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2005年5月26日 (木)

日中問題の認識

相も変わらず、日中はもめている。日中双方の低レベル意識では、いつまでも続きそうな雰囲気である。利するのは第三国だけなのに。流風は専門家ではないが、認識する問題を次のようにまとめてみた。

まず中国による日本への刺激的な事件は多い。例えば、潜水艦による領海侵犯、尖閣列島上陸問題、一方的な東シナ海ガス田開発、反日暴動デモ、呉儀副首相の会談キャンセルなど。

また中国の発言で日本人の心を逆なでする例としては、上記事件に対する誠意のない発言、歴史問題に対する一方的な意見、教科書問題に対する一方的な意見、靖国神社参拝反対、日本の常任理事国反対などであろう。

逆に日本が中国を刺激する例としては、EUの対中武器禁輸解除措置反対、日米間の台湾海峡の平和と安定などの戦略合意、台湾独立問題への動き、シベリアパイプライン敷設に対する日本の横槍などであろう。

さらに中国では、過去、長期にわたって、為政者の都合で政策がいろいろ変更され、中国国民が日本に対する不満を抑圧されてきた事情が加わる。その中には、進出日本企業に対する不満もあるだろう。

そして日本の発言として最も中国を刺激しているのは、小泉首相の靖国神社参拝を中止しない、ということであろう。靖国神社参拝反対の件は中国指導者にとって申し送りのようなものであることを首相は理解していない。

以上のように見ていくと、全体としては、中国が日本に仕掛けているケースが多い。その背景は、印象として、中国のトラウマのようにも感じられる。いわゆる欧米列強に植民地化されたことや日中戦争の被害者意識が強いということであろう。

一方、日本においては、小泉首相の外交音痴が目立つ。彼の主張は間違ってはいないが、十分な説明の土台を築かずに、自らの主張を貫くから、中国に理解してもらえない。外務省も従来、日本の立場を説明してこなかった感じがする。それを調整するのが外交ではないか。

以上のことからわかることは、全体として日中双方は政治レベルでの相互のコミュニケーションやそのための人材交流を欠いている、ということだ。さらに産業界、留学生など、点や線での接触があっても、それらを活かして総合的・立体的なコミュニケーションの仕組みにする意識が欠如している。そのことが現在の不協和音を招いている。

そのためには、まず日中近代歴史は客観的に評価できるほど年月が経過してきたことを踏まえ、双方で事実関係をオープンにし、アジアの平和と安定を築くべく、どうすればよいかをまとめる時期に来ている。そうすれば靖国神社問題も解決するだろう。

そして、それが結果的に、双方の外交に対する新思考が根づく可能性もでてくる。日本としては、今からどう応えるか、真剣に考えなければならない時期に来たということだろう。

*平成25年12月30日追記

ある混血女性タレントが、ヒトラーの問題と靖国参拝と一緒にして話していたが、彼女は何も分っていない。別に保守系の人間でなくても、日本人にとって不愉快であろう。日本は戦前、確かにドイツと同盟していたが、ヒトラーのユダヤ抹殺に賛成していない。

不合理な東京裁判で戦犯とされた軍人等が靖国神社に合祀されていることとは全く別問題(戦犯と言うのなら、日本に原爆を落とし、都市部を焦土にし、多数の民間人を殺戮した米軍こそ戦争犯罪人に相当する。そういう意味では靖国神社は二面性があるが、それを政治問題化するから、ややこしくなる)。日本軍はヒトラーのようなことはやっていない。反省するとすれば、中国に進出した際、狂人的とも言える一部の軍人が暴走して、残虐な殺し方をしたことだ。

ただ、当時の中国の国民党自体は内戦で、日本軍より、はるかに多くの中国人を殺戮している。戦後、満州帰りの父の知り合いも父に、「中国人は、人間を牛や豚のように殺す。日本人にあの真似はできない」と呆れて語っていたと言う。日本軍の一部に暴走があったことは事実のようだが、多くは国民党の仕業で、それを日本軍に、なすりつけているのが歴史的史実のようだ。

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