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2006年5月31日 (水)

新聞の特殊指定維持

新聞の特殊指定が維持されるようだ。新聞が全国一律価格で、戸宅に配達されることは、現状止むを得ないと思う。それに現在の高齢者は主たる情報源を新聞に依存しており、それが全国レベルで維持されることは望ましい。また、これだけ情報システムが発達した現代であっても、高齢者に限らず、新聞の重要性は変らない。

確かに新規の新しい大切な情報はネットからでも得られる。速報性においても、時系列で物事が見られるなど、ネットが優れている。

しかし、情報の一覧性という意味においては、新聞は優れている。仮にネットで新聞を読むとしても、その感じはどこか違うのである。ネットで購買して、それを個人が同じ情報を印刷しても、何か違うのである。

それは新聞全体を一覧することで得る情報が違うのだと思う。具体的にどう違うのかと言われると難しいが、大げさに言えば、日々の変化の雰囲気を感じ取れるということであろうか。それが新聞社の個性であるかもしれない。

しかしながら、新聞会社自体は、経営努力を怠っており、価格は他の物価と比べて下がっていない。現状のままでよいとは思わない。そういう意味では、今後も独禁法の対象にされる可能性はある。

そして、それは著作物全般に言えることである。今回の問題とは違うが、環境問題も考えると、現在は野放しされている印刷物が増えることは望ましいことではない。その辺のバランスをどうするかが問われている。今後は、基本的には、地域の新聞社の重要性が高まると共に、やはりネットとの共存共栄が求められるだろう。

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2006年5月29日 (月)

自民党の法律案の危さ

最近の自民党の作る法律案が、どうも考え込まれたもののように感じ取れない。以前は、このようではなかったのだが。

例えば、憲法改正案(流風的には、「改悪」の可能性もあり、「改正」案とは言い難いのだが、ここでは、一応「改正案」としておく)にしても、文章に深さがなく、どうも幼稚なのである。格調高くという風に感じ取れない。なぜそうなのか理由はわからないが、案を書く人材に問題があるのではなかろうか。何の哲学もない素人が文章を書いているように感じられるのだ。

憲法改正案のほかにも、今話題になっている、教育基本法改正についても、自民党案は、何を言いたいのか、焦点が呆けている。ただ言葉の羅列をしているだけのように受け止められる。教育基本法改正案については民主党案の方が断然わかりやすく、理解しやすい。内容的にも優れていると思う。それに比べて、自民党案には“心”が感じられないのだ。

一体自民党は、どうなってしまったのだろう。人材が足りないのか、仕組みの問題なのか。2~3考えてみた。

まず考えられるのが、同志感の欠如であろう。党の心である核が失われているように見えることである。その原因は申すまでもない。

第二に、政党倫理観の欠如であろう。政権を維持するためには、どことでも組むというやり方は、政党倫理をなくしてしまう。

第三に、哲学のない知識だけによる法律案であろう。“人間社会を知らない”知識偏重の政策ブレーンにも問題があるということだろう。

第四に、教養のあるスタッフが欠けていることだろう。法律案を作るときに、それは自然と人間性が滲み出る。どうも、そういった人材が欠けている。

以上のことを踏まえて考えると、小泉政権以後の同志感の欠如に加えて、基本的には水と油の関係と思われるのに、公明党と連立を組んでいることが、大きな原因かもしれない。公明党の主張を取り入れようとすると、余計にややこしくなって、理念も何もあったものではない。そのため、筋道が通らず、混乱しているように思う。

確かに、公明党は自民党の暴走を引き止めているかもしれないが、それは運営上の問題で、法律案については、変な妥協をしてもらいたくない。今のままでは、自民党というものが見えなくなってしまう。早期に建て直ししてもらいたい。今、絶壁にいる状況と理解してもらいたい。

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2006年5月28日 (日)

組織の解体

社会保険庁の不正とか、NHKの不正とか、もう聞き飽きた。さっさと解散すればよいのだ。政府は早く決断すべきだろう。両方とも存在価値はない。賞味期限はもうとっくに過ぎている。

企業でも、そうだが、腐った組織は潰すしかない。再生なんてできないのだ。組織構成員も意識が低下しているし、一部の人間が、どんな革新的な行動を起こしても、潰されるだけだ。もちろん、外部から人を入れて、強いリーダーを中心として、改革することは一般的には可能だが、この両組織は、その時を過ぎている。どうしようもない状態と言ってよい。

社会保険庁は解散して、その役割は、以前のように各自治体が果たせばよい。全体的な管理は、すでに情報システムが確立されており、無駄な組織は必要がないのだ。

NHKに関しても、前にも触れたように、戦後の役割は終えている。現在では、考え方自体が時代にそぐわないし、大組織になって官僚的になっている。同様に必要のない組織だ。できるだけ早く解体して、民営化すべきだろう。

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石油代替燃料

石油価格の上昇が、じわりと消費財の価格アップとして、じわじわと影響してきている。消費者として、どのように対応するのかは、それぞれであろうが、無駄遣いは強く戒めなければならない。これが、どのように景気に影響を与えていくのであろうか。

ところで、米国は、新しい燃料としてエタノールを提唱していたが、実際は、コスト高で国から補助金をもらわないと、コスト的には難しいようだ。基本的に、石油より安いコストでなければ、その開発の意味はない。どうも胡散臭い。

日本は、現在のところ、実際、水面下のことはわからないが、エタノールの開発には消極的であるようだ。それでいいと思う。ブラジルで成功例があるようだが、基本的な環境条件が異なる。そういう意味では、日本の判断は正しいと思う。実利の伴わない作為的な戦略は、最終的には失敗する。

ただ、石油代替燃料の開発は、昔からの課題であるので、急がれる。燃料電池の本格化はいつになるのだろうか。コストダウンするには、中国のような大きい市場が求められるのかもしれない。

*追記

政府が、エタノールの開発に関与するようだが、望ましくない。エタノールの開発は、自然破壊につながるのはブラジルでもそうだろう。森林伐採して穀物を作ることは、温暖化を促進する。そうでなくても、地球は危ないのに、エタノールの開発は、余計なことである。結局、マイナーなエネルギー資源になることは見えている。

つまるところ、脱石油と共に、省エネの推進の強化か望まれる。そのためには、国民生活の見直しも、世論化する必要がある。学識経験者でなく、知恵は国民に求めればいい。そうすれば、何かよい案が生まれるだろう。

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2006年5月25日 (木)

医療ネタ?

