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2006年1月23日 (月)

生まれか、育ちか

生まれか、育ちか、どちらが大事か、という論争は昔からある。

若い人は知らないだろうが、柴田錬三郎という作家がいた。彼は生まれで全ては決まるという考え方だった。生まれが良ければ、どんな劣悪な環境で育っても、正しい道を歩むようになる。反対に、生まれが良くなければ、どんな良い環境で育っても、将来、ちょっとしたきっかけで悪の道に踏み入れる。そんな考え方だった。

もちろん、これと正反対の考え方もある。どんなに生まれが良くても、環境が悪ければ、悪事に手を染めたり、どんなに生まれが良くなくても、環境が良ければ、正しい道を歩むという考え方である。

果たして、どちらが多いのか、流風にはわからない。大抵、多くの人は、中間であるだろうから。極端なケースは上下1割にも満たないだろう。

確かに世の中では、良くも悪くも、リーダーは生まれる。彼等は特別な生まれや特別な育ち方をした人かもしれない。だが結局、中間にいる大半の我々が、どのように判断するかで大勢は決まる。

時代を創るのはリーダーだと思われがちだが、実際は大部分の中間層が形成している。事実、時代の風を感じ取るのは庶民が一番早い。リーダーといわれる人は、その風に乗るのが上手ということだろう。そして、リーダーはいつまでもリーダーではない。風を読み違えば、すぐ転落する運命にある。

そういう意味では、普通の人が最も大切だと思う。特別よい生まれでなくても良いし、特別よい環境でなくても良い。リーダーと云われる人は一種、特殊かもしれない。そんな人も必要だが、そんな人ばかりでは、まとまらない。結局、庶民が時代を担っているという認識を軽く持つ必要があるのだろう。

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