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2005年5月30日 (月)

小奇麗にする

流風は子供の頃、小奇麗にするように、よく親に言われた。当時は理由はよくわからなかったが、現在でも、その精神は持ち続けているつもりである。

その内容としては、いつも、きちんとしておきなさい、ということ。よく言われる言葉に直せば、こざっぱりしておきなさい、ということであったと思う。贅沢な身なりはする必要ないが、いつ、どんな状態でも、恥ずかしくないような服装にしておけ、ということだった。

そのため、特に下着は常に清潔な状態にし、あまり古くなった下着は処分しなさい、ということだった。その結果、上着には、あまりお金を使った経験はないが、下着は比較的頻繁に取り替えるようにしている。最近の下着は強いので、破れるまで使う人も多いようだが、第三者が見れば、侘しい事である。そして、その人格も貧しく見えてしまう。

また上着も、特にお金をかけるわけでもなく、安いものでも、つねに清潔に、不愉快を与えない服装が求められた。そのためか、会う人には、時々ではあるが、割とセンスがよいとか言われることもある。特にお年寄りに。

最近、考えるのは、これは茶道の根本精神といわれる「和敬清寂(よく和し、よく敬し、そして清く寂しく)」に通じるものがあるのではないかと、思っている。流風は茶道の心得はないが、親は茶道を習っていたから、子供の生活指導に、そういった精神が持ち込まれたのかもしれない。

茶道を少しかじってみようかな、と思う今日この頃である。あきっぽいので、本格的には無理だが。

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