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2006年1月 9日 (月)

小学校時代の思い出 その2

小学校時代は虚弱体質のため、よく学校を休んだ。母は「しんどければ、休めばいい」という姿勢だったので、気持ちは楽だった。それでも、自宅で自習するので、特に授業がわからないということはなかった。

ただ父は帰宅後、勉強を教えてくれたが、教え方が下手でよく理解できない教え方だった。子供の目線になれない人だった。その時感じたのは、結局、自分で学んで理解するしかないということだった。

小学校2年から3年へはクラス替えのため、例の女子3人組からは解放されたが、よく休むので、男子生徒から一種のいじめにあうようになった。ただ私の場合は戦ったし、腕力では勝ち目はないのに、無謀にも、ぶつかっていった。

いじめた人間は、私がどれくらいの力量があるのか試しているみたいだった。私が子分になるのが嫌だから、「まいった」となかなか言わないものだから、彼はいらついていたように思う。

また当時の喧嘩は基本的に一対一で、審判みたいな奴がいた。大体クラスの委員長がそうだった。勝負がありそうなところで仲裁に入るのである。喧嘩にもルールがあった。そういう時代だった。

ただ一度だけ、下校時に3人組に喧嘩を仕掛けられ、ぼこぼこにやられた。この卑怯なやり方(その他にもいろいろ問題あり)は、後々大問題になり、両親の知ることになり、担任の先生を巻き込んで、やっと終息した。その結果、彼等とはその後、最終的には4年生になって友達にはなれた。この時ほど、両親や先生に感謝したことはない。

そして、学んだことは、戦わなければならないが、自分だけでは勝てないことがあるということだった。父には、体力で勝てなかったら、どうすれは体力で勝てるか考えろ。それでも勝てなかったら、どうして勝つかを考えろ、と言われた。答えは教えてくれなかった。

小学校3年生時代は、辛くて苦い思い出だが、それが今の私の人格形成に良くも悪くも影響を与えているかもしれない。

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