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2006年1月25日 (水)

自意識

最近は街を歩いていても、私の世代では少なかった背の高い大柄な女性をよく見かける。180センチぐらいの女性だと、少し見上げなければならない。先日も、それくらいの女性たち3人が、横並びで歩いていたので、思わず、道を譲ってしまった(笑)。彼女達は堂々と歩いていた。歩き方も美しく、様になっている。モデルかも。

その一方で、背の高い女性は劣等感を持つ方がいるらしい。ハイヒールなどは履かず、パンプスなど履く靴にも気をつけているようだが、やはり目立つことは確か。それで前かがみになる人も多いそうだ。だが、そんなことは気にせずに堂々としておれば良いのに。

そういうことで、気をつけて見ていると、男女のカップルも最近、男性より背の高い女性の組み合わせも案外いるのに気がついた。蚤の世界では、遠の昔から、メスの方がオスより大きいらしい。そこで、そういうカップルを“蚤の夫婦”とか言っている。

以前は若干抵抗感があったように思うが、それは身長差が極端な場合で、確かに目立ちすぎるかもしれない。しかしながら、両方共に背が標準より高いと、女性が男性より背が高くても、意外とおかしく感じないものである。

背の高い女性も劣等感など最早そんなことを気にしないで済む時代のようだ。結局、パートナー選びには、極端なケースを除けば、そういうことを考慮する時代でないことは明確なようである。

私達は、度々過去の慣習に捉われて自意識過剰になるかもしれない。しかし、慣習は時代と共に変る。それに人というものは、意外なほどに、他人に関心を寄せないものである。その人に余程意識が集中していて、初めて関心を持つものであるようだ。

確かに毎日のように接していれば、他人であっても無意識に観察しているかもしれない。あるいは、自分のテリトリーに普段と違う人物が入ってきた時は注意するかもしれない。しかし、一般的に第三者的な人は他人に無関心なのである。

見られることは無視できない (実際、女性は見られることによって美しくなるという) が、過度に意識過剰になることは、自分を小さくしてしまう場合もある。自意識もほどほどがよさそうである。

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