今回は、息抜きに?イギリスの医療に関するジョークを取り上げてみた。どこの国でも、医療はネタになりやすい。医療関係者の方々は本気になって読まないように。真面目な方々が多いからね(笑)。

●お前もか

ある男が医者に飛び込んできた。

「先生、何とかしてください。どの医者も、私を見放して、診てくれないんです」

「では、次の方、どうぞ」

●生きた見本

「先生、脳ミソなしで、人間はどれくらい生きられるでしょうか」

「あなたは、今、何歳ですか」

●心配無用

入院中の患者が自分の心臓を心配していた。

医者がやさしく、

「心配いりませんよ。生きている限り、心臓はもちますから、・・・・」

●心臓手術

医者が患者に、

「良いニュースと悪いニュースがあります。良いニュースは、あなたの心臓移植手術は完全に成功しました。悪いニュースは、間違って元の心臓をまた入れてしまいました」

●足の手術

外科医「良いニュースと悪いニュースがあるんですが・・・・・」

患者「悪いニュースから先に言ってもらいましょうか・・・」

外科医「専門医との慎重な診断の結果、残念ですが、あなたの場合、足首から先、両方とも切断せざるを得ない結論に達しました」

患者「して、良いニュースとは・・・」

外科医「あなたの隣のベッドにおられる方が、あなたの靴を3ポンドで譲り受けたいと申しています」

●老化予防

医療相談室で、

中年の紳士「老化を防ぐスポーツがあったら、何か推薦して頂けませんでしょうか」

医者「ロシアン・ルーレットなぞ、いかがなもんでしょう!」

●見放されて

ロンドンのナイチンゲール病院で、患者が大手術のあと、目を覚ました。

目をうっすらと開けたときに、彼はベッドのそばに誰か立っているのに気づいた。

「手術は成功したのでしょうか、先生」

ベッドの脇の人物が厳かに口をきいた。

「私は医者ではありません。聖ペテロです」(医者が見離したものは坊主のもの、という意)

●事前工作

「執刀医って、手術をする時に、なんでマスクをするのかね」

「手術が失敗した時のことを考えて、患者に顔を覚えられないようにしているんだ」

◎これらの強烈なジョークは、20年位前に出版された『イギリスのユーモア』(北村元著、サイマル出版会)より医療関係のものを抜粋したものです。当時のイギリスの、医療状態を反映しているかどうかはわかりませんが、今でも通用するネタです。でも、本当の患者に、言えば、ジョークとは受け止めないだろうな。患者の精神状態では無理。基本的に、元気な時に、こういうジョークは生まれるのだろう。逆に言えば、ジョークを言えてる間は元気かもね。

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2006年5月24日 (水)

夜8時消灯

子供の頃(小学校に上がる前)、寝る時間は夜の8時だった。もっと小さい時は、夜7時だった。当然、朝起きるのは早くなる。父の出勤が早いこともあったが、早寝早起きだったのだ。

母が父の弁当を作るため起きる朝の4時頃には目が覚める。でも、寝間の中で、ぐずぐずしていたのを思い出す。それでも5時ごろには、母に寝間から無理やり起こされて、大したことではないが、いろいろ用事を言いつけられていた。例えば、新聞の配達の受け取りをして父に届けることや、家の前の掃除などだった。でも、流風の家が特別ではなくて、近所も皆、朝が早かった。

ところが、最近の子供さんは、夜遅くまで起きていることが多いようだ。あまり彼らの将来を考えると、よくないと思うのだが、他人の家庭をとやかく言うこともできない。朝早く起きると、朝食が美味しいので、最近の若い人みたいに、朝抜きということにはならない。そういう点でも、早寝早起きは非常にいい習慣なんだが。

先日、環境省が、夜8時消灯で、環境省庁舎の消費電力(照明分とOA機器停止分の合計)が23%カットできることを明らかにしている。このことは、家庭でも検討が必要だ。小さな消費量でも全国レベルになれば、相当の量である。早寝早起きの習慣をつければ、健康にもよいし、省エネにも役立つ。それに早朝の空気は美味しいのだ。

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2006年5月23日 (火)

鯨肉雑感

報道によると、鯨の肉が余っているらしい。この原因は、1988年の商業捕鯨停止に伴い、需要が落ち込んだことらしい。それに、調査捕鯨の捕獲数が増えて、更に在庫が増えているらしい。

つまり最近は、欧米の変な反対運動~食文化の違いのわからない欧米人の自分勝手な反対運動。確かに捕りすぎはいけないけど、そうかといって、捕らないと自然のバランスを崩すのだが~にあって、入手が困難になり、庶民的な価格から離れてしまった。その結果、食べる機会も少なくなり、皆にも忘れ去られて需要も減ってしまった。そこへ調査捕鯨で獲得したミンク鯨の捕獲数が増え、在庫が余っているらしい。ということは、いずれ市場に比較的安い鯨肉が提供されるかもしれない。

流風が子供の頃は、給食にも出たし、家庭でも、安い蛋白源として食卓に上がっていたと思う。鯨肉は大体、高たんぱく質で、不飽和脂肪酸が多くて、成人病予防に良いと言われている。血中コレステロール値を下げたり、血管系の病気の予防になる。その他にも、いろいろ良い効果があると言われていた。

子供の時に食べたのは、サイコロステーキにしたのが多かった。ころ(鯨の皮を油抜きしたもの)も、おでんにも入っていたが、そんなに好きではなかった。やっぱり、サイコロステーキが一番。冬場だったら、ハリハリ鍋もいいけど、もう暑いしね。安く入手できたら、サイコロステーキを作ってみようと思う。さて、ソースをどうするか。

*平成18年9月11日追記

価格は、水産庁が捕鯨費用確保のため、あまり下がらないらしい。それでも供給量が増えて、卸値で半額になっているという。でも、あまり魚屋で見ないなあ。また水産庁はブームになることを恐れているようだ。密漁などの心配もあるし、わかる気がするが、少しでも食べたいなあ。

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2006年5月22日 (月)

都道府県は必要か

政治の仕組みの中で、改革が遅れているのは、都道府県という制度であろう。最近は道州制なども話題になるが、結局、これも都道府県の二番煎じのように感じる。そもそも、都道府県が必要かどうかを論ずるべきだろう。実際、政令指定都市は国との直接のやり取りであろうし、他の市町村も国と直接やり取りをすれば、都道府県は必要がないはずである。

明治以降のシステムをこれからも維持する必要があるのだろうか。屋上に屋を重ねる無駄は今後も認められるだろうか。この際、ズバッと、なくしてみてはどうだろう。構造改革というのは、こういうことを本来指すのだと思う。別に何の支障もないはずだ。また市町村の議員も非常に多すぎる。もっと減らすべきだろう。

