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2006年9月30日 (土)

政治において、美しいとは

安倍首相が「美しい国、日本」を提唱されている。若干、流風的に、取りとめもなく、感想を述べてみよう。

さて、このスローガン、気持ちとしては、最終目標として、「美しい国、日本」を創造したいということだろうか。だが、政権構想のパンフレットを読んでも、なぜ、「美しい国、日本」になったのか、わかりにくい。

このパンフレットでは、「美しい」という言葉は、「美しい国土」というところだけに使用されている。特に「美しい」とは何かの説明もない。どうも「美しい国、日本」というのは、こじつけのように感じられる。

更にパンフレットを読むと、目指しているのは、「日本を世界の人々が、あこがれと尊敬をいだく、そして子どもたちの世代が自信と誇りを持てる」国家を築きたい、ということのようである。それ自体は悪くないが、それが、なぜ「美しい国、日本」につながるのか、よくわからないのだ。

与件が以上に挙げられたことなら、流風なら、「新・武士道国家の創造」を打ち上げるだろう。確かに、「武士道」という言葉は誤解されやすいから、避けたのかもしれないが、現在の不安定な国際社会に日本が果たすべき役割として、ぴったりの言葉だ。日本としては、「武士道」を世界に説いていく必要がある。

ところで、この「美しい」という文字を見ると、「美」の語源は、その文字の通り、「羊が大きい」ところから来ている。すなわち、肥えて大きな羊→良い→美しいとなる。肥えるだけ、肥えさせられて、最終的に「美しい日本」が、狼にパクッとやられてはいけないと思うんだけど(笑)。

あまり茶化すと叱られそうなので、追加的に記すと、辞書には、その意味は、次のように示されてある。それを流風が独断と偏見で、安倍氏の意向を踏まえ(ウソだよ)無理やり政策と重ねると(笑)、

 ⅰ うまい。おいしい
        → 世界で魅力的な日本て何?
 ⅱ よいこと。よいもの。
        → 日本が世界で良いことをするとは?
 ⅲ よくする
        → 日本を今より良くするとは?
 ⅳ うつくしい。うるわしい。
        → 日本を見栄えの良いものにするとは?
 ⅴ ほめる
        → 世界から褒められる日本とは?

なんて課題が出てくる。ほお、これだと、「美しい国、日本」は深謀遠慮だねえ(笑)。

ただ目標に、「美しい」にスポットを当てているのは、やや女性ぽい。それは女性は汚いものを避けて、美しいものが好む傾向があるからだ。

絵画を描かせても、写真を撮らせても、彼女等は、草花を対象とする時、花を中心に被写体にする傾向が強い。それを支えている茎や葉や根にスポットを当てた作品は非常に少ないのだ。

本来、「美しさ」の根っこには、美しさを支えるために、いろいろなものがあるし、その活動は、汚れたどろどろしたものがある。「美しい」とは見えている派手な現象面の判断に過ぎない。国民にきれいなものだけを夢想させるのはよろしくない。

すなわち、「美しい」だけにスポットを当てることは、現実の目の前の気持ちの良い現象のみを重視するということだ。実際のどろどろしたプロセスには目を瞑る傾向がある。しかし、国民が、夢見る乙女では困るのだ。政治は現実だからだ。

政治とは、本来、両方にスポットを当てなければならない。「汚い」ものをどのように取り扱って、どのように「美しく」するのか、そういう問題に目をつぶっては、「美しさ」は得られない。清濁併せ呑むということは正にそのことだ。国民には、「汚い」部分と「美しい」部分の両方を理解させるようにもって行くのが政治ではないか。

「美しい日本」とは、現代が女性の時代だから、女性有権者におもねて、配慮し提唱しているのだろうか。そのように、「汚い」部分を覆い隠すのには、若干危いものを感じる。提唱の中身はいざ知らず、言葉の影響は大きい。今一度、スローガンを見直す必要があるのではないか。

それに、余談になるが、「美」の俗称は、「アメリカ合衆国の略称」でもある。安倍首相は、まさか、そのことを意味されたものではあるまい。変に訳すると、「米国らしい日本」になるのだが(笑)。考えすぎか。前首相とは違うもんね。

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2006年9月29日 (金)

陰陽道と予見

誰でも、未来のことはともかく、将来のことは知りたがる。女性が夢中になる占いもその一つだろう。結局、自分の運命は、現在の自分自身が関わっているとわかっていても、将来のことを少し覗いてみたい気がするのはわかるような気がする。

さて、安倍首相の「安倍」と言えば、少し前にブームになった安倍晴明をむしろ思い出す。首相の家系も古いそうだから、陰陽道の流れを汲むのかもしれない。非常に単純な発想だが、今回は、従来あまり関心のなかった陰陽道を少し取り上げてみる。

陰陽道は、日本において体系化されたもので、「古代中国の陰陽五行説の思想に基づいて、天文・暦法・占術などの学問的なものから、天人相関思想による祥瑞災異などの思想、占術・祭祀に至るまでを包括した」ものらしい。

すなわち、大宝律令で定められ、地相と卜筮(ぼくぜい)で占ったのだ。現代風に言い換えれば、当時の自然科学の知識と予知能力の合体されたもので将来を予測したのだ。

また、陰陽道は、現実に、今でも日本文化として、我々の生活に密接に関連している。例えば、春や秋の七草、節分、雛祭り、端午の節句、七夕、八朔、重陽の節句、七五三、大祓えなどは、陰陽道の影響があるという。私達も、知らず知らず何らかの影響を受けているのだろう。

ところで、安倍晴明は陰陽師として有名だが、賀茂氏一族も同じく、陰陽師として有名だったらしい。実は賀茂忠行は安倍晴明の師なのである。彼の息子の賀茂保憲は安倍晴明と同様、有能な陰陽師だったようだ。

『今昔物語』を読むと、彼の幼少期の頃のことが記されているが、「子供時代に鬼神を見ている」とある。それを知った親の賀茂忠行が、必ず大成すると確信し、知っていることを全て教え、陰陽師として仕込んだようだ。そういう能力というものは、子供時代に既に備わっているものらしい。

それにしても、トップと言われる方々も、陰陽師のように、見通しが読めたらいいのにね。最終的な判断を、そういうものに頼って欲しくないけれど、頼る政治家や経済人もいるようだ。少し危いが、迷った時の気持ちとしては、祈るような気持ちになるのはわかるような気がする。

しかし、呪術や占術というものには、知識に加えて、見えないものを見るという意識が強いのだろうが、使い方に限界がある。そういうものは、極限で判断するという修羅場を経験しないと身につかない。

そして言えることは、己を空しくする、すなわち自分を捨てられるか、ということだろうか。そうすることによって、初めて、見えないものが見えてくるかもしれない。そうして初めて、正しい予見ができるのかもしれない。

