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2005年12月23日 (金)

マスコミ報道姿勢の問題点

来年度(2006年度)税制改正大綱が発表された。概ね増税の方向にあり、一部のマスコミでは、その増税政策を批判している。その内容は負担がこれだけ大きくなるという説明が極めて多い。

ただ私達が気をつけなければならないのは、なぜそうなったかを理解することであり、また歳出の中身がどうなって、そのバランスで、税制をどのように変えようとしているのかを知ることである。

その点、マスコミの報道姿勢に疑問を感じる。税制改正大綱においては、決まりかけは決定の意味に近い。すなわち、ほぼ決まりかけていることを批判しても何も意味がないのである。

だから、その時々で、決まりかけていることを批判的に煽るだけ煽ったところで、国民としては、この段階で反対しても、無駄と思っている人も多いだろう(実際は無駄ではないかもしれないが)。これは単に人々の消費意欲を抑制するだけの効果しかない。

マスコミ報道は、その特性から、プロセス報道がいい加減で、これといった提言もないままに終わることも多い。確かに全く触れていないとは言わない。ただ継続的な問題提起が弱いのである。継続的に国民に訴えないと、国民は日々の生活に追われているため、問題意識を持つことが難しい。

そうすると、国民からは賛成とも反対とも国には聞こえてこない。そのため、政府・官僚は何も問題がないと思い込み、どんどん話を進めてしまう。今まで、その繰り返しだったように思う。

「点」における報道の限界であると言ってしまえばそうだが、何かもう一工夫求められる。プロセスは簡単に報道 (マスコミのレベルでは報道したつもり) して、後の結果は知らないと言う無責任で済まされるものではないはずだ。

今では、ネットとの併用で情報を流す手段もある。論点を整理して、国民に提供すれば反応はあるはずだ。国民はそういう場を求めているはずだ。国に直接提言することも仕組みとしてはあるが、個人で提言しても限界がある。マスコミで国民の思っていることの論点をまとめれば、国としても大勢が把握でき、助かるはずだ。それに一般国民はそれほど馬鹿ではないのだ。

また日本のマスコミの旧態依然の体質は、よく指摘されるように、記者クラブから情報をもらうため、情報をもらえない危険性を重視して、当局に対して批判的な報道をしない姿勢である(*注)。

その結果、情報源が限定され、自分で考えて独自の取材をしない姿勢になってしまう。これらは彼らの本来の役割を自ら貶めて、その及ぼす影響力を単に利用されているということなのだ。

マスコミの役割は、国と国民と一定の距離を保ち、問題の本質の客観視と時系列でものごとを把握して国民にわかりやすく説明することでなければならない。現在の日本のマスコミにはそういう意識が欠けていると思う。

ある時点での現象を煽るのが役割ではないはずだ。本来あるべきマスコミの役割を再認識してもらいたい。また国民に意見の場を提供し、それをまとめていくのがマスコミの役割でもあるのだから、もっと積極的にネットの活用を検討すべきだろう。そういう活動がマスコミのレベルを上げることになり、ひいては国民のシンクタンクにつながるのである。

*注

そればかりか、政府の姿勢を常に容認する発言する人をコメンテイターやコメンターとして取り込み、当局にゴマをすっているマスコミも存在もある。御用学者、御用政治評論家、御用エコノミスト、御用文化人等だ。テレビ等は、よほど注意しないと、間違った認識につながる可能性がある。ここでは、具体的に氏名は挙げないが、各人がチェックしてみると、自然に分るだろう。

*追記

誤解を与えてはならないので、一応記すと、マスコミは、権力に対しては、常に批判的に報道することは正しい。ただ、もう少し、情報を整理して、再度発信する部門が必要だということ。流れる情報を流れるままに流すだけでは、マスコミの価値は低減する。

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