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2006年6月 6日 (火)

後継争いと謡曲『国栖(くず)』

兄弟で始めた事業で、兄が社長で、その次は弟と決めていたが、兄は子供に代を譲りたくなって、醜い後継争いをする。よく聞く話だが、これは昔も今も変らないようだ。人間は、そういう面では進歩していないということか。

謡曲『国栖(くず)』は、皇位継承時における事件を取り扱っている。天智天皇の没後は、大海人皇子が、その後を継ぐという暗黙の了解があったものの、天智天皇は長男の大友皇子に継がせようとした。大友皇子は大海人皇子を追い捕らえて殺そうとする。大海人皇子は吉野山中深くに身を隠され、その時、老夫婦に助けられる話である。

いろんなところで、あらすじは紹介されているが、メモとして念のため記載してみる。

一 貴人(浄見原天皇。大海人皇子のことで、後の天武天皇)は、大友皇子に追われて、吉野川上流の吉野山中に逃げ込み、休憩しようと、ある民家に入る。

二 川舟に乗って釣りをしていた老夫婦は、近所まで帰ってくると、家の上空辺りに星が輝き、紫雲が棚引くのを見つけ、高貴な方が家にいるのかもしれないと家に急ぐ。

三 帰ってみると、やはり冠直衣の人がいました。霜露に濡れているとはいえ、高貴な方には違いないと思う。侍臣はある事情で追われていることを話し、匿って欲しいと話す(身分はまだ明かしていない)。そして、数日何も召し上がっていないので、何か召し上がり物を差し上げるよう頼む。

四 そこで老夫婦は、釣ったばかりの国栖魚(鮎のこと)と摘んだばかりの根芹を食事として、供する。

五 老夫婦の心づくしのもてなしに感謝した貴人は、料理の残りを老翁に下賜する。老翁は半身の残った国栖魚を裏返して、その活きのよさに驚き、吉凶を占うため、国栖魚を吉野川に放つと言う。訝かる嫗に翁は神功皇后の先例を説き、戦況を占った時、うまくいくなら魚よかかれと念じて、釣り針を投げると鮎がかかった。今回も同様に、国栖魚が蘇れば、貴人は都に帰れるだろうと言う。

六 そこで吉野川に投げ入れてみると、焼かれて、半身食べられた国栖魚がいきいきと泳ぎ始め、見事生き返ったので、還幸になる吉兆だと喜ぶ。

七 そこへ追っ手がかかり、それを察した老夫婦は、船を担いできて伏せておき、その中に貴人を隠します。追手は船に疑いの目を向けますが、演技力抜群に巧みに追手を欺き、追い返す。

八 身分を明かした天皇は、君は臣を育むというのに、反対に助けられる身の上を嘆く。命を助けられた天皇は、老夫婦に感謝して、都に還ることがあれば、必ず恩を返すと約束する。老夫婦は感涙にむせぶ。

九 さて、夜も更け、辺りは静まり返り、どのようなもてなしをすればよいか老夫婦は考える。吉野山に相応しい歌舞や音曲で慰めようとすると、風に乗って、音楽が聞こえ始め、天女の来臨となり、妙なる音楽に合わせて天女が舞い始め、いつのまにか、老夫婦は消え去る。

十 それから、他の神々も来臨し、蔵王権現も現われ、天皇の御代を寿ぐ。

この老夫婦は、地方の権力者だろう。要するに大海人皇子は、地方の権力者に頼って、復活を遂げたということだろう。いずれ、この老夫婦の権力者は優遇されたに違いない。その後の権力構造については不明だが、権力争いは、思惑のある支持者を巻き込んで泥仕合をする。そして勝利者は常に正しいという文化が残る。この『国栖(くず)』は、時代は違うが、作者の時代に、『国栖(くず)』と同様なことが起こり、作者が当時の権力者におもねたものかもしれない。

ただ、そういう風に捉えてしまうと、こういうものは楽しめない。単純に謡曲文化を楽しんでしまおうか。でも、権力を望む人間の性というものは、客観的にみれば、馬鹿馬鹿しい。しかし当事者になると見えなくなるんだろうな。どこかの国でも、権力闘争が始まるようだ。こちとら庶民は高みの見物といきますか。

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