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2005年8月 6日 (土)

語学教育のこれから

日本は英語教育に失敗しているとよく言われる。確かに学生時代十数年学習して英語が話せない人々は多い。流風もその1人だろう。戦後の日本の英語教育が読み書き中心であったことは否めない。だから話す方がご無沙汰になったのかもしれない (逆に海外は話すことはできるが、読み書きできない人々も多いと聞く)。

しかしながら、戦後の英語教育が失敗しているかどうかは、判断が難しい。英語教育を大切だと思った戦後の教育者たちは、まず外書の講読で情報を得るには英語が重要と判断したのかもしれない。そういう意味では目的は達成したと言えるだろう。

ただ時代が変わったことを考えれば、英語教育は見直されなくてはならないかもしれない。当時の初期の英語教育の目的は果たされた。市中に英語の教材はあふれている。さらに最近、文書は完全とは言わないが翻訳ソフトが充実してきたし、会話は携帯音声翻訳ソフトが段階的に普及しつつあるからだ。

その結果、流風はもう英語教育は学校教育では不必要なのではと、思っている。語学の学習機会は飛躍的に増加しており、学校教育での英語教育は役割を終えたと思うのだ。基本的なことだけ教えて、高校受験でも、大学受験でも英語は基本的に科目からはずすべきだろう。

最近、文部省に小学校に英語教育をするべきだと進言した大学教授がいるそうであるが、現在の環境を無視した提言と思う。そもそも小学校では日本語を正確に読み書きし話すことができるようにすることが求められる。集中して教える重要な期間でもある。そこに外国語が入ってくれば、文化が混乱すると言ってよい。そうでなくても、テレビやネットで文化が混乱しているのに、それにさらに火に油を注ぐことになってしまう。

日本語は日本の文化であり、それを小学校で徹底して教えることが、彼等の未来を明るくする。それは国際化社会になればなるほど、その重要性は増すことをこの大学教授はなぜわからないのか。

ただ、今後の語学教育対応としては、子供たちに音感教育の充実が求められる。それは微妙な音を聞き分ける能力が、将来、海外のいろんな言葉の習得に役立つからだ。それは本来小学校に上がる前からが望ましいが、小学校教育でも有効だろう。

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