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2005年4月19日 (火)

着物の文化

最近、着物姿の女性をちらほら見かけるようになった。といっても、毎日見るわけではない。若い女性にも人気が割りと彼女等にしては根強く続いているように感じる。実際に着るのは少ないが、関心はあるということだろう。

私の母の世代では、着物を買うこと自体大変なことのようだったが、現在は質の問題は別にして、着ようとすれば誰でも手に入る。また古着も比較的安く販売されているので、後に残された課題は、着物を着る文化が根づくかという問題と、着付けの問題だろう。

かつて、着物を着るということは、日本の女性にとって健康によいということだった。着物姿で掃除、洗濯、家事をすることは身体によいことだったと聞く。また、メンテナンスも、一旦ほどいて、洗い張りをして、再度縫い直すということも母はしていた。

ただ現在では、家事が、電化製品等で簡略化されており、それを着物を着る動機づけにするというのは無理があるかもしれない。またメンテナンスに時間を費やす発想を現代女性に求めることは無理がある。

今は、今なりの何か別の仕掛けが求められる。それは時代の風を創ることかもしれない。また外出時の着付けの問題というのは、着崩れしたときの対応場所がまだ限定されることだ。本来着付けができることが望ましいが、そのことをいきなり求めると、前に進まないような気もする。

むしろ、そういったことに困らない仕組みの取り組みが業界に望まれる。着物の女性を見ると若干ほっとするような感じもする。日常にもっと見られるようになれば良いのだが。ただ先日見たお嬢さんは、着物姿でありながら、蟹股で早足で歩いているのには驚いた。

多分飲食店か何かの店員かもしれないが、そこには日本文化を感じるどころか、幻滅さえ感じる。着物を着る前に、着物を身につける人の心構えの教育がまず必要かもしれない、というのが本日の結論である。

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