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2006年9月28日 (木)

安倍政権の印象

安倍内閣が発足した。一般人の目で少し感想を述べてみよう。えらく支持率が高いようだが、やりにくいだろうな。高いのを維持することは難しい。果たして、来年の参議院選挙まで人気を維持できるだろうか。

かつて、故大平正芳首相は次のように言った。「国民は、政治にあまり期待してはいけない」と。それは全ての人が満足する政治は不可能だからである。その辺をマスコミはわかって報道しているのだろうか。国民はマスコミに煽られて過剰な期待をしてはいけない。

さて、それはそれとして、内閣の顔ぶれはまず顔ぶれに新しい人が多いがために、知らない人も多い。しかし、大臣たちは、小泉前政権より、ある意味、カラーがはっきりしているかもしれない。

なにしろ、小泉前政権では、首相の個性が強く、大臣は、失礼な表現になるが、全体として、軟弱なイエスマンが配置されていた。特に女性大臣達はその典型であろう。彼女達は何の実績もなく、去っていき、結局、お飾り大臣に過ぎなかった。

安倍政権も、イエスマンは配置されているが、「政権全体」としての共通の個性があると感じる。すなわち大臣が根っこのところで、安倍首相とつながっていることだろう。

これは、別の見方をすると、小泉前政権とは異なる形で、政策が偏るだろうと予測できる。小泉前政権は、大目的はあったものの、テーマを広げすぎて、成果が曖昧になったことも多かった。一つの政権がなしうることは、せいぜい2~3のテーマについてだけだ。安倍政権は、それを意識しているのかもしれない。

それに谷垣氏を冷遇していることは、別に問題はない。安倍政権は、自民党のかつての政治力学で処理するようになったと言うことだろう。かつての自民党はそうであった。いつ頃からか、「挙党一致内閣」とかいって、馴れ合いの内閣ができて、身動きができなくなっていたのだ。それで自民党は弱体化した。

かつての自民党は、権力闘争に負けた派閥が冷や飯を食い、切磋琢磨して、力をつけていった。そういう意味では、いずれ谷垣氏の出番もやってくるだろう。だが、これは派閥解消したかに見えた派閥が復活するということを意味する。自民党は、今後も派閥解消を主張するだろうか。あれは小泉流権力闘争の手段に過ぎなかったと見ている。自民党は、派閥解消により弱体化したが、今後の動向が見ものである。

また学閥的には、小泉前政権は、首相の出身大学である慶應大学の全面的なバックアップがあった。学者の竹中氏、加藤氏の支援があったことはその証拠である。ある意味、慶應管理内閣的な色彩が強かった。その弊害もあったと言われる。

新政権の安倍首相は、成蹊大学出身ということだが、果たしてどれくらいの支援が得られるかは不明である。成蹊大学にどの程度の人材がいるか、わからないからだ。むしろ大臣に東大卒がやや多いのが目立つ程度である。学閥的なバックアップはあまり期待できないかもしれない。それはそれでいいのだが。

それにしても、安倍政権は、最近の自民党政権とは運営も、従来と、かなり異なってくるように感じる。いや、むしろ先祖がえりするということか。それが国民に良いように作用するのか、悪いように作用するのかは不明である。今後の展開を注視したい。

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2006年9月27日 (水)

鷲にさらわれた赤ん坊

但馬のコウノトリの放鳥は有名になった。すなわち秋篠宮殿下・紀子ご夫妻がコウノトリの放鳥に参加され、紀子さまが身ごもられ、悠仁親王が授かった、という現実は多くの人に夢を与えたことだろう。そして、教訓としては、コウノトリが生きられる環境が子供を授かる条件かもしれないということだ。

さて、『今昔物語』に、同じく、但馬の国、七美の郡、川山という山里で、鷲にさらわれた赤ん坊の話がある。多分、多くの方が知っておられることだろう。あらすじは次の通り。

その物語は、巻二十六第一話にある。赤ん坊が庭で遊んでいる時に、空高く飛んでいた一羽の鷲が、矢の様に舞い降りて、赤ん坊をさらって、飛んでいってしまった。両親は大変嘆いたが、どうすることもできない。

流風も、子供の頃、留守番時、弟の赤ちゃんが、ねずみに噛まれない様にと母に強く言われ、じっと見守った経験はあるが、鷲に襲われるような環境ではなかった。

話を元に戻すと、それから十余年という歳月が経って、父親が丹後の国の加佐の郡まで旅をし、ある一軒の家に泊まったところ、十二、三の女の子供がいた。彼女は近所の子供にいじめられていた。

彼に、たまたま、そのいじめの言葉が耳に入った。その内容は、「お前なんか、鷹の食い残しじゃないか」と。そこで、主人に訳を聞くと、十数年前に、鷹の子を取ろうとして木に登ったところ、一羽の鷹が巣に何かを落とした。すると赤ん坊が泣くので、巣の中を覗くと、人間の赤ん坊がいたので、木から下ろして、養い育てているとのこと。

もしかと思って、仔細を聞くと、自分の子供とまさに同じ条件だった。女の子を呼び寄せると、親子であることは明らかなほど似ていた。

人間の運命は、わからない。普通なら、餌になって、もう死んでいるかもしれないのに、助かっている。また、たまたま拾い上げた人がいたというのも不思議である。

ただ流風は、これは鷲ではなくて、コウノトリではないかと思っている。果たして、コウノトリは人間の赤ちゃんを餌にするのだろうか。あまりそういうことは考えたくない。子供として育てるつもりだったのではと思いたい。人間とコウノトリの共存があるから、ありえた話と思っている。甘いだろうか。

 

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2006年9月25日 (月)

台湾問題と日本

一般国民からは近いような遠いような、それでも何か愛着を感じる国が台湾である。今回は、台湾問題の一般論を簡単に整理してみた。

香港は英国からの返還後、その退潮が著しいらしい。かつての面影はなく、それでは、何のために中国に返還したのか、わからないという。今更言っても仕方ないが、中国は今しばらく、英国に貸していた方が良かったのかもしれない。

さて、台湾が、「中華民国」としてではなく、「台湾」として、国連加盟を申請するようだ。例によって、中国は反発するだろうが、台湾は、もともと中国とは異界の地である。民族も違うし、日本が植民地として開発するまでは未開の島であった。当時、中国にとって、どうでもいい島を戦争に負けた当時の中国は日本にくれてやったのだ。

日本は、初めて得た植民地だったので、それはそれは力を入れて開発した。その遺産が現在の台湾を形作っていると言っても言い過ぎではないだろう。台湾が、今後どのような将来を想定しているのかは知らないが、「台湾」として独立したい気持ちはわかる。

彼らは、その条件をクリヤーしようとしている。まず、その第一が、「中華民国」という呼び名を捨て、「台湾」と名乗ることである。そのことの行動が、「台湾」としての国連加盟申請であろう。