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2006年5月20日 (土)

基本は法三章

日本は法治国家だが、現在の為政者は法律に頼りすぎのように思う。法律が多ければ、その体系は複雑で、その運用も難しい。世の中が、ますます複雑になるだけだ。

もちろん、これは欧米社会を中心として、契約という概念が、彼らと付き合う場合、要請されることが背景にあることは理解できる。だが、彼らの国々がきちんと治まっているかと問われれば、疑問を持たざるを得ない。彼らは法律が手段でなくて、目的化しているように感じる。

人々を人心収攬する方法は、法律の多さでは難しい。それは歴史的にも、『法三章』が示している。多くの方々が、ご存知であろうが、念のために記せば、漢の元年(紀元前206年)、劉邦は秦軍を撃破して、覇上に達した。秦は滅び、彼は咸陽に入城する。

その時、部下の樊噲(はんかい)や張良の諫言を受け止め、秦の財宝や美女には手をつけず(先に項羽は財宝と美女に手をつけて、人々に反感を抱かせたことを踏まえて)、封印して、諸県の父老や豪傑を召して、次のように発表した。

「諸君は長らく秦の過酷な法律に苦しんできた。私は諸君のために害を除こうとして、ここに来たのであって、横暴などする気はない。安心してもらいたい。私は諸君に約束する。法は三章にのみにとどめ、その他の秦の法律は残らず廃棄する」と宣言した。

そして、法三章の内容としては次のように示した。

 一 人を殺した者は死罪に処す
 二 人を傷つけた者はその程度によって罰する
 三 人の物を盗んだ者も、その程度によって罰する。

法律は、この三つだけだとしたのだ。人々は喜び、劉邦が秦王となることを心からねがったという。(『史記』より)

韓非子が唱えた法により国家を管理する方法は、どちらかと言うと西欧的である。一見、為政者からは、楽な方法のように感じるのかもしれないが、真に国民を従わせるものではない。始皇帝は採用して恐怖政治を執り行ったが、長続きはしなかった。

国民は真に心から従わなかったということだろう。法律であまりにも何もかも縛るやり方は、人間の“本質”を知らないやり方だ。こういうやり方は、いずれ国民間の不信感を生み、地域が不安定になり、国家が揺らぐということを歴史は示している。

だから本来は、劉邦の行った法三章が望ましい。だが、現在の日本は国際化しており、他国との協調も求められる。その辺をどうするのがベストなのか、皆が困惑している状況かもしれない。

犯罪の国際化に対応するには、世界犯罪法のようなものを作って、共通適用するしかないのかもしれない。ただ、国内法的には、国民を安寧するためには、無用の法律は作るべきでないだろう。社会の安定には、どうすればいいのか、国民一人一人が考えなくてはならない。

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2006年5月19日 (金)

能と小説『歌行燈』

今までに取り上げてきた謡曲の中で、流風が読んでいる小説と関わりがあるのは、『海人』、『松風』、『高砂』である。そして、実際に、この小説の中で舞われるのは、『海人』の一部です。もう、おわかりでしょう。読んでいる小説は、泉鏡花の能を題材にした『歌行燈』です。映画にもされたそうですが、残念ながら観たことはない。

さて、この『歌行燈』は、あらすじに関しては、差し控えるが、鏡花は親戚に能関係者がいたことが、能に関する造詣を深くした理由と云われている。能という芸事に生きる人間の厳しさと、そして男女の不思議な因縁を描いている。それにしても、芸事を極めるには、結局、極限を経験したものでなければ、達することができないというのは、一般人にはなかなか理解しがたいことかもしれない。

また、この小説は、今から約100年前の1910年に書かれたものです。それゆえに、現代小説と違って、読みこなすのが流風にとって難しい。予備知識がないと、なかなか理解できないことが多い。能の知識に加えて、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』もある程度読んでいないと、意味がわからないし、歌舞伎の知識も必要だ。

流風も、最初、さらっと読んでみたのだが、感動が薄い。もちろん、表面的に字面を追っかけても、ある程度はわかるが、理解に深さが伴わない。そういう点では、日本文学に傾倒しているものでなければ、現代人には、なかなか理解が難しいと思う。

こういうのと同様なものとして、漱石や龍之介を読み込むには、予備知識が必要だ。字面だけでは、著者の意図が完全に読み込めない。彼らは、そのように描いている。ただ、若い時のように、素直に単に表面的に、それを楽しむこともできる。それで、後年読み返すと、学生の時に読むのと、今読むのでは、印象が全く異なる。そこに文学の深さがあるのかもしれない。

そこで、今回は、謡曲の理解だけでもと、ざっと調べてみたのが、先日来のブログです。そして、もう一度読んでみると、意味を少し深く理解したような気がする。だが、まだまだ能の理解には、とても及ばないし、歌舞伎の知識も十分ではないし、『東海道中膝栗毛』もまだ読んだことはない。それらを理解すれば、もっと深く理解できるのだろう。このように、読めば読むほど味が出て、一生、楽しめる文学が、『真の文学』なのだろう。

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2006年5月18日 (木)

縁と謡曲『高砂』

多くの男女は縁に結ばれて夫婦になる。人間には、宿命と運命があるが、それが絡まりあって、人の一生は決していく。宿命は変えられないが、運命は自己の努力で変えられる。因縁はそういうところに働くのであろう。

さて、今回取り上げるのは謡曲『高砂』である。結婚披露宴でよく謳われた定番である。最近は、どうなのだろう。昔は、男であれば、謳えるのは常識であったという。流風の年代では常識でなかったが。その歌は次のようである。

         高砂や この浦舟に 帆を上げて

         この浦舟に 帆を上げて

         月もろともに 出汐(いでしお)の

         波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて

         はやすみのえに 着きにけり

         はやすみのえに 着きにけり

         四海波静かにて 国も治まる時つ風

         枝を鳴らさぬ 御代なれや

         あひに相生の松こそ めでたかりけれ

         げにや仰ぎても 事も疎(おろ)かや

         かかる代に住める 民とて豊かなる

         君の恵みぞ ありがたき

         君の恵みぞ ありがたき

さて、高砂の浦(現在の兵庫県高砂市)には松の名木があり、古来「尾上の松」として知られている。また摂津の国住江の海岸の松(住吉の松とも。現在の大阪市の住吉神社)と共に「相生の松」として知られている。

そもそも、「松」は天上から来臨する神の通路であると云われる。そして松は一年中その色を変えないので、不易の道徳の象徴でもある。

また、あの「尉(じょう)と姥(うば)」の人形をご存知の方も多いことだろう。子供の時、どういう意味があるのだろうと思ったが、夫婦仲良くというぐらいの意味しか親は教えてくれなかったと思う。

