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2006年2月 3日 (金)

皇室典範は改正すべきなのか

流風が皇室典範について論じる立場にはないが、最近盛んに論じられているので、自分なりの意見を整理してみた。ただ実際はどうなのかわからないが、小泉首相も何もわかっておらず、危うい理解の仕方と言われている。また、その彼が何ゆえに皇室典範改正を急ぐのか不明である。まして流風が正しい認識をしているか疑問だが、思い切って少しだけ述べてみる。

天皇の位置づけは、日本国憲法に謳われているように、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である。そして、天皇は2000年以上続いた伝統であり、歴史のない他国が羨む世界に誇る伝統的な日本独特の文化である。

日本は歴史的に良くも悪くも天皇を中心として、直接・間接的にまとまってきた。戦後、国民はそのように感じていないかもしれないが、諸外国の捉え方は明らかに違う (戦後、マッカーサーは日本統治のため天皇制は残したし、ブッシュ大統領も、日本は君主制の下での民主主義であると言っている)。ある部分で畏敬の念がある。

そして、不遜な言い方かもしれないが、伝統を守ってきた天皇の歴史は“世界遺産”でもある。日本人としては、それを何としても守る責務がある。よって、そのようなものに簡単に手を入れることはできない。だから、その皇位継承については、慎重に議論されるべき性格のものであると思う。

そもそも皇室典範の改正論議は皇室に男子が途切れることを配慮してのことだと思う。それで女性の天皇を容認しようという話になっている。ただ歴史的に女性天皇は未亡人か独身で通し、基本的にピンチヒッターの役割が強い。

基本は男系によって守られてきた。男系を守る工夫はいくらでもあると思う。別に俗世間の慣習に従う必要はない。また最悪、旧宮家の皇籍復帰も考えられる(*注)。

それを現代の時代の風潮に合わせて、女性を天皇にし、夫を迎え、その子供も天皇にするという考え方は、女系天皇を認めるということになる。これは歴史文化を無視した、短絡的な非常に残念な発想と思う。

天皇という長期間続いてきた日本文化を現代の発想で簡単に変えていいものだろうか。長い歴史を通じて維持してきた天皇の継承の流れを時代におもねて、簡単に変えるべきではないと思う。現在の政府の考え方はどこかおかしい (それを促した有識者会議の決定もおかしい。本当に有識者なのか)。日本人としては、天皇という文化をもっと大切に考える必要があると思う。

結論として、一国民の意見としては、天皇という日本固有の文化を軽々に変更すべきではない、ということに尽きる。世の中には変えていいものと変えてはいけないものがある。客観的に見ても、皇室典範は決して変更すべきではないだろう。

もし、皇室典範改正案の提出を強行するなら、小泉政権は崩壊するだろうし、日本の政局は混乱するだろう。だが、実際は、そんな短期的な問題ではなく、遠い将来、日本及び日本国民に多大な困難をもたらすだろう。

*注

旧宮家の皇籍復帰のために、皇室典範を改正するのなら、最悪仕方ない。ここでは、女系天皇のための皇室典範改正しようとする動きを批判している。

*2016年12月24日追記

天皇の生前退位について議論されているが、天皇も民主主義体制の一員であるなら、退位は当然考慮されるべきものだろう。天皇は戦後、「人間宣言」されている。高齢なのに、いつまでも、神様でもないのに、天皇「職」を無理強いするのはおかしい。ここは皇室典範の改正が望ましい。但し、内容については、将来、齟齬をきたさないように細かく吟味する必要があるかもしれない。

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