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2005年6月25日 (土)

方言と文化

最近、日本の古典文化を方言で表現する試みがあるようだ、とラジオで聞いた。瞬間耳に入っただけで、通しで聞いていないので、ラジオの放送内容とはピントがずれているかもしれないが、多少気になった。

例えば、『源氏物語』や『枕草子』『徒然草』などを方言で翻訳するのだろうか。でも、そうだとすれば、ややおかしいような感じもする。源氏物語の現代語訳を読むとわかるのだが、標準語のため、微妙に受ける感じが違う。それをもとに方言に更に翻訳すれば、ぜんぜん違う文学になってしまうのではないか。遊びとしてなら、受け入れられるかもしれないが、文学そのものとしては、何かしっくりこない。

なぜなら、平安文学は京都が舞台で、当時の「京ことば」で表現されている。おそらく京都人独特の行間に多くの意味が含まれているはずだ。それは多分現代までも受け継がれている京都独特の「いやらしさ(性的いやらしさ、とは異なる。言葉の二面性のこと)」であるはずだ。となると、まず「京ことば」で現代語訳して、それから方言訳に進める必要があるのではないか。

古典文学を理解するためには、その舞台となった人々の感性を知るため、まず文学が発生した地域の「ことば」を真に理解しなければならないようだ。

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