実際の謂れは、一本の根から雌雄の幹が左右に分かれた松が生え、「尉と姥(老翁と老婆の意)」に姿を変えたイザナギ・イザナミの二神が現われ、夫婦のあり方を説いたということが始まりらしい。それで、この二神は縁結びと夫婦和合の象徴になったという。ちなみに、この松は高砂神社に保存されている。

さて、謡曲『高砂』(世阿弥作)のあらすじは次のようになっている。一応、念のため挙げておこう。

一 九州の内陸部にある阿蘇宮(現在の熊本県)の神主の友成は、旅の途中、あの有名な高砂の「尾上の松」を見ようと、高砂の浦に立ち寄った(*注)。

二 友成が、その松を探していると、老夫婦が熊手と箒を持って、松の木陰を掃除していた。そこで、彼らに相生の松の謂れを尋ねた。「尾上の松と住吉の松は遠く離れているのに、どうして、どちらも相生の松というのか」と。

三 尉は、古今集の仮名序(下記*参照)を引用して、説明する。尾上の松と住吉の松とは相生の松である。その意味は、夫婦というものは遠く離れていても、心が通じ合うからそう呼ばれていると説明する。そして姥は松の永遠を説く。すなわち、松は四季を問わず、一千年も緑をたたえ、大変めでたいとされていると。そのように夫婦があるべき相老の仲睦まじさを語る。

四 そして、あなた方は、どちらの方々であるかと問うと、老夫婦は、実は、相生の松の精だと明かし、住吉で待つと言い残し、小船に乗り、追い風をはらんで、沖に消えていく。

五 そこで、友成は浦人に相生の松のことを尋ね、先程の老夫婦のことを話すと、住吉に行くことを進められる。

六 友成は高砂の浦から、船に乗り込む。そして、先に紹介したあの有名な “高砂や この浦舟に 帆を上げて” と謳いながら住吉に向かっていく。

七 住吉神社に着くと、

   『われ見ても 久しくなりぬ 住吉の 岸の姫松 いくよへぬらむ』

という歌に返して、住吉明神の御神体が一時的にその姿で現われ、颯爽と神舞を舞って千秋万歳を祝う。

   “千秋楽は民を撫で、萬歳楽には命を延ぶ、

    相生の松風、飄々の声ぞ楽しむ、飄々の声ぞ楽しむ”

そして、

    『むつまじと 君は白波 瑞垣の 久しき世より いはひそめてき』

と住吉明神(航海の守護神)はお詠みになったという。

縁は異なものである。そこには、見えない大きな力が働いている。それが何なのか、この歳になっても未だわからない。まさに神のみぞ知る、である。だが、一旦、縁を結べば、『高砂』のような考え方をするのが望ましい。結ばれた以上、それは大きな意味があるのだから、それを大事にしなければならない。

現代では、夫婦が添い遂げることは難しいといわれているが、考え方次第であろう。『高砂』のような謡曲の内容を知って、夫婦が相和すということの意味を深く考えるだけでも違うと思う。最近は、バツイチが当たり前のように語られるが、決して望ましいことではないだろう。

*注

阿蘇宮は、古代から知られた名社であった。そして、その神主は、神に仕える教養人として、神や、その化身と問答するのに相応しい人物であったところから、この話は、友成が選ばれているとのこと。

*注記

最初に挙げた婚儀の祝の歌は、謡における、二つのものが合わさったもの。すなわち、「高砂や~住吉に着きにけり」と「四海波静か~君の恵みぞありがたき」で、謡では、後者が先に謡われ、前者は、後で謡われている。

*参考    古今集仮名序

 「高砂・住江の松も相生ひのやうにおぼえ男山の昔を思ひいでて、女郎花の一時をくねるにも、歌をいひてぞなぐさめける」

*参考  詩吟 『四海波』 本宮三香

      四海波恬(しず)かにして瑞色披(ひら)く

      相生の松は茂りて枝を鳴さず

      高砂の一曲喜び極り無し

      契(ちぎり)は固し三々九度の扈(さかづき)

*参考  高砂神社
                     http://www.eonet.ne.jp/~sinzenkyosiki/

*平成26年3月29日追記

高砂市では、この4月から婚姻届を提出したカップルに、謡曲『高砂』のCDを贈るようだ。4月1日以降に、市民課窓口に婚姻届を持参したカップルに渡される。

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2006年5月17日 (水)

こりゃ、駄目だ

自民党の通信・放送産業高度化小委員会が、NHKの受信料支払い義務化を含めた改革素案を了承したらしい。こりゃ、駄目だ。NHKのようなサービスの対価でない受信料支払いは、そもそもおかしい。それを義務化するなど、もってのほかである。自民党には、ビジネス・ルールのわかる方々がいないのだろうか。

NHKは特殊法人なのだから、どうしてもというなら、時代遅れだけど、国民から税金を徴収して、予算からNHKに投入すればよい。公共放送ということで、それができないのなら、公共放送の範囲を極限まで限定して、NHKは大半はくだらない番組なのだから、民間に移行すればいいのだ。それなら国民も税金投入には納得するはずだ。民放に遠慮して、それができないのなら、それは本末転倒だろう。

大体、NHKの存在価値そのものが問われている現在、現在の体制を維持する必要は全くない。ネット時代において、国民の大半は公共放送に期待していない。どうしても存続したいのなら、民営化すればいい。公共マスコミの過剰な保護は、国にとっても、よくないだろう。

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不法糞放置

最近は、朝に犬の散歩をさせる人が増えているが、マナーを守れない飼い主はいる。流風の周辺には、野良犬はほとんどいないと思われるので、犬の“糞放置”は飼い主の意図的放置と言える。車の駐車違反は、6月から民間も活用して厳しくなるようであるが、犬の“糞放置”に対しても、厳しい罰金を科してもらいたいものだ。

そう思っていると、台湾では、犬の糞が大問題になっているようである。ロングステイしている日本人夫婦が、「こんな台湾には住めない」と言った中にものすごい犬の糞の放置があるようだ。あちらでは、犬を繋がないらしく、それがより環境悪化に輪をかけているようだ。しかし、さすがに、この夫婦の発言に刺激されて、罰則規定をつくるようだ。

それなら、日本も真似をして、実行して欲しい。“糞放置”の“実行現場”の写真を情報提供した者には何らかのインセンティブがあれば、情報提供者はあるだろう。ついでにタバコのポイ捨ても適用すればいい。そうすれば、街もきれいに保たれる。でも、こんなことをしなければならないほど、日本人の公共心は低下してしまったのか。

