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2006年4月26日 (水)

格付け評価の有効性

最近は、第三者評価といって、格付けばやりである。格付けが有名になったのは、金融不安の時代の金融機関の格付けであろう。当時、海外の格付け機関が作為的に格付けをしていたと思う。格付けなど、あまり信用できないものだと思ったものだ。

ところが、最近では、範囲が広がり、企業の格付け、医療の格付け、介護業者の格付けなど、多彩になってきている。特に形のないものを販売しているサービス業関係に多く見られるようだ。だが、この格付けは、その前提条件も、内容の調査の仕方も偏りがあり、どうも十分でなく、奇妙である。

例えば、どのような組織も、運営も、多面的であり、外部からの格付け指標には限界がある。一番良いところと、一番悪いところは、確かに明確になるであろう。だが、そんなところは、格付けしなくても、わかっていることである。その他の中間層に含まれるものを格付けしないと意味がないのだが、これらは多分に恣意的である。

多分、外部からは正確に評価できないのだろうと察する。それ故、調査する人間の意思が働く。だから評価する人間によって、格付け結果にズレが生じる。仮に数値化されているとしても、それは100%信用できるものではない。かえって、数値に騙されるのがオチである。それに、仮にどんなに公平に評価しても、それは最大公約数的な判断になりがちである。

そうなると、そういう格付けは、未来に対しては、あまり意味がないことになる。あの偏差値というものもそうだろう。あれは人間の評価を一時点において一面的にした評価法である。将来を踏まえた全人格的評価など数字でできるものではない。格付けも同様で、そういうものをあまり信用しない方がいい。仮に過去のことがわかっても、未来はわからない。

結局、自分の五感で確かめて、個別に評価するしかないのではと思う。もちろん、格付けが全く無意味とは言わないが、その利用価値には限界があることを知っておくべきだろう。人間社会に対してデータ依存症にならないようにしたいものである。

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