中国としては、国内の辺境の他の少数民族に刺激を与えるとして嫌っているのだろうが、基本的なものが台湾とは異なる。中国は何が何でも台湾を自国内に取り入れることを考えなくてもいいのではないか。

本来、このことは、中国としては、別に悪いことではない。台湾と中国は経済的にも、交流が深く、人の交流もある。中国経済を更に発展させるには、台湾を国内に取り込むより、独立させた方が何かとメリットが大きいかもしれない。

つまり台湾も中国も、お互い衛星国家としての位置づけで考えればよいのだ。彼らが戦争で争うことはないと流風は見ている。むしろ米中同盟の現実的な橋渡しを台湾がするかもしれないのだ(既にしているという見方もあるが、それは従来、現在野党になっている国民党レベルだった。今後は、もう少し高いレベルでの同盟のセッティングが考えられる)。

すなわち中国にとって、台湾は、米国や日本とのクッションにもなるし、東南アジア諸国とのクッションにもなっている。その意味は大きいはずである。政治的に経済的には、直接取引きも良いが、間接取引が有効なことも多い。独立させても、大きな問題にはならないだろう。むしろメリットの方が大きいだろう。

そして、もう一つの独立の要件として、第二に、台湾にある蒋介石が持ち込んだ膨大な中国の文化遺産は、中国に返還することが独立の条件にはなるだろう。なぜなら、その文化遺産は、「中華民国」の遺産であるから。

以上の二つの条件を満たせば、多くの西欧諸国は台湾の独立に同意するかもしれない。道のりは険しいかもしれないが、何か、そういう予感がする。

日本政府としては、政治的に関与することは難しいかもしれない。しかし米中同盟の可能性に対しては、十分研究しておく必要がある。米国の政権が変れば、可能性はある。

その時、日本としてのポジショニングをどうするかも重要である。現在の政府は、あまりにも、共和党政権が続くものと思っている節がある。柔軟な思考が求められる。また一般国民としても、近隣諸国の動向には注視することが求められる。

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2006年9月23日 (土)

道を聞く

若い時、初めて東京に出張した時に、方向感がわからず、歩いている人に道を聞いたところ、一瞬、間があって、方向を示されたので、お礼を言って歩いていった。だが、目的地には一向に着かず、大変あせったことがある。その人の指示方向は全然違う方向だということが後でわかった。

その時は怒りを覚えたものだ。東京人はいい加減だと。それは、一人や二人ではなかった。聞く人、聞く人が、すべて言い加減なことを教えてくれた。腹が立って、東京人は何て不親切なことと思ったことがある。東京のイメージは最初、非常に悪かった。

後で、わかったことだが、東京はいろいろな人がいろんな所から集まっており、地元の人とは限らないということだった。通行人は、聞かれると答えないより答えた方がましとの感覚のようだ。でも、それは実に迷惑なことだ。

そして、駅の売店の店員に聞いても、それは同じだとわかった。彼らも、地元の人ではないことも多く、その辺の地理には詳しくないのだ。

結局、わかったことは、駅から少し離れた、商店で老舗らしきところに聞くということだった。また配達をやっている店なども正確な答えが返ってきた。彼らは、大変親切で、仕事の手を止めて、商売にもならないだろうに、懇切丁寧な説明がほとんどだった。

それで、東京の印象がまた変わってしまった。

これとは別のケースだが、田舎に行くと、道に迷って、尋ねると、これもまた丁寧に教えてくれる。ただ問題なのは、「距離感」が違うことだ。「すぐだ」と言うから、信用していくと、30分もかかったりして、時間感覚が異なる。もちろん、それさえも、慣れれば、どうってことはない。

結局、人に「道を聞く」ということは、「聞く人」を間違ったり、「聞き方」を間違ったりすると、大きな失敗につながる。多分、それは人生も同じことだと思う。

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2006年9月22日 (金)

虫の眼と太陽の光

秋に相応しく、虫の音があちらこちらから聞こえてくる。だが、聞き方によっては風情が感じられるが、気持ちによっては、うるさくもある。結局、こちらの気構えで、受ける感情は違ってくる。

さて、以前、このブログで、“虫の目、鳥の目、魚の目”を取り上げたことがあるが、今回は、実際の、「虫の眼」をメモ的に取り上げてみる。

昆虫の出現は、3億年前と云われる。人類の出現が100万年前というから、彼らの歴史は古い。また昆虫の種類は、わかっているだけで、90万~200万種あるらしい。それは全ての動植物の65%~75%を占めている。それほどに多い。

さて、昆虫の眼は、学校時代に習ったような気がするが、不勉強で復習すると、昆虫には単眼のものと複眼のものとがある。

単眼は、眼に映るのは一つの画像で、明暗と動きはわかるが、色はない。複眼は、同じ画像を多面的に見ている。“虫の目、鳥の目、魚の目”で取り上げた「虫の目」は正確には「複眼」である。「単眼」ではない。そしてこの複眼は、全方位に広い視野を持つと共に、色も見える。

彼らは、いずれにせよ、太陽光の影響を強く受け、身体全体で感じ取り、活動する。特に紫外線の影響が大きいようだ。なぜなら、花は、紫外線を反射するが、蜜を貯える花の中心部の周囲だけは紫外線を反射しないのだ。昆虫は、それに反応しているそうだ。それも、メスとオスでは紫外線の受け方が違うようである。

人間も同様に、太陽から多くの影響を受けているのだろう。浴びすぎるのもいけないのだろうが、適切に受け止めることも必要だろう。問題は、どういう環境下で受けるかということかもしれない。特に朝の光がよいという。朝6時から9時までは太陽の光を受けると、感情に良い効果が現れるとか。

*注)目と眼の違い(流風的見解)

「目」は「人間の心の目」を意識しているが、「眼」は「機能をもつそのもの自体」を指しているつもりである。

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2006年9月21日 (木)

権威ある人とは

権威なんて聞くと、その道の大家で近寄りがたい気がする。流風も、若い頃、ある著名な人に会ったことがある。前日は不安と緊張で眠れなかった記憶がある。

ところが、当日会うと、大変ざっくぱらんに話をしてもらえ、ホッとしたもんだ。このように、道を極めた人は、それなりの人格を備えていることが多い。全く、彼の道とは無関係の者が、無知をさらけ出して尋ねても、素直に答えを返してもらえることが多い。

その一方で、私達は、よく勘違いして、権威ある人は、全ての道に通じていると思うが、そうでない。もちろん、一つの道に通じた人は、どこにでも通用する精神的な強さを持っておられることは確かだ。

だが「権威」なんていうものは、所詮、「その道」限定だ。だから、その道を歩んでいない者にとっては、「その道の権威」なんて、何も意味を持たない。その道以外の人にとっては、普通の人なのである。