なにっ、犬の糞を踏んで喜んでいる人もいるって。でも、いくらあんたに“ウン”がついても、街は“不ウン”がつくでしょ。慰めの言葉には使っても、そういう考え方はやめときなさい。

*追記 平成19年3月19日

兵庫県芦屋市で、「清潔で安全・快適な生活環境の確保に関する条例案」が可決したらしい。6月1日より施行。喫煙禁止区域を指定し、路上喫煙に最高5万円の過料、犬の糞放置や落書きに最高で10万円の罰金。

残念ながら、日本でも、罰金方式しか、これらの公共マナーの低下を防ぐ手立てはないようだ。

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2006年5月16日 (火)

おしゃべり好き

流風自身はそれほど、おしゃべりではない。ただ会話する相手が一人の場合は相手がおしゃべりであっても、そんなに苦痛ではない。流風は基本的に聞き手に回り、相手の会話に合わせて、話を広げていく方なので、かえってうまく行くことが多い。

先日もバスで隣に座った流風より少し上のような全く知らない中年の奥さんから話しかけられた。話題は、季節のこと、昔のこと、地域のことなどだった。流風は軽く相槌しながら、適当に返していたら、とうとう彼女は表情豊かに降りるまで話していた。まあ、こういうのは、まだ辛抱できる。元気な、おしゃべりは時として周囲を和やかにさせる。確かに明るい女性だなと流風も感じたから、悪い印象はない。

だが、女性だけで集まると、その喧騒は比しがたいほどである。女が三人寄れば、文字通り姦(かしま)しい。先日も新幹線に乗っていたら、三人組の65歳くらいの女性が、ピーチク、パーチク、雲雀の子みたいにうるさいのなんの、話し出したら、とまらない、姦しいの典型だった。周辺への配慮は全くなし。女子大生が社内で大きい声で騒いでいるのと同じレベルである。情けない。とても眠ることはできず、話の中身は否応なしに聞こえてくる。内容はどうでもいいことである。天気に始まり、子供のこと、孫のこと、旦那の悪口、嫁との色々な話、友達の噂話、旅行のこと、芸能関係等々である。

大体リーダーのような女性が話のきっかけをつくり、延々と会話が続いていく。これに食事や酒が絡み、その舌はより滑らかになり、食べる、飲む、話す、食べる、話す、飲む、話す・・・という具合に周囲の迷惑省みず、会話が途切れることなく、続いていく。そして段々声が大きくなっていく。

彼女らは、このように周囲に無頓着に、しゃべっているから長生きできるんだろうな、と思った次第である。だが、おしゃべりは健康にはいい。それに比べて男というものは発散する方法を間違っているのだろうな。

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2006年5月15日 (月)

母の愛と謡曲『海人』

ここしばらく、よく謡曲を取り上げているが、流風が別に謡曲に目覚めたわけではない。実は、長い間、積読状態だった、ある書籍を読むのに必要な知識だったため、ブログにして整理しているだけなのだ。その書籍が何であるかは、後日明らかにしたい (わかる方にはわかるだろうが)。

さて、そういうことで、今回は『海人(あま)』を取り上げてみる。母の子供への愛情というものは深い。母親は子供のことを考えて一生を終えるのかもしれない。しかし、少し間違えると、近視眼になりがちだ。それが母の愛といえばそういうことになるのだが。今回取り上げる、『海人』はそういう意味も含んでいる。

これを説明する前に、まず藤原不比等について説明しておこう。藤原不比等は一応中臣鎌足の子供である。「一応」というのは訳がある。中臣鎌足は美人の誉れ高い額田王の姉と言われる鏡王女が好きだった(*注)。しかし、彼女は天智天皇に召されてしまった。

しかし、その後も、その恋心は忘れがたく、どういった理由か知らないが、天智天皇から下げ渡しがあり、彼女は彼の妻になる。だが、事の真偽は不明だが、噂に拠ると、その時、彼女は天智天皇の子供を身ごもっており、生まれた子供、すなわち藤原不比等は天智後落胤だと言われている。

彼は11歳の時、鎌足が死ぬが、その後壬申の乱が起こる。父の生前の関係から、近江朝に近い立場にあり、不利な立場になった。一族は処罰され、朝廷の中枢から一掃されるが、彼は年齢も13歳と若く、関係者から距離があったことが後に幸いする。しかし、当面は後ろ盾もなく、冷や飯を食いそうになったが、鎌足を評価していた天武天皇に庇護され、やがて表舞台に登場する。

彼は四人の妻がいたが、その内の後室の犬養三千代(橘三千代)の力添えにより、皇室との関係を深め、文武天皇に娘の宮子(妻 賀茂比売との間の子供)を夫人(ぶじん)として嫁がせ、後の聖武天皇を産ませている。

さらに犬養三千代との間の娘である光明子を後に聖武天皇皇后に入れている。ただ彼は皇室との外戚関係だけでなく、実務もよくできた人物としても知られている。そして、これらのことによって、藤原氏繁栄の基礎がその息子と共に築かれることになる。

また、彼は平城遷都を主導し、四大寺に、氏寺であった山階寺を奈良に移し、興福寺と改め、組み込んでいる。なお、藤原姓を名乗れるのは、彼の子孫だけで、官職に就くことができた。同族の中臣姓は神祇官として祭祀のみを担当した。

さて、以上のことを踏まえて、『海人』を見ていく。基本的なテーマは、自分の命を犠牲にしてまで、子供の出世を願う母の行動と、子供による親の供養という親孝行、法華経による女人成仏ということらしい。あらすじは次の通り (実際の謡曲の内容より若干説明を付加的にしています)。

一 13歳の房前大臣(藤原房前、不比等の子供)は、讃岐国志度津の人で、そこで母が亡くなっていたことを知り、志度の浦に追善に赴く。

二 そして、彼の従者がこの地で出会った海人に海松布(みるめ。海底の藻)を刈るように命じますが、海人は「空腹でいらっしゃるなら、ここにある藻をおあがりください」と言う。従者は「いやいや、そうではない。海に映る月をご覧になるのに、藻が邪魔になるのだ」と言うと、海人は「昔もそのようなことがあった。海底の珠を取って来いとのことだった」という。海人の一言を聞きとがめ、その故事を尋ねる。

三 今は大臣になられている淡海公(藤原不比等)の妹君公伯女は大変な美人で、そのことは内外に知られることになった。そのことを知った唐の高宗皇帝は、大変熱心に執心され、迎えとることを親書で送ってくる。淡海公は一度は辞退するが、ついに断りきれなくなって、了承し、彼女は唐に送られる。それに対する礼として、高宗皇帝より、三宝が藤原氏の氏寺である興福寺(現在の奈良市にある)に贈られる。その贈られた宝の一つである『面向不背の珠』(釈迦の像が必ず正面に見える不思議な珠)をこの沖で“龍宮”に奪われる。

