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2005年10月12日 (水)

傘がない

傘がない、と聞けば、中高年であれば、陽水のあの歌を思い出すかもしれない。

  行かなくちゃ
  君に逢いに行かなくちゃ
  君の家に行かなくちゃ 雨の中を
  行かなくちゃ
  君に逢いに行かなくちゃ
  雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない

でも、流風の「傘のない」思い出はこんな甘いものではなくて、少し辛い。

あれは入社5年目頃だったと思う。彼女もいなくて、休日に1人街を歩いていたら、急に雨が降り始めた。比較的近くにあった百貨店に雨宿りに入ったが、雨は止みそうにもない。仕方なく傘を買い求めることにした。

だが、当時は現在のように安い傘は置いていなくて、当時の給料からすると高い傘ばかりだった。でも思い切って購入することにした。それは今まで買った物より、本体や骨がしっかりしており、高いだけのことはあった。その頃は、よく傘を失い、その度に購入していたので、これだけは失わないように極力注意した。

それから、しばらくして、天気予報で、午後から雨ということだったので、普段は折り畳み傘を持っていくのに、その日は例の高級傘を会社に持っていった。

その日は遅くまで残業していると、同僚が雨が降ってきた、と言っている。ああ雨か、天気予報は当たったのだ、今日は傘は持ってきたし、心配いらないぞ、と思った。仕事を終え、帰り支度をして、いざ傘を、と思ったら、傘がない。

で、うろうろしていたら、同僚の女性が、どうしたと聞くので、かくかくしかじかと説明すると、「さっき、課長が傘をあれこれ捜していたよ。流風さんの傘らしいのを持って帰られたよ」とのこと。えー、なんで。

その日は雨が止むこともなく、強い雨が断続的に降り続いているようだった。仕方なく、駅まで同僚に頼み、相合傘で行ったが、傘が小さかったので大変濡れてしまった。

翌日も傘は戻ることはなかった。よく晴れていたからかもしれない。課長に聞くことも出来なかったが、しばらくたって、雨の日にその傘を発見した。

傘は取り戻したが、何か引っかかるものがあった。その後、私はプロジェクトでも、その課長との仕事は避けるようになった。

そして、その傘も、どこかに失ってしまった。

今から考えると、ナイーブ過ぎるかもしれない。現在の若い人ではありえないことかもしれない。ただ、その後、この教訓を活かし、会社には折りたたみの置き傘をロッカーに入れるようにすると共に、当日会社に傘を持参する場合は安い物にするようにした。

その後、同様の“事件”は起こらず、傘を忘れることもなく、雨に濡れることもなくなった。流風はあの課長に感謝しなければいけないのだろうか。

 

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