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2005年9月15日 (木)

歩く速さに思う

若かった時、流風は結構早足だったのだが、今では、それがもう通用しないことを最近、理解した。というのは、歩いていると、若い人々がどんどん追い抜いていくのである。それも短足の流風と違って足の長い方々が。ああ、スタイルがいいなあ、と見とれていると、どんどん距離が遠くなっていく。

それにしても、今から考えると、若い時は、なぜか急いでいたなぁ、と思う。なぜあんなに急いだのか、今でもわからない。余裕がなかったとかもあるだろうが、それだけではない。やはり若さがそうさせたのかもしれない。

今までも、比較的自分のペースで生きてきたが、ままよ、これからもペースを崩さずにやっていこう。

とは思いつつ、先日早朝の散歩をしていると、同年輩の男性に追い抜かれたので、癪だから、追い抜き返したら、また追い抜いてきた。最終的には追い抜いたが、全身が汗びっしょり。さてさて、健康にいいのか悪いのか。ガキの気分が抜け切らない流風でした。

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