その道に関係ない者が、権威ある人に会うときは、あまり緊張せずに、礼儀は失しない程度に話せばよいのだ。もし、その時、権威面して、高慢な態度を取るなら、それは真の権威者ではないだろう。

落語で権威ある人をからかったものに、『こんにゃく問答』があるが、禅僧が妙に知識があるものだから、禅知識のない、こんにゃく屋の親父が適当に示したことを勘違いして、禅問答に負けたと思ってしまう。

権威者としては、第三者に、予想もしない質問をされて、ボロを出さないようにしたいものである。相手の真意を問いただしつつ、知らないことは知らないと答えるのがいいのだろう。

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2006年9月20日 (水)

童話の裏側と浦島太郎(下)

そして、『浦島太郎』の古い原型は、『丹後國風土記』にあるようです。流風は残念ながら知らなかった。以下に、四方田犬彦氏が記されたものを、箇条書きで引用する。

一、 浦嶼子は雄略天皇の御世に、丹後与謝郡日置里筒川村にいた筒川嶼子という人物であった。

二、彼はある時、小船に乗って釣りをしていたが、三日三晩たっても1匹も釣れず、最後に五色の亀を釣り上げた。

三、奇異に思ったが、そのまま眠ってしまい、眼が覚めると、亀はいつしか美しい女性、亀比売に変身していた。

四、彼女は自分が天上の仙の娘であり、風雲に乗って到来したと語り、浦嶼子に求愛するのだった。

五、浦嶼子が目を瞑ると、二人はただちに海中の巨大な島に到着した。蓬莱山であった。

六、美しい邸宅には、七人の子供、八人の子供がいて、彼らはそれぞれスバル、アメフリという天界の星々だった。

七、浦嶼子はこの「神仙の堺」で歓迎を受け、亀比売と夫婦の契りを交わすと、三年の歳月を愉しく過ごした。

八、そのうち故郷が懐かしくなったので、その旨を告白すると、姫は嘆いた。

九、だが、彼女は最後に玉匣(たまくしげ、箱のこと)を渡し、これを決して開けてはならぬと、誓わせると、彼を見送った。

十、筒川村に戻った浦嶼子は、三百年以上の歳月が経過していることを知った。

十一、浦嶼子はつい神女との約束を忘れ、玉匣を開けたところ、たちまちその肉体は芳香を放って、風に乗って天に飛んでいってしまった。

十二、浦嶼子がもう二度と神女に会えないのかと嘆いて歌を詠むと、どこか遠い彼方から妻の神女がそれに応じて、歌を返した。それを聞いて、夫もまた歌を詠むのだった。

こう見てくると、明らかに、私たちが知っている「浦島太郎」とは異なる。原型の『浦島太郎』と書いた意図も大きく違うようである。それは、時代を経て、『御伽草子』で大きく手が加えられ、それが明治時代に、さらに塗り替えられる。

だが、四方田犬彦氏によると、書き換えられたものは、論理矛盾は残ったままになり、近代人の想像力の貧困化であると指摘する。だんだん人間の発想が現実的になり、話のスケールが小さくなっていると言うのである。

流風は、『御伽草子』で、どのように書き換えられ、どのようなものか把握していないので、何とも言えないが、彼の指摘通りとすると、それは現代人が、原型の『浦島太郎』のように、見えないものを見る余裕を失っているということかもしれない。

まあ、もう一度、いろんな『浦島太郎』を読み返してみるか。まさか、この歳で、読むことになるとは思わなかった。だが、絵本を読んだ人は多くても、元の本を読んでいる人は少ないかもしれない。そうなると、『竹取物語』も読みたいなあ。

また、別の関心事としては、子供の頃、童話を読まされて、私達はどのような影響を受けているのだろうか、ということ。だが残念ながら、流風にはとても分析できそうにない。そのことは、やはり専門家にお任せしよう。

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2006年9月19日 (火)

童話の裏側と浦島太郎(上)

今回は流風が考えたネタではないのだが、興味あることだったので、メモ的に紹介してみる。それは、子供の刷り込み教育として利用されてきた童話についてである。

日本の伝統的童話には、全て、その下敷きになる物語があるようだ。残念ながら、流風は、その方面には詳しくない。確かに『今昔物語』とか『御伽草子』を読めば、そういうことがある程度わかるのかもしれないが、未だに読んでいない。

ただ言えることは、童話の原点は、「輸入」ものも多いということではなかろうか。遠くは西洋、中東、インド、中国の原典が輸入され、日本的に解釈され、童話になっているものも多いのではなかろうか。

そして、童話には、輸入された時点で、多くの経由地で物語が変化している上に、更に日本における時代の変遷により、さらに物語が少しずつ変化していることだろう。それは時代背景・環境が、変化させているとも言える。先日取り上げた『桃太郎』も多分そうだろう。

ところで、先日書店で頂いた『図書 2006 9』(岩波書店)に、四方田犬彦氏が『浦島太郎』について、同様な感想を記されている。

彼の指摘によると、「あらゆる昔話は二重の構造をもっている。それが本来的に携えてきたアルカイックな深層と、その上に被せられた今日的装い、いうなれば時代のイデオロギー的な表層である」だそうである。

学者の方が表現すると、彼らの仕事だと言ってしまえばそうだが、随分難しくなるなあ。しかし、横文字を訳せば、当たり前のことを言っている(笑)。

それはさておき、彼の説明は次のようだ。すなわち、三浦佑之著『浦島太郎の文学史』によると、現在、私達が知っている『浦島太郎』は、、明治時代に児童文学者、厳谷小波によって、それまでの浦島太郎を書き換えたものということらしい。

ふ~ん、なるほどね。だから物語の論理性に乏しいとも。そう言われても、正確なあらすじは忘れてしまった。亀を助けて、龍宮城へ行って、乙姫さんに会ったのは知ってるけどね(念のために記すると、『図書』の「浦島太郎」には、四方田犬彦氏の記憶に基づくあらすじは記してある)。これだけなら、別に論理性に乏しいとも思わないけど。もう一度、正確に読み返してみるか。

続く

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2006年9月16日 (土)

古い家具のリサイクル

流風の住んでいる地域では、大型家具は、粗大ゴミではなく、「大型家具」として、無償で引き取ってくれる。役所の方で、再生可能なものは修理して、値ごろ感のある価格で、販売しているのだ。

それで、消費者としても部屋に合わなくなった家具を引き取ってもらって、大変助かる。そして、新しい家具も購入できる。

ところが、先日、違う地域に行くと、大型家具としては引き取ってくれなくて、細かく壊して、粗大ゴミとして出さないといけないらしい。大体、家具を壊すには、道具も要るし、どの家庭にも揃っているとは思われない。

