« 京言葉の影響 | トップページ | 一杯の水 »

2006年8月11日 (金)

60歳問題

60歳問題と言っても、団塊世代の退職のことではない。今回、流風の指摘したいことは、60歳前後以降の経営者に問題のある人が多いことを指している。現在の日本人の経営者は、それぞれ真面目な人が多い。それ自体は喜ばしいことだ。だが、何に対して真面目なのか、そこが問題である。

60歳前後といえば、終戦前・戦後に生まれた人々である。しかし、戦争は知らないが、戦後の焼け野原は経験している。新しい教育で育ったが、彼らの親世代が戦前の教育と新しい思想で、考え方が混乱した時代に育っている。そして、彼らの世代は新しい教育で育ち、親との「思想断絶」を経験している。また、貧しさと高度成長を両方経験したため、高度成長になった戦後の米国の考え方を素直に受け入れすぎている。

そういう人たちが、現在、企業のトップに君臨している。いつの時代でも、そうだが、どの世代も自分の経験を無視することはできない。だが、時代と共に、世の中は変化する。もちろん、企業環境には敏感に反応しているし、利益にも敏感だ。だが、忘れ去られているものがある。

つまり、それまでの経営者は、戦前の教育を受けた親の影響を少なからず受けていた。だから、戦後の新しい教育は、それはそれで受けたが、考え方に儒教的なものもあった。だが、60歳前後の経営者からは、段々それが感じ取れなくなっている。西欧的経営に馴らされ、人間をベースにした経営に目が行かなくなっているのだ。

もちろん、個々の企業ベースで見れば、全てが全てではない。しかし、大企業はもちろん、上場したベンチャー企業経営者からは、企業目的が「利益中心」になっているように見受けられる。

確かに、利益は企業継続には欠かせないし、株主への配慮もあるのだろうが、それでは、どのような考えで企業経営がなされているのかは、わかりにくい所が多い。社是とか、企業方針は大抵が明示されている。だが、それは、上っ面だけの浮ついたもののように感じられるのはなぜか。

経営者の根本精神が見られないのは、多くなったサラリーマン経営者の限界なのだろうか。経営者は、今一度、何のために経営するのか、考え直して欲しい。そして、人間をベースにした新しい日本的経営を創造して究めて欲しい。

|

« 京言葉の影響 | トップページ | 一杯の水 »

経営関連」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99784/11388470

この記事へのトラックバック一覧です: 60歳問題:

« 京言葉の影響 | トップページ | 一杯の水 »