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2006年2月20日 (月)

武満徹没後10年

本日2月20日で武満徹が亡くなって10年になるそうだ(1996年2月20日没。ちなみに生誕は1930年8月8日)。

武満徹といえば、映画音楽のイメージが強いが、流風の年代からいうと、少し古く、実写で観たものは少ない。それに日本映画の音楽は当時は、それほど注目を浴びていなかったように思う。映画は知っているけれども、音楽は知らないのだ。例えば『乱』は観た記憶があるが、当時の映画は映像と音楽が一体になっているため、音楽のみの場合は思い出せない(聞けばわかるかもしれないが。日本の映画音楽は洋画に比べて、当時はあまりテレビやラジオで放送されなかったと思うので記憶に残らない)。

だから彼の音楽のイメージとしては、いろいろあるんだろうが、雅楽の印象が強い。流風は、武満徹を通して、若干雅楽に興味を持ったことがある。雅楽には春と秋がテーマになっていると思うが、彼の音楽は、春というより秋のイメージが強い。「ノヴェンバー・ステップス」とか「エクリプス」にしても、この時期に聞く音楽のイメージではない。ただ、いい機会だから、もう一度聞き直してみた。そうすると、今の時期でも日本人には合うという気がする。まだ寒いからかもしれない。

日本人の根底に流れている精神性を武満徹は十分理解していると思う。欧米のクラシックも良いが、いつもしっくり来るとは限らない。それぞれの音楽ができるには、それぞれの自然の背景があると思うが、武満の音楽とクラシックの違いは明確である。ただ欧米人にも支持されているところが不思議だ。彼等は日本の自然や風土を理解できるのだろうか。同時に、私達も西欧の自然や風土を真に理解してクラシック音楽を楽しんでいるのであろうか。

ああ、きれいな音色だな、という楽しみ方もあると思うが、少々ひねてくると(笑)、これでは飽き足らなくなってくる。一般人も、単なる欧米への憧れでクラシックを聞くのもよいが、それだけでは少しおかしいと、そろそろ気づかねばならないと思った。

風土、環境、時代。作曲家の感性がそれらに感応した時、そこに住む人たちに、共感できる音楽ができるのだろう。武満徹を聞き直して、そう感じた次第である。

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