そんな作業をする場所も、どこにもあるとは思えない。高齢者なら諦めてしまうだろう。その他の皆さんは、どうしているのだろう。結局、ゴミに出すのを辛抱し、不満ながら使い続けているのではなかろうか。

また業者に頼んで引き取ってもらう方法もあるが、当然有料である。結構、その費用は高い。そんなお金を出すなら、新しい家具が買えそうだ。

ということは、現状のままでは、この地域の家具の更新需要は発生しにくいだろう。

一方、家具業者は需要低迷で苦しんでいる様子である。需要の多様化に対応しきれない面もあるのかもしれないが、量的な「スペースの創造」も需要開拓のはずである。

そのためにも、業界としても、古い家具の引き取り、ゴミにすべきものはゴミにし、再生しできるものは修理して販売する市場を作り、リサイクルシステムを推進すべきではなかろうか。

それに、いくら家具のいらない仕組みの最近の家でも、古い家具を引き取ってくれれば、新しい家具が欲しくなるのは誰でもそうではなかろうか。

各地域により、家具のゴミの処分に関する仕組みが異なるのであろうが、家具引取りシステムは、需要と供給者の共通の利益に寄与するはずである。

さらに自治体の環境推進にも一役担うはずである。そういう仕組みのない各自治体と家具業界は検討してもらいたいものだ。

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2006年9月15日 (金)

遠距離通勤は良いことか

通勤に二時間もかけている人がいる。流風はナンセンスだと思う。これでは、会社に着くまでに一仕事した感じで、仕事を始める時には、疲れているだろうと思う。

ところが、小林一三は、逆のことを言っている。

「北の方に工場を持ったから、北の方に家を探すなんてアホなことだ。南に住め。わざと遠いところを選べ。そうして、毎日の行き帰りに、大阪の街をはしからはしへ、見て歩き、世の中をよく見、時勢におくれんようにせよ」と。

ただ一般のサラリーマンには辛いかもしれない。彼の指摘しているのは、経営者の心構えなのだ。経営者に求められる資質として、広く世間を観察することの大切さを説いているのだ。

一般には、遠距離通勤はナンセンスと言われている。実際、肉体的な負担は大きく、仕事にも影響が出る。しかし、物事は考えようで、一般のサラリーマンでも、仕事によっては、プラスのメリットがあるかもしれない。

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2006年9月14日 (木)

絶えない飲酒運転事故

絶えない飲酒運転による事故について、書く予定はなかったのだが、うだうだと。

これでもか、これでもかと、飲酒運転による事故が連続して起こり、報道も加熱しているようだ。事故を起こした者に限らず、飲酒運転者はいい加減に目を覚ませ。飲酒した状態で車に乗るなんて、まったく馬鹿げている。

ただ、交通事故は、飲酒運転だけが人身事故を起こすわけではない。その確率が高くなるということで批判されているのだ。

また、ある飲酒運転事故を起こした公務員は懲戒免職になったようだ。しかし、現在は公務員にスポットが当たりすぎているが、民間人も、他山の石とすべきだろう。懲戒免職の是非はともかく、社会から飲酒運転を一掃する必要がある。

自分だけが事故を起こして死ぬなら、それはまだましかもしれないが、他の人を巻き込んで、事故を起こすのは許せない。交通法は強化されたが、それでも、このていたらく。それに運転手はほとんど男だ。全く恥ずかしい。それにしても、車と酒がある限り、馬鹿はいなくならないのだろうか。

以前にも述べたが、全てのモノは、使いようによっては凶器になる自覚が必要である。それに関連しての話だが、毎日新聞によると、NPO法人「MADD JAPAN」が、アルコールを検知すると、車のエンジンをかけられない装置「アルコール・イグニッション・インターロック」を、飲酒運転を繰り返す違反者に義務づける道交法改正を求めて、著名活動を5月から始めているようだ。

ただ気になるのは、「飲酒運転を繰り返す違反者」だけでいいのだろうか、ということ。やはり、全ての運転者に義務づけることが求められる。誰でも、飲酒のリスクはあると考えなければならない。

自動車業界も、酒を飲んだら動かない自動車の開発に着手したようだが、自動車業界全体で取り組んで欲しい。法律としても、全て自動車の保有者には、酒を飲む人飲まない人に関わらず、運転席に取り付けを義務付け、厳しい罰則を設ければよいのだ。

以上をまとめると、モノは使いようによっては、凶器になるという自覚を持たせるだけでなく、モノに対する予防措置を設けることと、法律の厳罰体系をつくることが求められる。被害者も加害者も不幸になるのを防ぐことが大切だ。

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ドルは急落するのか

このブログでも、4月28日に、超円高になる可能性について、少し触れた。だが、それはドルの急落により現実のものとして近づきつつあるようだ。

なぜなら、あのIMF(国際通貨基金)が、「ドル急落の危険性警告」を発したからだ。その結果、円は不本意だが、高くなる可能性がある。IMFが警告するということは余程のことである。ドル暴落エネルギーが相当蓄積されていると認識しているのだろう。

すなわち、外国による米ドル資産保有が、6兆3千億ドルにも膨らんでおり、外国諸国が資金ポジションを変更すれば、すぐにでも危機は露呈すると指摘している。

ドルの急落に対抗するためには、事前に輸出を手控え、内需を拡大する政策が望まれるということだろう。だが、完成品より、「部品」の輸出の多い現在、「部品」の輸出を止めれば、米国経済は成り立たない。また成熟社会の日本では、内需拡大にも限界がある。

その辺をどのように知恵を出すかが問われている。このことについては、いずれ考えてみたい。

*追記

◎ 念のために記すると、「円は不本意だが、高くなる可能性」というのは、別に流風が円安を望んでいるわけではない。ドル安の結果としての円高が不本意である、という意です。

◎ 為替動向は、誰も予測できない。誰も予測できないから、ある日突然に、急激な変化があると、パニックになる。そういうことがあってもいいように、ある程度の心の準備が必要なのだ。そのためには、ありふれた予測ではなく、若干極端なケースも想定しておいた方がいい。

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2006年9月13日 (水)

地域の公共施設の集客

集客に苦労している博物館・美術館・ホールなど地方の公共施設は多い。一度行けば十分という施設も多い。再度訪問するほど魅力がないのだ。原因はいろいろあるのだろう。そこで、少し考えてみた。

ⅰ 基本的には、博物館・美術館・ホールなど地方の公共施設は、中途半端な規模のものが多い。それに加えて、中身がない。結局、それは企画運営がほったらかしで、結果的に意味のない施設に成り下がっている。

ⅱ 当然、ポリシーがぼやけている施設は当然の如く、集客に苦労している。展示企画内容に疑問を感じる美術館・博物館も多い。オールラウンドな美術館とか博物館は国立に任せればよいのだ。そんなことは初めから無理なのだ。地域の公共施設は割りきりが必要だ。企画のターゲットを絞るしかない。

