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2005年12月13日 (火)

ラジオ放送のコンテンツ

流風はどちらかというと、ラジオ派である。昔ながらの“ながら族”のくせが抜け切らないからかもしれない。

その点、“ながら族”とはいかないテレビは基本的に見ない。それにテレビのコンテンツが視聴率を意識しすぎて、内容がないのは、相当前からはっきりしている。視聴者を愚弄した番組が多すぎる。

例えば、出演者だけが笑う少しも楽しくないお笑い番組、出演者だけが楽しそうなグルメ取材番組、殺人事件やそのトリックが度々出て社会的に悪影響を及ぼしそうなサスペンスドラマ、訳のわからない専門家以外の人によるコメントを出させるニュース報道番組など。そんなのを見るのは時間の無駄でしかないと思っている。そんな番組に広告を出している企業も見識が疑われる。

ところがである。最近のラジオのコンテンツもイマイチだ。特に中波の放送番組は見直しが必要だろう(ただし、流風は関西のことしか知らない)。というのは、あまりにも、井戸端話(最近は井戸などないか)風の、うだうだ話しの番組が多すぎるのだ。内容もない。公共の電波を使って放送する内容とはとても思われない。放送を私物化していると言っても言い過ぎではないと思う。

特に芸人・タレントを使っての、くだらない話はもう飽きた。彼等は一般人の感覚で世間を代表していると思っているかもしれないが、とてもずれている。そんな時間があれば、芸を磨いてもらいたい。出演料欲しさで芸を落とすようなことをしてもらいたくない。もちろん芸能事務所の方針に問題があることは否めない。

また最近はアナウンサーも芸人化しているようだが、一人前に意見を言う。それがまともであればいいが、ピントがずれていることも多い。若いアナウンサーなら許せるが、ベテランアナウンサーだと聞き過ごすこともできない。情報を伝えるアナウンサーが意見を言うのは望ましくない。ネットで多くの情報が流されている現在、マスコミからもたらされる情報は限定されている。聴取者と放送関係者の情報格差は小さくなっている。わかったような意見は言わない方がいい(言いたければ、ブログを開設してそこで言えばよい)。

それから民放の場合、スポンサー絡みでマスコミ報道も限界があるといわれる。裏コンテンツに関しては、最近では賢くなって、タレントを採用し、放送局の意見を言わせているようだが、それも作為があって、あまり好ましくない。そうであれば、取材記者や専門家を前面に出し、スポンサーに遠慮せずに彼等に事実を解説させればよい。その方が真実味がある。

本来、ラジオのコンテンツは、ニュース、ニュース解説、交通情報、天気予報、音楽、スポーツ、地域・文化情報、自然災害等緊急報道中心で臨むべきだろう。ぐたぐだとした話は不要である。どうしてもなら、専用ブログを作って、そこで意見を述べればよいのだ。そのように、放送とブログとは役割分担すべきなのだ。至急、ラジオ関係者はコンテンツを見直しして欲しい。

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