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2005年12月 2日 (金)

建設業界の後進性

耐震が不足しているマンション入居者に対して、国家が救済策を模索しているようだ。国家が基本的に救済するのは、自然災害や戦争被害の場合だ。今回は民間レベルでの人的災害で、民間レベルで処理すべき問題で、なぜ国家が関与するのか。政治家、官僚は業者と過去に後ろめたいことがあるのだろう。今回の事件は氷山の一角のような気がする。長期に同じ体制で行くと、人も業界も倦んで腐っていく。

他方、建設業界に消費者(最終購入者)を保護する仕組みが確立されておらず、政治家・官僚もそれを放置してきたことに問題がある。建設業界は品質管理・品質保証の面で立ち遅れている。それを指導してきた国土交通省の体質も問われる。今まで、業界の常識に捉われて、長いものに巻かれろ式で、何も手を打っていないことがわかる。流されてきたというべきか。基本的には、戦後一貫して、政府の建設業界指導体制に問題があったことは否めない。日本が遅れていると言われる建設業界の改革が急がれる。

それには、まず基本的に、一般最終顧客に支持される仕組みが必要で、顧客満足が達成されなければならない。製造業への政策を見習うべきだ。長期継続的品質管理・品質保証という課題もある程度解決できるはずだ。これまで建設業界の反対で実施できていない住宅・マンションなどの建築物PLの検討も必要だろう。もちろん、そこでは消費者教育も必要であろう。そのようにして、結果的には、本当に最終顧客に対応できる企業が残り、対応できない企業は退出していくだろう。

そして、これらの問題は、国土交通省で解決できないのであれば、国土交通省を解体して、経済産業省に併合させればよい。経済産業省としても、すでにやるべきことはなくなっており、新しい課題が必要だ。

夏目漱石『草枕』の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」のように、これは、いつの時代でも、世の中の真実かもしれない。できれば、議論もなく、何もしないでおきたいのは人間の本質かもしれない。

だが、国民を守るということは、問題が発生してからでなくて、問題が起こる前に対策を打てていなければならない。今までの日本は、その政治家・官僚体質から問題が起こってから、整備する傾向が強すぎる。ある程度は仕方ないが、予見に対する心構え・チェック体制がなさ過ぎる。国としても、時代に合致したシステムに切り替える必要がある。

これは見方を変えると、根本的には日本人の心を失い時代の変化を読めない人々がいるということは、日本人全体に問われる問題でもある。今回の事件は、戦後も地下水脈として残っていた武士道という“日本の心”が枯れてしまっていることを象徴するものでもあるのだ。それは、あの会計監査の問題と本質は同じなのである。そして士業における職業倫理という精神性欠如は時代が生み出しているということも言える。結局は、政治家・官僚・業界関係者は、今一度一般国民に対して、『信義』ということに立ち戻るべきだろう。

しかしながら、今まで日本が儒教の『性善説』を前提として、あらゆる仕組みが作られているのに対して、儒教精神が失われている現在、『信義』というだけでは、良くならないかもしれない。規制緩和と共にペナルティの強化が必要かもしれない。本来の法治国家の前提の『性悪説』に切り替えざるをえない状況かもしれない。残念ながら、ペナルティが現在のところ、非常に甘いので、厳しくする必要はありそうだ。当面、建設業界は『性悪説』的に整理していくしかないようである。

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