ⅲ 但し、ポリシーのはっきりした施設でも、集客に苦労しているところもある。ところが、人が集まらないからといって、いろいろ工夫するのはよいが、企画が分散して焦点がぼけては、人は集まらない。悪循環である。基本的に、最初に、なぜその施設を作ったのかということに立ち戻る必要がある。やはり対象とする顧客は誰なのか確認する必要がある。

ⅳ お高く留まって、認知を高める努力を怠っているところが多い。チラシの手配りなど地道な活動と、周辺の他の物販・飲食の店舗等にチラシをおいてもらえるような活動も必要である。また、それは美術関連とか、工芸関連にこだわる必要はない。こだわって範囲を初めから絞り込まないことだ。

ⅴ それに自施設にこだわった企画が多い。もっと外に出て行くべきだ。地域とのつながりを強化し、ギブ・アンド・テイクで臨むようにしたいものだ。また、いきなり離れた施設との提携は効果が出るのに時間がかかる。まず深く地域の掘り返しをする方が効果が出やすい。地域深耕ができてから、他地域との連携はそれからでも遅くない。地域と共にある姿勢が必要だ。

ⅵ また多くの人によって色々なものが展示される施設では、集客の「基本コンセプト」の理解が求められる。それがばらばらでは、客は呼べない。またそれぞれの出展者は入場者に何を知ってもらいたいのか、展示品をテーマを絞って展示することも求められる。物販的展示になっている所が多いのは残念だ。売るより認知してもらうはずの活動ができていないのだ。売りはそこから始まるはずだ。

ⅶ マンネリになって、展示に工夫が足りない場合がある。比較的大きい施設はスタッフがしっかりしているが、少し小さくなると、担当人員もなく、企画が惰性になり、展示にワンパターン化傾向がある。訪問するごとに、新しい驚きがあるような企画・展示が求められる。

ⅷ 最後に、人は人に集まるということである。館長を初めとして、地域から信頼され、どんな魅力的な人がいるか。またスタッフを前面に出して、スターにしていく努力も必要だ。また外部から魅力的な人を招聘することも大切だろう。

まあ、ほかにも色々あるだろうけど、もっと工夫をして欲しいものだ。

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2006年9月12日 (火)

江戸しぐさと子供の教育

江戸の時代には、商人道として「江戸しぐさ」があったらしい。このことは、越川禮子著『商人道「江戸しぐさ」の知恵袋』(講談社+α新書)に詳しく紹介されている(この書籍に関しては、流風のプロフィールの欄でも紹介している)。

さて、本書の詳しい内容は、ここでは挙げられないが、子育てに関する部分だけ紹介しておこう。中身は、関西商人にも通ずるものが有り、大阪の船場では、かつて丁稚が厳しく躾けられたものと似ている。だが、子育てに関しては、船場では、認識不足かもしれないが、あまりないような気がする。それは、次のようなことである。

「三つ心、六つ躾(しつけ)、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)で末決まる」

というものである。さて、現代のお母様方は、きちんとできているだろうか。先日も、電車の中で、子供たちに大きな声で、どなっている若いお母さんがいた。よく見る風景である。子供の目線で、静かに話しできない母親では、少々心もとない。

さて、越川氏によると、「三つ心」とは、「数え年三歳までに、人間の心の糸をしっかり張らせるようにしないと、糸が、かたくなってしまう」らしい。以前『三つ子の魂』で若干触れたが、このことの重要性は生きている。

江戸商人は「人間は、脳と身体と心の三つからなっている」と考え、「心を脳と身体に結び繰る操り糸が緻密なほど、はりめぐらせなければならない」ように心がけた。すなわち、子供に心の大切さを認識させたのだ。

そして、六つまでに、その実践として、「心の糸の上手な結び方」を何度も真似させて、実践的に教える。しかし、主体的に学ぶようにさせている。

九つまでに、「大人の挨拶」を徹底して仕込む。ここで面白いのは、挨拶は当然のこととしても、お世辞が言えることを重視していることだ。もちろん、大人のモデルを見ながら、「見取る」のである。

十二になるころには、「一家の代書」ができるようにする。注文書、請求書、苦情処理の弁解書まで書けるようにしたという。

そして十五になると、「あらゆる森羅万象が理屈ではなく、実感として理解できる」と考えた。

このように江戸時代の商人たちは、教育の各段階をきちんと踏んで、家庭教育している。これらは、現代の家庭教育に欠けているものではなかろうか。私達は、彼らの子育てを再評価すべきかもしれない。

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2006年9月11日 (月)

中庸的思考と小早川隆景

日本人の国民性として、Aか、Bか、どちらかはっきりさせたがる傾向がある。だから民意は極端から極端に振れる。それはマスコミもそうだろう。いや、現在はマスコミに煽られていると言うべきか。そして、そのマスコミを悪用する人々もいる。

だから、中庸というと、日本人は中途半端と捉えがちだ。だが、その思考は現実的には大切だ。小早川隆景は、それを貫いた人だろう。

日本の政治家に例えれば、豊臣秀吉が最も恐れたと云われる黒田如水は故田中角栄氏のように直感で天才的に即決判断する人だったが、その判断に誤りも多かったと云われる。

他方、小早川隆景は、故福田赳夫氏のように、部下の意見をよく聞き、自分で納得いくまで考え、考え抜いた上での判断であったため、時間はかかるが、大きな判断ミスはなかったと云われる。

その小早川隆景が面白い言葉を残している。

 一、おもしろの春雨や 花の散らぬほど

 一、おもしろの儒学や 武備のすたらぬほど

 一、おもしろの武道や 文学をわすれぬほど

 一、おもしろの酒宴や 本心をうしなわぬほど

 一、おもしろの好色や 身をほろぼさぬほど

 一、おもしろの利欲や 道をふさがぬほど

 一、おもしろの権力や 他にほこらぬほど

 一、おもしろの釈教や 世理をわすれぬほど

そう言われれば、なるほどと納得。世の中、ほどほどが宜しい。

本来、小早川隆景タイプの故福田赳夫氏の流れを汲む小泉純一郎氏が、実際はどうか知らないが、イメージ的には、やや独断的に物事を判断されていたように思う。もちろん、これは時代の要請で止むを得なかったかもしれないし、日本人の極端を好む国民性を踏まえた方法論として採用だったのかもしれない。

しかし、結果を急ぎすぎ、主張内容の是非はともかく、国民を結果的に煽って、別の目的を隠し、国民を目晦まししてしまったように見える。つまり本来の意図である本質を国民の目から覆い隠し、本質が見えないようにして、国民を利用してしまった。それは本来の民主主義の政治ではなかろう。また、特に外交では、政治に感情を持ち込み、中庸的判断ではなかったことが、外交的閉塞感を生み出した。

