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2005年5月 4日 (水)

もったいない

環境問題がらみで、アフリカの某女史による日本語の「もったいない」の再評価が最近注目を浴びた。

そういえば、私の子供の頃は、祖母も母も口癖のように「もったいない」を連発していたのを思い出す。今より、物のない時代に育った祖母や母たちは、物を大切にすることが自然に身についていた。

例えば、新聞紙の場合は、次のように使用していた。一部は今でも使っているだろう。

  1 釜風呂とか「おくどさん」に薪をくべたり、七輪に炭に火をつける場合、最初火が着きやすいように新聞紙を利用する。

  2 便所で新聞紙を下紙に使う。新聞紙を揉んで柔らかくして使うのだが、これは若干つらいものがあった。これはさすがに、後日質の悪いちり紙に変わった。でも、現在でも、非常事態になれば使えるだろう。

  3 畳の下に敷いて、防虫代わりに使う。定期的に畳を上げて、掃除し、新聞紙を敷くのである。そうすれば、ダニなどがつきにくいと言われた。

  4 箪笥の中に衣料の下敷きに使い、防虫代わりに使う。

  5 野菜や花を新聞紙で包んで、保管するのに使う。霧を吹いて、新聞紙で包めば、長持ちするのである。

  6 一般的な包装紙として使う。ちょっとした什器などの包装紙に使う。

  7 新聞紙を使って、子供のおもちゃを作る。兜を作ったり、音の出るものを作ったり。

  8 雨に濡れた靴を乾かすのに使う。濡れた靴の内側に新聞紙を入れて、水分を取り出す。

  9 新聞紙を濡らして掃除に使う 等々

そして、以上のように再利用した新聞紙は乾かして、燃やしてしまうため、結局ゴミは発生しなかった。

こうして使って、それでも余れば、2ヶ月に1回程度、リアカーを曳いてやってくる古紙の回収のおじさんに売って、小額のお金をもらうようにしていた(それが私の当番で、私の小遣いになるので、待ち遠しかったのを思い出す)。それほどに、再利用が徹底していた。

その他にも、服が破れたら、接ぎを充てて直し、当然利用していた。私は母が私が外で遊んで破った服をまるで手品のように、修繕し、それまでのデザインより良くなっていたのをうれしくなったりしたのを覚えている。

鍋なども底が抜けたら、時々来る「鋳掛屋」のおっちゃんに修理してもらって、使っていた。真空管ラジオなどは父が修理していたし、家具もそうだった。

結果的に、ゴミはほとんど発生しないような状態だった。常に再利用できないか、と考えながら、行動していたのではないか。ところが、今の時代は、物を買いすぎて、捨てすぎる。また、社会もそういう仕組みを喜ぶ社会になってしまっている。 

これからは、物を持つ時代から、いかに持たないかということが問われる時代のように感じる。

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