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2005年10月 9日 (日)

靴下の思い出

靴下と言えば、流風が若い頃、お見合いした時の苦い思い出がある。それは本日のように晴れわたったお見合い日和であった。中に入る押しの強いおばちゃんの紹介で、気はあまり進まなかったが、会うことにした。

会ってみると、相手は比較的おとなしく、いい雰囲気の女性だった。おばちゃんを挟んで雑談した後、二人で公園や美術館を散歩した。いろいろ話をした結果、少し気に入ったので、お昼は当時の月給からすれば、少し張り込んで和風料理店でとることにした。

和室の畳の部屋に通され、仲居さんがお茶などを出して、料理は何にしようかと考え、注文しようと思ったとき、ふと気づいた。靴下に大きな穴が開いていた。その後は、何をし、何を話したかまったく覚えていない。結局、話も弾まなかったらしく、その件は流れてしまった。当時は純情だったんですね。今だったら、それを見せて、相手の反応を楽しんでしまうだろうけど。

ところで、今ではわさわざ穴の開いた靴下が売られているらしい。丈がくるぶしまでしかない靴下で、靴の中に靴下が隠れてしまって見えないとか。脱げやすくなるのをなるのを防ぐため足底の部分に穴が開いているらしい。その話を聞いて注意していたら、先日電車の中で、中年(私より多少若そうな)のおじさんが、その靴下を履いていた。ふむふむ、これか。でも、おっさんでは、似合わんな。

時代も変わったもんだ。穴あき靴下が歓迎されるなんて。もっとも、本当は靴を履いても、素足のように見える靴下が目的だそうだが。

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