次の政権のトップはもう少し小早川隆景のやり方に準じて欲しい。文化のレベルが上がると、中庸的思考になると思う。どこかの国みたいに、独断が過ぎないようにしたいものである。

 

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訴訟社会になった日本と医療マネジメント

最近、新聞を読んでいると、モノの購入者・消費者、サービスの利用者の訴訟が増えているように思う。以前だったら、とても、この内容だったら、訴訟しないようなことでも訴訟されている。

同様に、医療においても、医療事故関係の訴訟は増えている。背景は色々あるだろう。実は、流風の亡き父も、最初の病院は誤診だった。そして最悪なことに誤診が発覚し、転院した先でも、患者である父の状態を十分に把握せずに、薬の過剰投与で容態が悪化し、死に至っている。

理由はいろいろある。最初の病院は、父の選択であるが、外科では定評があるものの、内科では、それほどの実績はなかったそうだが、それは後でわかったことである。しかし、医師としての基本的な医療プロセスを踏んでいないことは責められる。

また転院先では、たまたま専門の医師の手が塞がっていたことが、治療を誤らせたらしい。担当外の医師が診断する場合の、マニュアルが徹底していなかったと考えられる。誤診した医師も、転院先の薬を過剰投与した医師も両方とも、比較的若い医師だった。

家族には治療に不満は残ったが、流風は誰も訴えなかった。誤診した医師や転院先の薬を過剰投与した医師ではなく、その後の始末をした医師は一生懸命だった。それを見れば、とても訴える気にはなれなかったのだ。それに、父が高齢であったこともある。

ところで、訴訟の増える背景には、平成16年に公布・施行された『消費者基本法』が大きく影響していると思う。そこには、消費者の権利として、八項目の次のようなものが示されている。

  一、生活者の基本的ニーズが保障される権利

  二、安全である権利

  三、知らされる権利

  四、選ぶ権利

  五、意見が反映される権利

  六、補償を受ける権利

  七、消費者教育を受ける権利

  八、健全な環境の中で働き生活する権利

おそらく、これらを前提として、訴訟側も強く出ている。また国としても、消費者保護行政を推進せざるを得ない状況にある。この法律は、従来、消費者保護行政を怠ってきた国への警告である。特にいい加減なメーカーやサービス提供者の排除、海外品のノー・チェック輸入業者に対しては、市場から排除していく必要はある。

ただ、何でもかんでも、訴訟すればいいというものではない。訴訟は、メーカーや業者への警告にはなるが、やはり、善意・悪意の区別は必要である。米国のように、利益のためや、弁護士の欲のために、訴訟される社会は、できるだけ避けたいものだ。

しかし、同様に医療における訴訟は増えている。医療の訴訟についても、医療側は、なぜ訴訟になるのかという意識が低いようである。訴訟を悪く捉え、被害者意識もあるようだ。だが、今後は、このことをある程度覚悟しなければならない。

もっとも、訴訟が続けば、彼らにとって、プレッシャーになるのは明らかで、いずれ診療拒否という事態も想定しなければならないだろう。そうなると、訴訟が増える→医師の萎縮→医療拒否→実質の医師不足による不十分な医療体制ということになる。果たして、それが患者にとって、いいかどうか、患者側も考えなければならない。

その一方で、残念ながら、日本の医療は、医師個々人のレベルは仮に高くても、全般的に、組織レベルでのマネジメント力は低い。ある学会誌を読んでも、有名な大きな病院でも、やっと、マネジメント強化に取り組もうかという段階である。

このままでは、今後も医療事故は起こりうる。医療事故は、医師個人の問題だけではなく、組織的な問題であるので、それを解決しないと、根本的な解決は望めないのだ。そして、それは、個々の医療機関のマネジメント体制と地域の医療連携のマネジメントを含めての問題である。

これらの問題を、いかに解決すべきか。結論から言うと、国と地域に強いリーダーシップが要求される。そして、個々の医療機関においては、前々から言っているように、医療側は失敗を全てオープンにし、医療マネジメントの向上により医療システムの品質を高め、患者側は、医療側の姿勢を監査する仕組みをつくり、患者・医療の協働で、医療品質を向上させ、訴訟をできるだけ避けることが望ましい。そのためには、医師個人レベルにおいても、マネジメント意識を強く持つ必要がある。

もちろん、それだけでは、医療側に改善・改革への意欲がわかない。適切なインセンティブが必要だろう。例えば、国の配慮としては、事故のない病院に対しては、保険点数をあげたり、なんらかの優遇措置などが望まれる。それと同時に、最悪、訴訟に備えて、医療事故保険の充実・整備も必要だろう。

注) このブログのコンテンツは、9/8投稿した「医療と訴訟社会になった日本」を改題し、加筆したものです。よって、「医療と訴訟社会になった日本」は削除しています。

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2006年9月 9日 (土)

自分の匂いを持つ

中年になると、加齢臭で、男性は若い女性に敬遠されることになるらしい。実際は、男性の加齢臭にも個人差が有り、ある女性によると、いい匂いの男性もいるらしい。その女性によると、流風は悪くはないらしい。良いとは言ってくれなかったが。

さて、マーキングする犬や猫と同様にするのは、やや気がひけるが、人も自分の匂いを持ち、自分の領域を主張する。それは実際、身体から匂ってくるものだけでなく、その人が持つ独特の雰囲気も含める。

大体、ブログだって、書き手により、ある種の匂いを持っている。別の言葉で言えば、個性だろうが、「個性」だけでは、説明されないものが、「匂い」にはある。そして、その「匂い」で、人が近づいてきたり、遠ざかったりする。

ところで、女性は、ともかく、男性で、ある年齢に達して、自分の匂いを持たない人は、ある意味、信頼できない。人生を歩んでくれば、それなりの考え方があってしかるべきで、のほほんとした人生を送ると、匂いが感じられない。

もちろん、悪い匂いよりはましだが、何も匂わないというのも、面白くない。彼らは、せいぜい何も考えず、他の色に染まるだけだで、時代に流されるだけだ。

すなわち、多様な考え方があってしかるべきで、一つの考え方に収束するのは気持ち悪い。それゆえ、他者の考え方も尊重しなければならない。

考えが違うからといって、嫌がらせをするような人々が未だいるようだけど、人間的に、問題のある方々と思う。思想の問題ではない。多様な考え方を持つ人がおり、お互い、それを尊重するということは、国家の強さであることの自覚が必要なのだ。

例によって、脱線してしまったが、加齢臭はともかく、男は自分の匂いを持つべきだと思う。でも、若い女性の皆さん、加齢臭には、もう少し寛大にね(笑)。

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2006年9月 7日 (木)

おでんの常識

先日来の雷で、暑さが少し和らいでいる。九月に入っても、一応その状態が続いている。しかし、予報によると、暑さは十月まで続くとか。もう暑さは十分だよ。この予報だけは外れろ。

