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2005年11月25日 (金)

自己管理への反省

今年も、終わりに近くなってきた。来年のカレンダー、来年の手帳の準備、年賀状の準備、クリスマスムード、正月の準備などで、何か気ぜわしい状態になりつつある。時間の経つのが早いと感じる今日この頃であるが、果たして、今年何ができたのか疑問である。

今日のことを今日終えるようにと思っていたが、何か今年はメリハリがなかった。何か気持ちがなかなか乗らなかった一年のような気がする。明日があると思っていたら、もう年末だ。明日あるということに騙されて、今日が本当に意義深い日であったのか、反省がいっぱいの一年だった。

唯一良かったのはブログを始めたことであろうか。自己管理というのはこの歳になってもなかなか難しいものである。ブログに取り掛かる時間を決めたことにより、時間のメリハリが若干つくようになったかもしれない

さて徳川頼宣が大阪冬の陣に一戦及ばず、早くも大阪城が落城したことを悔しがり、慰め言葉をかけられた時、彼の心意気として紹介される次の言葉がある。

「予の十三歳の時が、復(また)とあるか」

この言に対して、徳川家康は激賞したようだが、この歳になって、改めて彼の言葉を噛み締めたいと思う。

最後に、朱熹の作とされる(実際は日本人作といわれる)『偶成』を挙げておこう。

           少年老い易く学なり難し

             一寸の光陰軽んずべからず

             未だ覚めず池塘春草の夢

             階前の梧葉已に秋声

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