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2005年8月14日 (日)

指導者の条件

“三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい” 

こう言った人物は桐野利秋である(注 参考参照)。示現流を立木の中で独習して、非常に強かったそうだ。後にあの西郷隆盛の知遇を得て、倒幕活動に身を挺した人物である。彼としては薩摩藩のために動いただけであろうが、暗殺者のイメージから、別名人斬り半次郎とも言われている。

この発言は明治になって、陸軍少将になってからのものである。邪魔なものは全て殺してしまえという考え方である。すなわち、これは政敵を倒すことのみ考えて、後に西南戦争を引き起こす“予言”でもある。

もちろん、原因はある。明治になり失業した薩摩藩の武家は悲惨な状況にあった。“情”の桐野にとって、見るに見かねない状況であったことは間違いない。大久保利通のように海外留学の経験で得た情報から、日本の置かれた厳しい状況を理解し、国の改革を急いだ“理”の視点はない。

西郷隆盛は留学経験はないこともあり、大久保のような識見は残念ながら持たなかった。自らの主張の征韓論は受け入れられなかったため、国を辞した。ただ“情理”のわかる西郷隆盛は両者の考え方はある程度理解していたと思う (国の混乱を収めるため、敢えて止む無く薩摩軍の首領になったではないか。ある意味、日本のために捨石になったのは残念なことである)。

そういった状況下、西郷隆盛の片腕となった桐野利秋の考え方が結果的に悲劇を呼ぶ。いわゆる明治10年の西南戦争である。いかに薩摩軍が強くとも、近代兵器を持った官軍には勝てない。9月24日に鹿児島で戦死している。

さて、禅の考え方に『殺人刀・活人剣(せつにんとう・かつにんけん)』という考え方がある。人を精神的に殺し、また活かす考えである。一切の現状を否定し、一切の現状を肯定し、それを繰り返すことで、自由自在な心の状況に持っていく。よく言われるように捉われる心をなくすのである。

桐野利秋のように自らの主張だけが正しいとして、敵を潰す発想だけでは国をまとめることはできない。相国寺の独園和尚は次のように、彼に忠告している。

“三千世界の鴉と共に、主と朝寝がしてみたい” と。

*参考

なお、“三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい”については、高杉晋作の都都逸だという説もある。

参考文献: 武田鏡村著 『名禅百話』 PHP文庫

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