付けの問題というのは、着崩れしたときの対応場所がまだ限定されることだ。本来着付けができることが望ましいが、そのことをいきなり求めると、前に進まないような気もする。

むしろ、そういったことに困らない仕組みの取り組みが業界に望まれる。着物の女性を見ると若干ほっとするような感じもする。日常にもっと見られるようになれば良いのだが。ただ先日見たお嬢さんは、着物姿でありながら、蟹股で早足で歩いているのには驚いた。

多分飲食店か何かの店員かもしれないが、そこには日本文化を感じるどころか、幻滅さえ感じる。着物を着る前に、着物を身につける人の心構えの教育がまず必要かもしれない、というのが本日の結論である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月18日 (月)

よけるということ

最近、歩道を歩いていて、道をよけない人が多いですね。特に女性に多いように感じます。70代以上の高齢者を除けば世代間格差はなく、堂々と道の真ん中を歩いて、対抗方向から来る人に気づいてもよけない。昨年京都に行ったとき、50代と思われる女性たちが5名ほど、一列になって歩道の真ん中を行進していました。一体、どうなっているのでしょうか。

一般に、他の地域から来た観光客はよけず、地元の人はよけるといわれています。しかし、最近は、その原則も崩れ、地元の人でも、そのような状態が見受けられます。

ある人が言うには、最近女性が道をよけないのは、女性の社会進出に伴い、女性が男性化したからではないか、と指摘していました。

「よける」には「避ける」とか「除ける」という意味も含まれており、基本的に道を避けるという意味と同時に災難を除ける意味があると思います。

女性の社会進出は必ずしも悪いことではないと思いますが、自ら災難を引き寄せないことを願いたいです。女性はしなやかに賢くあって欲しい、と思うのは間違った考え方でしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月17日 (日)

日本の美

日本の美術館や博物館に行くと、やたらと海外の作品展示が多い。特に企画展といわれるものは、そのほとんどではなかろうか。入場料も高く、平日の鑑賞客はミーハーのおば様方に占領されている。その会話から察するに、彼女等の全てが海外文化を理解しているとも考えられない。

日本の海外への憧れは歴史的に今まで抜けきらないようだ。特に女性は年齢に関係なくそのように感じられる。確かに、海外の文化を取り入れること自体は良いことかもしれないが、それは真に理解できているという前提が入る。現在は空間と時間とお金を無駄遣いしているだけである。

今、日本に求められているのは、平安時代や江戸時代のように、文化鎖国することが必要かもしれない。もちろん、そういうことを言うと、政治的にも経済的にも開放経済であることを、やめることはできないので、現実的には不可能という声が聞こえてきそうである。しかし、私たちの日本文化に対する確固とした自信があれば、文化鎖国は可能である。

今一度、日本文化を見直す必要がある。ビジット・ジャパンといって、海外旅行者を増やそうとしているが、日本固有の文化が楽しめなければ、海外の人々が日本に定期的に来ることは無い。日本の美をもう一度再評価して、海外の人々の目に触れやすい機会を美術館・博物館は努めて欲しい。

私自身、もう一度日本文化を再評価し、学ばねばと自省している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月16日 (土)

並ぶということ

関西の人間はせっかちだから、並ぶのが嫌いというのが常識だったが、それが崩れている。最近、大阪の飲食店で並ぶ人々がいる。実際、百貨店などの飲食店でも並んでいる。百貨店は条件が悪いこともある。大体上層階に多く、また下に下りるのがわずらわしいからということもあるだろう。それにしても、他の飲食店でも、その傾向があるという。

以前、関西では飲食店で並ぶなどはナンセンスで、東京では、なぜ並ぶのか不思議だった。それは、関西では飲食店が多く、競争が激しいため、どこの店に入っても、そこそこのものは提供され、東京では人口の割りに飲食店が少なく、並ばざるを得ない結果と言われた。その結果、並ばずに美味しい料理を食べるには、東京では、お金をそこそこ出さなければならないということだった。

それが関西でも並んでいる。別に旅行者でもなさそうだ。なぜこんなことになったのか。食べ歩きの情報誌の普及やマスコミのグルメ情報の影響かとも考えるが、それだけでもなさそうである。

だったら、各店の味に格差ができたのだろうか。確かに関西で上場した企業の店は高くて美味しくない店が多いように感じられると指摘する人もいる。ただ、飲食店に関しては、上場・非上場で客は店を選ばない。上場していなくても、美味しく安い店も多くあり、全体のレベルは落ちていないと思うのだが、不思議である。

また関西の人であれば、普通、あまり知られていなくて、美味しい、お薦めの店は誰でも数件は持っている。その情報が行き来しなくなっているのではないか。そういったことも要因の一つかもしれない。ただ、それだけでは納得がいかない。

で、思ったことは、関西人にも並ぶ時間に余裕のある人が増えたのではないかということだ。しかし、そのせっかちさが、なくなっていることが、関西の地盤沈下を象徴しているとも考えられる。

*2015年12月31日追記

最近は、ネットで情報が、行き来し、その情報に踊らされて、消費者が動いていることも考えられる。関西も、情報に左右される人が増えたということだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月15日 (金)

日々の風

私、流風が最近感じていることを、ちょこちょこと記していきます。

桜も満開、まもなく毛虫がいっぱいの時期に来ました。美しいものには棘がありますが、本当にそうですね。毛虫は棘ではないかもしれないが。

とは言いながら、良い季節です。散歩も苦にならなくなりましたが、スポーツ嫌いの流風にとっては、一日一万歩はなかなかです。

また、食もおいしい季節になり、レストランも彩が豊かになってきた。あるレストランでは、健康をテーマに彩りよく多くの料理が提供されていたが、そういうものがおいしく感じる季節でもあります。BSEとかいろいろ騒いでいますが、私たちはそんなに牛肉を必要としているか、疑問ですね。牛肉が無くても、おいしい料理は提供できます。外食産業は大きな誤解をしているように感じます。

あれ、いきなり、大きな話になってきた。でも、風を感じることは大切ですよね。仕事をしていると、どうしても周囲が見えなくなるのは困ったことです。流れを感じて、流れに流されず。とは言っても、簡単ではないけれども、期待してしまいます。

本日はここまで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2005年5月 »