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2005年11月14日 (月)

求道者による予知

未来を予測することは現代のように科学の発達した時代でも難しい。例えば自然災害の予知は依然不完全であろう。あらゆるデータを分析してもあまり予知能力は向上せず、当たらない。

だが地震の例でもよく見られるように動物は人間より早く危機を察知している。しかし、何年も前から察知しているわけではなさそうだ。

ところが、関東大震災(大正12年)では、明治の剣聖と言われた鹿島神流第15代、直心陰流、山田次朗吉一徳斎はその4年前に地震を予測したという。大正8年には大正13年までには東京に一大天災(大地震)があって、市民の7~8万人が死亡するだろうと、予測し、その記事がロスアンゼルスの新聞に出たという。

達人が明鏡止水の心境になると、感が鋭くなって、予知できるようだ。達人になると、その周囲には何か見えないバリアみたいなものが広がって、それが感知するのかもしれない。山田次朗吉一徳斎の場合は、それが4年前というのだから驚く。

科学が発達したとしても、我々が察知できないものはたくさんある。科学によって知りうるものはいつの時代になっても、限界があるように思う。全てのことを知り尽くすのは不可能だ。所詮限られた世界での知識でしかないことを再認識して、私達はもっと謙虚であるべきなのだろう。

と同時に、人間は修業して極めれば、未来をもう少し予測できるということを忘れてはならないような気がする。人間が持っている能力を過小評価すべきではない。ただ全ての人が極めることは難しいだろう。求められるのは極める人を活かす環境の整備なのかもしれない。文化の支援とは、そういうことも含まれるように感じる。

*追記 

参考 拙ブログ「明鏡止水」(2007年8月7日付)

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