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2005年12月28日 (水)

バブルの軌跡

現在、株価が異常なスピードであがり続けている。不動産も都市部では堅調なようだ。専門家によると、今回は前回のバブルとは様相が違うと指摘する。確かに、デフレからインフレへの転換点にあるのかもしれない。変化する時は、世の中の動きが激しいのかもしれない。

流風自身の確認のためにも、前回のバブルを簡単に覚えを以下に書き出してみた。資料を見て調べていないので、若干の間違いはあるかもしれないが、大体のところはあっているつもり。

1985年9月にニューヨークで開かれたG5におけるプラザ合意がバブルの発端である。これは自由貿易の活発化を促進し、ドル高の是正にあった。なんたって当時は一ドル260円程度だったのだ。もちろん、是正するにしても緩やかな是正を考えていたが、市場は過剰に反応し、1988年1月には120円まで円高になった。

円高に対して、企業が大騒ぎしたものだから、マスコミも大きく取り上げた。政府は慌てて色々な政策をとる。円高不況対策として、まず低金利政策をとった。その結果、銀行など金融機関はお金があまり、それを資金需要がないのに企業(サラ金含む)や個人に無理やり融資して、必要のない不動産投資・株式投資などを企業・個人にさせた結果がバブルである。誰もが少しおかしいなあ、とは思いつつ幻想を追っていたのだ。

そのような実態のない経済がそんなに長くは続かない。それはバブル崩壊という形で徐々に現れてくる。銀行は不良債権を抱える時代になり、銀行・証券会社倒産の事態にまでなった。

当時、一部の企業や人々を除いて、国も人々も落ち着きをなかなか取り戻せなかった。対処療法で右往左往していた。つまり景気を良くすることのために借金を増やしてまで歳出を増やしたが、景気は回復せず、それが歳入・歳出のバランスをさらに悪化させていった。そのことに関しては、一部元官僚や知識人が指摘されていたにもかかわらず、危機感の足りない当時の政治家や多くの官僚はその利権のため聞く耳を持たなかったことが大きく災いしている。

その政策の過ちに気がついたのは90年代後半頃からで、やっと国の財政が大変なことになっているのに気づいた。国家財政は多くの矛盾を抱えて、どうすることもできない異常事態になっていた。それは戦後デフレということを経験していなかったため、過去の経験に捉われて、その解決方法を探るのに時間がかかりすぎたことが原因の一つであろうと言われている。

そして、やっと経済の建て直しとして、金融機関の不良債権の処理を急ぎ、近年その問題はほぼ解決しつつある。いろんな評価はあるだろうが、最近の景気回復は福井俊彦日銀総裁と竹中平蔵大臣が作り出したと見ている。もちろん、小泉首相の強いバックアップがあったことは間違いない。歴代のボンクラ首相と違って、比較的短期間に指導力を発揮したのは、この問題に関しては、単純に偉いと思う。

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