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2006年4月23日 (日)

親学の必要性

少子化問題については、以前も取り上げたが、再度違う角度から取り上げてみたい。少子化問題は国の課題になって久しいが、その取り組みは、若干網羅的で、複雑で、わかりにくいのが実情ではなかろうか。それに現象面に対してスポットが当たりすぎ、その根本が議論されていないように思う。いや、議論されているのだろうが、流風が知らないだけかもしれないが。

さて、一般に官庁から出てくる政策としては次に挙げる兵庫県のようなものが多いであろう。すなわち、兵庫県では、少子化の課題と対策支援取り組みとして、次の四つの切り口を挙げている。

一 晩婚化・未婚化への対応という問題
             →未来の親づくりへの支援
                 ①未来の親への支援
                 ②若者の自立支援

二 子育て力の低下という問題
             →子供を生み、育てることへの支援
                 ①家庭の子育て力の再生
                 ②保育サービスの充実
                 ③地域ぐるみの子育て支援の充実
                 ④子育てと仕事の両立支援

三 子供を育てる環境の問題
             →健やかに育つような環境支援
                 ①子供を守る基盤作りの推進
                 ②豊かな人間性を育む環境の充実
                 ③すこやかに育つためのまちづくりの推進

四 社会の世代構成のアンバランスが、長期に悪影響をもたらす問題
             →社会としての官民による戦略的支援
                 ①社会システムの再構築による子育て支援の強化

一応、行政らしい方策である。だが、行政にできることには限界がある。だから根本的なことが議論されていない。それは『親学』である。親として、子供にどのように接して、家庭教育していくか、ということが示されていない。強いて言えば、「二 子育て力の低下という問題」に含まれる問題で、親力・家庭力の向上という点かもしれない。

少子化の一つの原因は、親が子供に対して、自信を失ったことの反映ではなかろうか。流風の親世代は、戦前の教育を受け、敗戦後、思想体系が民主主義に転換したため、急激な思想転換に戸惑った世代である。そのため、子供の教育にどのように関与していくべきかが、非常に曖昧になった。ある意味、学校教育に任せきりになり、放任状態に近かったのではなかろうか。

いわゆる、家庭教育の崩壊である。それが、戦後第二世代、第三世代に少しずつ悪影響していることは間違いない。その結果、根本的に、どう子供に接してよいかわからないのではないか。

そこで、『親学』の出番である。親として、どうあらねばならないのか。それを私達は、もっと真剣に考えなければならない。例えば、金銭教育は必要だと叫ばれているが、お金だけで世の中が回っているのではない。根本の人としての教育のないままに、金銭教育がだけが先走りすると、子供には悪い影響を及ぼす。そういったことを親として、きちんと教えているか。その辺の課題にも取り組む必要があるのである。

親としての自信を持つことが、自分の後継者として、子供を作ろうという動機づけになる。そのためには、今改めて、『親学』を未青年の間に推進すべきだろう。子供に親としての心構えを教える。それは矛盾していないと思う。一人一人が考えなくてはならない課題なのではなかろうか。

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