四 それを聞いた淡海公が身をやつして、珠を取り戻そうと、この浦に訪れて、世話をしてくれる浦の海人と契り、子供ができる。海人は、子供を大臣にする約束があれば、命をかけて珠を取り戻すという。淡海公が約すと、海人は言葉どおり、珠を取り戻す。その方法は自分の乳を掻き切って、血を流すことにより、“龍宮”が近寄ってこないので、切った乳の中に珠を守り、命綱をひいて、船から引き揚げてもらうやり方だった。だが、珠は取り戻したものの、海人の命と引き換えということになった。淡海公は嘆き悲しむ。

五 これを聞き、房前大臣は、それは淡海公の子供である自身だと名乗りをあげる。海人は約束が果たされたことを知り、自分こそ、海人の幽霊だと明かし、弔いを頼む手紙を残し、朝の海中に消える。

六 房前大臣は、浦人から、当時の珠取りの次第を聞き、亡き母の手紙を読み、妙法蓮華経で追善供養を行う。すると、読経のうちに亡き母が龍女として現われ、法華経の功徳によって成仏できたことを喜ぶ。

以上が、『海人』のあらすじだ。母親というのは子供のためには命がけになれるということだろうか。ただ別の見方をすると、戦国大名や徳川時代に、大名や将軍家で、世継ぎ問題で、母親達が争った姿と重複するのだが。穿ちすぎか。

現在の母親は、そこまでしていないと思う。確かに、子供の将来を考えることは事実だろうが、彼女等の考えることは、せいぜい塾に行かせて、よい学校に行かせることぐらいだろう。そして、それが子供の出世につながるという不確かな期待と子供の教育を深く考えない短絡思考が続いていることぐらいだろう。そこには、命がけという感じはしない。彼女達の多くが、現役時代に、そんなに勉強したとも思えないし(笑)。

それに、現在の日本は当時の海人のように貧しくはないし、そこまでしないでも、皆そこそこに生活できたらよいと考えている母親グループも存在する。この海人のような時代でないことを喜ぶべきかもしれない。

*注

諸説あり、鏡王女と額田王は姉妹であるいう説と、親子であるという説がある。それ以外にも、いろいろ言われていて、ある意味、謎の女性たちだ。

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2006年5月14日 (日)

先生と呼ばれる人々

先生と呼ばれる人々には、学校の先生や大学の教授以下教員の人々以外に、政治家や医師、設計事務所の設計者やデザイナー、弁護士や税理士などの士業の人々などがそうであろう。

それは年齢や経験に関係なく、そのように呼ばれているようである。周囲は別に先生と思わなくても、先生と言っている場合も多い。ある意味、馬鹿にしている場合もある。先生と呼ばれて喜んでいてはいけない。先生と呼ばれたら警戒しなければいけないのだ。

それにしても、なぜ、これらの方々が先生と呼ばれているのだろう。見渡してみると専門の仕事が多い。そして社会的に重要だと考えられているためかもしれない。だが、これらは、西欧の職業を真似て作ったものがほとんどである。

いわゆる階級社会の職業差別感に満ちていると言えないこともない。儒教社会の戦前では、そのようなことは素直に受け入れられたが、戦後の民主主義の下では、「先生」というのは違和感のある職業も多い。

本来、職業に貴賎はない。人は自分で全てのことはこなせない。誰かに依存しなければ、この社会では生活できない。ということは、自分にとって、他者は全て先生のはずである。特定の人々だけが先生ではない。

そのように考えると、上記の方々だけを先生と呼ぶのはおかしいとも言えるかもしれない。もちろん、これらの人々の中で、滅私奉公されている方々を見つけると、それは自然と「先生」と呼びたくなる。それは自然の感情であろう。職業という「立場」で先生と言うのは現代ではおかしいかもしれない。あくまで、個人の生き方に対して、尊敬できる方々は真に「先生」と呼ばれるだろう。

先生と呼ばれている職業の方々で、「自分が先生と呼ばれるけれど、なぜ尊敬されないのだろう」と思う人々~まだ自覚しているだけましだが~は、是非自分の仕事振りを反省してみることだ。

では自覚しない先生方はどうなるかって。人々から嘲笑されながら、周りの人間には迷惑なことだが、本人は気づかずに一生を終えるのだろう。そのように、人々は見ていないようで、見ている。それが世の中だ。甘いようで辛い。人間修業は一生続くのかもしれない。

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2006年5月12日 (金)

大学院の行方

大学生の就職率が上がっている。これ自体は喜ばしいことだ。まあ、これも企業の採用に対する哲学のなさがそうしているとも言える。やれ、団塊の世代の退職だ、景気が良くなったから人が足りない、どうしようと右往左往している経営者の顔が浮かぶ。長期的な見通しの立てられないサラリーマン経営者の限界かも。

そして、いざ採用してみても、大学生の質ということでは問題があり、企業はまた課題を抱え込むことになるだろう。現在の日本の大学そのものが問題かもしれない。少子化だというのに、競争もなく、だらけた大学が多すぎることも問題だろう。リストラも遅れている。

そういった中で、日本の大学の大学院生のレベルが低いと言われて久しい。大学院は、本来、学生の中で研究心の強い者だけが残ると思っていたが、実情はそうではないらしい。希望の就職先に行けなかった者や、就職浪人といわれる学生が、時間を潰しているタイプの大学院生が跋扈しているらしい。

もちろん、真面目な大学院生もいるだろうが、大学生のレベルが、昔と比べて、格段に落ちているため、大学院生のレベルも推して知るべしなのである。現在の大学生のレベルは、国公私立に関わらず、三回生くらいで、やっと大学生の意識を持つようになるという。しかし、その頃には、就職活動に身を挺する必要があり、学問に集中する期間はほとんどないに等しい。そうでなくても、バイトに明け暮れ、勉学に励まない学生は多い。

企業が採用しても、戦力にならないと嘆くのは毎年のことである。せいぜい比較的真面目な女子学生のほうが向上心も強い。だが真面目と言うことだけなら、優秀な高卒や専門学生と同列と考えている企業関係者も多い。そうであるなら、彼らに高い賃金を支払う意味はなくなってしまう。そして大学の存在意義が問われることになる。既に、大卒はあまり意味を持たなくなっている。

