« 皇室典範は改正すべきなのか | トップページ | 春の調べ »

2006年2月 3日 (金)

鬼はどこに

2月3日は言わずと知れた節分。子供の頃、「鬼は外、福は内」と豆まきして、逆に蒔いて叱られ、また後の掃除が大変だったことを思い出す。ところで、鬼はどこにいるんでしょうね。

落語にも『節分』というものがあるそうだが、実際は聞いたことがない。内容は、大晦日を何とか言いくるめて借金の返済を延ばしてもらったものの、その期日の節分がやってきた貧乏落語家の話しらしい。その掛け取りに対して、掛け取り漫才の手を使って相手の好みに合わせて、角力・端唄・芝居・喧嘩などの断り言を並べる。

そして、とどのつまり魚屋の親方にふぐをご馳走になり、親方がふぐを箸につまんで「ふぐは内とはどうだい」と言うと、「骨は外」という落ちという下げで終わる。その落語家にとって、鬼は掛け取りだったかもしれないが、咽喉もと過ぎれば気楽なもんだ。でも本当に鬼は掛け取りなんだろうか。

それはそれとして、最近は“鬼嫁”と称して、姑や夫に強くあたる妻が話題になっているが、どうなんでしょうかね。当人達は、あれで結構楽しんでいるようにも見えるし、実際はどうなのだろう。でも行き過ぎれば、第三者からから見ると、あんなみっともないことはない。姑や夫を強く牽制して、うまく行けばよいが、相手が過度に萎縮してしまえば、問題も多いことだろう。結局、鬼嫁は未熟で、こだわりの強い偏狭な女性と第三者によって捉えられるかもしれない。

そんなことより、もっと謙虚に周囲をホンワカさせて、天然ボケを振舞えるアホ・カシコ嫁の方がいいと思う。そんな嫁は、福嫁として理解されるだろう。長期的には、その方がいいのでは。鬼嫁から福嫁へ。そんなことを期待してしまう流風です。

ということで学べることは、鬼というのは、結局自分の心の中にあるのではなかろうか、ということ。もちろん、福も心の中にある。一年に一回、心の掃除をして、鬼を追い出してみるのも悪くないと思う。今日はどんな鬼に対して、どれだけ豆をまこうか。

|

« 皇室典範は改正すべきなのか | トップページ | 春の調べ »

考え方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99784/8482709

この記事へのトラックバック一覧です: 鬼はどこに:

« 皇室典範は改正すべきなのか | トップページ | 春の調べ »