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2006年5月10日 (水)

謡曲『求塚』にみる若者の恋

流風ぐらいの年齢になると、純粋な恋は難しい。若い時の純粋さは、危なっかしいけれど、ある意味うらやましい。ところで、謡曲に『求塚(もとめづか)』というものがある。これは、『松風』とは違い、一人の乙女を二人の男が争うことから出た悲恋を描いている。

慕い寄る二人の男性を、いずれとも選びかね、ついには入水した美少女、菟名日処女(ウナイオトメ。宇奈比処女と表記するものもある)と、その彼女を追って、二人の男性も死を選んだという物語である。ご存じない方のために、あらすじを紹介しておこう。

津ノ国(現在の神戸布引付近)に菟名日処女という美少女が住んでいた。彼女は八つの祝いの時から、今の美しい黒髪を束ねる年まで、普通の少女とは異なり、木綿紙垂(ゆふしで)の前で隠もりきりの生活をしていた。

その美しい姿を見たいと思い悩む男たちは、幾重もの玉垣の数より多かった。その中でも、これに炎のような情熱で強く恋する二人の男がいた。一人は付近に住む、菟原壮士(ウハラオトコ)、今一人は和泉国の茅渟壮士(チヌノオトコ。血沼壮士とも)といった。ところが、不思議なことに、この二人の男は顔貌、性格、年齢、特技などが、大変似ていた。彼らは、太刀を握り、弓を取って立ち向かい競ったが、勝負がつかなかった。

二人の求婚に対して、彼女はどのようにして選んでいいかわからない。そこで、彼女は親と相談の結果、親は二人の男性に生田川に浮かぶ鴛(おしどり)を射当てた方に彼女を与えるとした。しかし二人の矢は、同時に尾と頭に当たったので結論は出なかった。選択に悩んだ菟名日処女は、私のような者のために、立派な若者を争わせた上では、誰とも結婚できない。あの世で待っていようと、母親に囁き嘆きつつ、泣きながら辞世の歌を残して、身を投げて死ぬ。

             すみわびぬ わが身なげてん 津の国の

                                  生田の川は 名のみなりけん

その夜、茅渟壮士は、菟名日処女を夢に見、彼女の死を知った。彼女は好いていたのは、自分だったと知って、後を追い死んでいく。遅れた菟原壮士は天をあおいで泣き叫び、悔しがった末に、同輩に負けじと、また後を追って死んでしまう。処女の遺体はなかなか見つからなかったのであるが、その後、男の一人は娘の手を、もう一人は娘の足を持ったまま死んで発見されたという悲恋物語である。

これを見た娘や男の親たちは、この純情と悲恋を嘆き悲しみ、懇ろに塚を三つ作ったとされる。それが娘の塚として処女塚、菟原男の塚としては西求女塚、茅渟男の塚として東求女塚がある(下記*参照)。

この話でのポイントは、求婚された女性が、どちらも選ばず、死を選ぶことで自ら身を引いたことである。それがため、男性達もそれに引き込まれるかのように、死を選んだ。当時、将来のある男性の命を奪ったということで、この女性の評判は良くなかったらしい。では、どうすればよかったか。やはり何らか別の方法で、どちらかを選択すべきであったのか。追いつめられた純情な女性の選択としては、我々の理解を超えるが、止むを得なかったのかもしれない。

ただ、このような悲恋は、現代では少し考えにくい。純情な若者は、今でもいるだろうが、もう少し現実的だろう。現代の大半の若い人たちは、もう少し世間を広く捉えているように思う。また、そうであって欲しい。むしろ現代の女性だったら、どちらかを選んで、後で別の男性を選んでおけばよかったと後悔して、別の物語ができる確率の方が高いだろう。まあ、そういう一般的でない物語だから、語り続けられるのだろう。

それにしても、過去も現代も、男は美人に弱いらしい。美人に対する過剰な期待は身を滅ぼすと言った方が適切かもしれない。でも単純に、やれ人間性だ、その中身だと言って割り切れないところが、男の煩悩なのかもしれない。また五感に迷わされるのは男だけではあるまい。ただ、そういうことは、歴史を通じてわかっていても、真に理解できないものらしい。ああ、美しいものを追い求める男の哀しさよ。いやいや、美人は罪作りと考えるべきか。でも、不美人ばかりの世の中もなんだかなあ。

*なお、この謡曲以前に、この物語は『万葉集』とか『大和物語』に出ているそうである。明治になって、鴎外が戯曲『生田川』というものに仕立てているらしい。機会があれば、読んで見たい。

*参考 『万葉集』 高橋虫麿

         永き世に 標(しるし)にせむと 遠き世に 語り継がむと

                       処女塚 中に造り置き 壮士塚 此方彼方に 造り置ける

         葦の屋の 菟原少女が 奥津城を

                       行き来と見れば 哭(ね)のみし泣かゆ

*処女塚  (神戸市東灘区、阪神石屋川駅南西。処女塚古墳)

   西求女塚  (神戸市灘区、阪神西灘駅を南にすぐ。西求女塚公園内)

   東求女塚  (神戸市東灘区、阪神住吉駅東。東求女東公園内)

 

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