話は戻すが、そういう状況下、大学院生のレベルは上がらない。大体、教える方の大学院の教授たちも大学で余ったか、定年になった教授達で、天下りのような人々だから、指導レベルも大学の延長で、必ずしも、すばらしいという状態とは言えない。教える方のレベルにも問題があるのだ。

大学院の教授は、大学の天下り教員ではなく、企業での実績のある人々を大学院で研究させて、教員に据えるべきだろう。机上と実践がわからなければ、大学院で教えることが、実を結ばないのだ。よく産官学などと言うが、大学院に、官・学からの天下りはあっても、産である民間からの採用は限られている。その学問領域においては、民間の採用を増やすべきであろう。大学院そのものの価値を上げないと、その存在は危くなるだろう。至急リストラと改革が急がれる。

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2006年5月11日 (木)

中国の資源開発の危さ

中国にも、日本同様、いろんな考え方をする人々がいる。マスコミに出てくることは一部に過ぎない。私達は、そのことを踏まえて考えなければならないが、領土・領海問題に関しては厳しく対応する必要がある。

日本政府は、この点に関しては、極めて法治国家の立場を遵守し、他国より説得的で納得の行くものである。国際社会も、そのように見ている。

そういう視点で見ると、中国は余程、日本とのトラブルを望んでいるようである。日本の排他的経済水域近隣における資源開発はトラブルになるとわかっていたはずである。明らかに国際法違反である。

それに加えて、海洋の資源開発は高コストであるはずだ。資本主義国であれば、ペイしないことを、彼らの独特の計算でやっているようだ。総合的に考えても、彼らの意図は、理解できない。

また尖閣諸島周辺での資源開発も試掘が相当進んでいるとのことであるが、同様のトラブルが今後発生する可能性がある。尖閣諸島は米国も認めている通り、日本の固有の領土である。

その周辺で、このような行為をすることは本来許されない。やはり作為的にトラブルを作り出しているとしか、一般国民の視点でも、思わざるを得ない。

以上のような行為が、どの程度、中国にメリットがあるのかは不明である。むしろ、近未来、否、遠い未来を見るとき、中国において、大きなデメリットになるであろう。国際法を守らないことは、いずれ他国から、そのようなことを起こされても文句は言えないからだ。

中国は、近視眼的な資源開発をやめるべきだろう。それが彼らの国益につながることを理解しなければならない。因果応報とは、いずれ彼らに与えられる言葉となるかもしれない。その時、後悔しても遅いのだ。

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2006年5月10日 (水)

謡曲『求塚』にみる若者の恋

流風ぐらいの年齢になると、純粋な恋は難しい。若い時の純粋さは、危なっかしいけれど、ある意味うらやましい。ところで、謡曲に『求塚(もとめづか)』というものがある。これは、『松風』とは違い、一人の乙女を二人の男が争うことから出た悲恋を描いている。

慕い寄る二人の男性を、いずれとも選びかね、ついには入水した美少女、菟名日処女(ウナイオトメ。宇奈比処女と表記するものもある)と、その彼女を追って、二人の男性も死を選んだという物語である。ご存じない方のために、あらすじを紹介しておこう。

津ノ国(現在の神戸布引付近)に菟名日処女という美少女が住んでいた。彼女は八つの祝いの時から、今の美しい黒髪を束ねる年まで、普通の少女とは異なり、木綿紙垂(ゆふしで)の前で隠もりきりの生活をしていた。

その美しい姿を見たいと思い悩む男たちは、幾重もの玉垣の数より多かった。その中でも、これに炎のような情熱で強く恋する二人の男がいた。一人は付近に住む、菟原壮士(ウハラオトコ)、今一人は和泉国の茅渟壮士(チヌノオトコ。血沼壮士とも)といった。ところが、不思議なことに、この二人の男は顔貌、性格、年齢、特技などが、大変似ていた。彼らは、太刀を握り、弓を取って立ち向かい競ったが、勝負がつかなかった。

二人の求婚に対して、彼女はどのようにして選んでいいかわからない。そこで、彼女は親と相談の結果、親は二人の男性に生田川に浮かぶ鴛(おしどり)を射当てた方に彼女を与えるとした。しかし二人の矢は、同時に尾と頭に当たったので結論は出なかった。選択に悩んだ菟名日処女は、私のような者のために、立派な若者を争わせた上では、誰とも結婚できない。あの世で待っていようと、母親に囁き嘆きつつ、泣きながら辞世の歌を残して、身を投げて死ぬ。

             すみわびぬ わが身なげてん 津の国の

                                  生田の川は 名のみなりけん

その夜、茅渟壮士は、菟名日処女を夢に見、彼女の死を知った。彼女は好いていたのは、自分だったと知って、後を追い死んでいく。遅れた菟原壮士は天をあおいで泣き叫び、悔しがった末に、同輩に負けじと、また後を追って死んでしまう。処女の遺体はなかなか見つからなかったのであるが、その後、男の一人は娘の手を、もう一人は娘の足を持ったまま死んで発見されたという悲恋物語である。

これを見た娘や男の親たちは、この純情と悲恋を嘆き悲しみ、懇ろに塚を三つ作ったとされる。それが娘の塚として処女塚、菟原男の塚としては西求女塚、茅渟男の塚として東求女塚がある(下記*参照)。

この話でのポイントは、求婚された女性が、どちらも選ばず、死を選ぶことで自ら身を引いたことである。それがため、男性達もそれに引き込まれるかのように、死を選んだ。当時、将来のある男性の命を奪ったということで、この女性の評判は良くなかったらしい。では、どうすればよかったか。やはり何らか別の方法で、どちらかを選択すべきであったのか。追いつめられた純情な女性の選択としては、我々の理解を超えるが、止むを得なかったのかもしれない。

ただ、このような悲恋は、現代では少し考えにくい。純情な若者は、今でもいるだろうが、もう少し現実的だろう。現代の大半の若い人たちは、もう少し世間を広く捉えているように思う。また、そうであって欲しい。むしろ現代の女性だったら、どちらかを選んで、後で別の男性を選んでおけばよかったと後悔して、別の物語ができる確率の方が高いだろう。まあ、そういう一般的でない物語だから、語り続けられるのだろう。

それにしても、過去も現代も、男は美人に弱いらしい。美人に対する過剰な期待は身を滅ぼすと言った方が適切かもしれない。でも単純に、やれ人間性だ、その中身だと言って割り切れないところが、男の煩悩なのかもしれない。また五感に迷わされるのは男だけではあるまい。ただ、そういうことは、歴史を通じてわかっていても、真に理解できないものらしい。ああ、美しいものを追い求める男の哀しさよ。いやいや、美人は罪作りと考えるべきか。でも、不美人ばかりの世の中もなんだかなあ。

*なお、この謡曲以前に、この物語は『万葉集』とか『大和物語』に出ているそうである。明治になって、鴎外が戯曲『生田川』というものに仕立てているらしい。機会があれば、読んで見たい。

*参考 『万葉集』 高橋虫麿

         永き世に 標(しるし)にせむと 遠き世に 語り継がむと

                       処女塚 中に造り置き 壮士塚 此方彼方に 造り置ける

         葦の屋の 菟原少女が 奥津城を

                       行き来と見れば 哭(ね)のみし泣かゆ

*処女塚  (神戸市東灘区、阪神石屋川駅南西。処女塚古墳)

   西求女塚  (神戸市灘区、阪神西灘駅を南にすぐ。西求女塚公園内)

   東求女塚  (神戸市東灘区、阪神住吉駅東。東求女東公園内)

 

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2006年5月 9日 (火)

祭りと鯖寿司

最近は、夏祭り、秋祭りに加えて、春祭りを催し、お神輿を担いでいる風景をよく見る。暖かくなって、動きたくて仕方ないのだろう。日本人は祭り好きだ。

流風は、祭りの頃になると、鯖寿司とか、冷饅頭を思い出す。というのは、子供の頃、これらのものを食べることは禁じられていたからだ。鯖はあたると蕁麻疹が出るし、子供の場合は危ないということだった。冷饅頭はお腹によくないということで、買ってもらえることはなかった。

ということで、大人になって、これらのものを大変よく食べたことを思い出す。子供の時、食べられなかった反動だ。特に鯖寿司は、割と食べる方だろう。だが、最近の鯖寿司は、庶民のものではなくなって、高いものも多い。特に百貨店に並んでいるものを見ると、大変高い。何だかね。もちろん、ネタや作り方に、いろいろ手を加えているのだろうが、庶民の食べ物でなくなっているみたいだ。

もちろん、海に近い庶民的な寿司屋に行くと、安い価格で売られており、十分に美味しい。確かに、高級鯖寿司を売っているところは、鯖そのものが違うと言うだろう。だが、流風にとっては、そんなに変らない。ただ、もっといいのは、自分で魚がさばけるなら、いい鯖が入手できたら、自分で作ってみることかもしれない。いつか挑戦してみたい。

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2006年5月 8日 (月)

観光地の宿命

ゴールデン・ウィークも終わり、今日からブログ再開。皆様は、いかが過ごされましたか。どこも人がいっぱいでしたね。どちらかというと、こういうのは流風は苦手。でも、流風の住んでいる地域は、一応観光地です。休みになると、多くの人がやってくる。

今回のようにゴールデンウィークとなると、通常の休みと違い、市街に出ている大半は外部から来た観光目当ての人々によって占領される。そういうことで、この時期は、流風は、自宅周辺か、他の観光地でない静かな地域に移動することがしばしばある。何かトコロテンのように押し出された感じである。

もちろん、人が集まることによって、観光地を活性化していることは否定しない。観光地は、それによって、新たな課題を得るわけだから、それを解決すべく、新しい文化を創ればよい。多くのモノや人が入り混じって、新たな文化が創造されることは望ましい。だが、このような特別な時期は、観光客によって、街の雰囲気も明らかに変る。それは明らかに何かが違う。それは次のような傾向である。

ⅰ いろんな所から、人々が集まるため、ファッションに統一性がないということ。だから当地の全体的なイメージとは異なってくる。来た人たちは、それが当地のイメージと誤解している人々もいる。

ⅱ 女性は世代間で若干の差はあるものの、不思議と皆、似通ったファッションで来る 。女性には、当地に特定のイメージがあるのだろう。皆、それなりの余所行きの姿で頑張っているのだと思う 。それが当地にエネルギーを与えているかもしれない。

ⅲ 男性はファッションに皆、無頓着というか、誰もそんなに差異がない。ファッションに気を使っていないということだろう。でも、かえって、違和感はない。ファッション業界には、まだ未開の大地があるようだ。業界の方々には、せいぜい、クールビズで頑張ってもらいたいものだ。

ⅳ 最近の傾向として、若い人たちの中で、品のない、いでたちが多いのは気になる。決してオシャレだとは感じさせなのだ。あれは、どうも芸能界のファッションを真似ているようだ。お笑いの芸人の真似の場合もある。あんなのは、芸能人や芸人だから、許されているのであって、一般人には似合わない。まあ、それも、活力源になると言ってしまえばそうだが。だが、当地には似合わない。

ⅴ 子供服は、皆おしゃれで、お金がかかっていることがよくわかる。少子化の影響を感じる。それはまだいいとして、混雑地で、親が手をつながず、子供がうろうろするのは迷惑なことだ。ここでも、親の公共心が欠如している。

そういったわけで、観光シーズンには、いろんなファッションが渾然一体となって、街を徘徊しているのだ。これは、ある意味、仕方がない。人々は、いろんなファッションをすることは自由だ。それを規則で縛るわけにもいかないし、そんなことをすれば、観光地は廃れてしまう。これが観光地の宿命なのだ。

しかし、マイナスの要素もある。マナーの悪い観光客がいるのである。日本人は、いつから、このようになったのだろうと思う人々がいる。典型的なのが、ゴミのポイ捨てによるゴミの多さであろう。歩道、車道脇、陸橋などゴミだらけである。それに歩きタバコやタバコのポイ捨ても多い。人通りが多いから、歩きタバコは非常に危険を感じる。人々の中に公共心がないのであれば、どこかの国のように、ポイ捨ては厳しく罰する仕組みも求められる。

それに、飲食店関係も、どこも満杯で、落ち着くことができない。食べる場所はいっぱいあるのに、どうしても一ヶ所に集中してしまう。いろんなガイドがあるのだろうが、それが輪をかけているようである。有名でなくても、美味しい店はたくさんあるのだが。更に場所によっては、今では定着してしまった食べ歩きが目立ち、また、それが街を汚していく。その一方で、比較的有名なところでも、時間帯で閑散としている地域もある。つまり同じ観光地でも、時間帯でばらつきが大きいのだ。人々の行動が似ていることが一部地域で混雑を助長させているのだろう。

何か観光地のルールが求められる。もちろん、受け入れる側としても、何らかの方策が求められる。需要と供給のバランスが悪いのだから、混雑情報を提供して、観光客を分散させることが求められる。現地の人間からすれば、なぜ同じところばかり、人が集中するのか不思議で仕方がない。もっと魅力的なところは他にもあるのだから。今後は、混雑調整も真剣に考える必要があるだろう。

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