こういう涼しい状態が続けば、おでん (流風の子供の頃は、おでんと言わずに、「関東だき」と呼んでいたように思う) の時期は早いかもしれない。コンビニには、例年の如く、もう並んでいるようだ。

酒飲みでない流風も、日本酒で一杯やりながらのおでんは好きだ。それにしても、今年は「冷たいおでん」などが世に出て多少驚いた。逆転の発想とは言うものの、よく考えたものだ。ただ、まだ口にしていないので、評価はできないが。

若い頃、同僚と、もう少し寒い時期だったと思うが、おでんを突付きながら、上司の悪口を言い合ったのも今は昔。上司はサカナになりやすい。だが、そこに、その上司がやってきた時は、気まずい思いをしたというか、本当に驚いた。どっかに飛ばされるのを覚悟したものだ。

また、当時付き合っていた彼女を有名なおでん屋に誘って、連れて行ったのはいいが、帰る段になって、請求書を見て、あまりの高額に目を白黒させて、冷や汗ものだった事も懐かしい。財布の中は辛うじて家に帰れる電車賃が残っただけだった。彼女には、当然振られた。金の切れ目が縁の切れ目だったのかな(笑)。

さて、おでんの食べ方は、一般に、からし醤油で食べることが多いようだ。店に行くと、からしが出てくることが多い。でも、流風家は、酢味噌で食べたり、しょうが醤油で食べることが多い。からし醤油で食べることは滅多にない。そんな変な食べ方、嫌だという方も、是非試して欲しい。何でも、やってみてから、評価することが大切だ。食わず嫌いは、進歩がないと思うよ(笑)。

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2006年9月 6日 (水)

こだわりの味噌

親に影響されて、時々だが、こだわりの味噌を購入している。ある地域で生産している無添加の味噌だ。味噌汁に、味噌は欠かせないが、味噌によって、出来上がりの味は大きく変る。それを飲むと、懐かしい味がする。家庭の味という奴である。

店で飲む味噌汁も、それはそれなりに美味しいが、何かが違う。そういった毎日の行為が、人間の思考に少なからず影響しているかもしれない。

さて、ビジネスにおいては、こだわりを持てとか言われたり、逆にお坊さんからは、こだわりを捨てよと諭される。しかし、一般に、人間というものは、こだわりを持つものらしい。

ビジネスにおいては、ターゲットを絞って、こだわりを持つ人の方が、成功者は多いのかもしれない。しかし、こだわりを持ち続けて、周囲の変化を見逃すと、危機に陥る。そのような場合は、お坊さんが指摘するように、こだわりを捨てた方が望ましい。さてさて、世の中は難しい。

結局、こだわり過ぎても、逆に、こだわりを捨て過ぎても、人間社会では、問題はあるのかもしれない。時々、適切に自分の置かれた立場を客観視して、対応していくしかないのだろう。

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2006年9月 5日 (火)

換気の大切さ

散歩していると、美味しい空気が吸えてうれしくなる。特に緑の多い公園や神社あたりは、特に清々しい気持ちになる。ところが、街中に出ると、排気ガスやクーラーの排出空気などで、嫌な気分になる。

自宅にいる時も、度々窓を開けて、空気を入れ替えることにしている。始めは、邪魔くさいと思ったものだが、慣れれば、習慣になっている。窓を開ければわかるのだが、外気と部屋の空気は明らかに違うことがわかる。

最近の密閉型の住宅は、エネルギー効率は高いかもしれないが、長時間、空気を入れ替えないと、空気がよどむ。空気も水と同様に濁るので、入れ替えは必要なのだ。

しかし、先日会った若い方は、終日、そんなことはしたことがないという。それで、体調はどうなんだと聞くと、ずっと室内にいるわけではないので、別に問題はないという。だが、空気は入れ替えた方がいい。それが長期にわたれば、健康を害す可能性があると伝えたところ、驚いていた。

習慣というものは、常識化して、何が正しいのかをわからなくする。もちろん、外気が汚い場合もあるだろうが、その場合は別の対策が必要になるかもしれない。しかし、対策を練るより、そこを脱出した方がいいかもしれない。

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受信する自由

NHK受信料を強制しようとする動きがあるが、望ましくない。これでは、まるで税金だ。流風は度々反対の旨を発表している。繰り返すようだが、戦後間もなくの情報のない時は、ともかく、現在のように情報の溢れている時に、NHKが受信料を取るのは、時代遅れである。時代錯誤もはなはだしい。

それに、NHKを視聴しないのに、受信料を取るのは、「サービス対価原則」にも反しており、明らかにおかしい。そういう常識を無視して、NHKの既得権を擁護するような議論が進められていることは、大変遺憾に思う。

放送法を改正して、NHKの目的も変更し、民放化すればよい。コンテンツの良さとかが民放より優れているとの指摘はあるが、政治的に関係のない文化関係であれば、その分だけ、文部省の予算でやればよい。でも、そうであれば、民放と競争させて、入札で決めればよい。何も、別に受信料として国民に負担させて、NHKで作るべきものでないはずである。

政府は、再度検討してもらいたい。

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2006年9月 4日 (月)

急進主義と漸進主義

物事を進めるには、急激に物事を進めるやり方と、じっくり様子を見ながら進めるやり方がある。前者は急進主義と呼ばれたり、後者は漸進主義と呼ばれたりする。

その時代その時代の要請で、それぞれが選択されるが、急進主義の後は、漸進主義への揺り戻しが来るのは歴史の流れである。

日本の政治も、ちょうどその時期にさしかかっている。デフレ下で、「改革」という名の下での、政策遂行は、急進主義で致し方なかったが、急進主義にはリスクがある。

つまり、小泉政権で示せば、説明不足のトップは資質的に問題があった。トップはトップとして、それなりの努力をされたことは認めるが、社会の中には、言い知れぬ不安を植えつけてしまった。

トップの考えていることを、人々に伝えることは、辛抱が必要だが、その姿勢が足りなかったのだ。また周辺にも、トップの考え方を理解して、人々に伝えるスタッフも不足していたと思う。また非常に偏った考え方を持つスタッフに政策を依存したことも問題だった。

これに対して、漸進主義のやり方は、事前に問題を徹底的に調査して、全体構想を練り上げ、漸進的に物事を進める。そのことをやったことで有名なのは、後藤新平だろう。いろんな毀誉褒貶はあるものの、漸進主義を貫いた。

それは、彼が医者の出身で、「生物学」に詳しかったからだと言われる。現地の現在の習慣や制度を詳しく調査して、それらを尊重しつつ、構想を練り、環境を整え、そこに相応した“種”を蒔き、障害を取り除き、生長を見守り、成果を確実なものにする。

現在、地方に、やや人心の不安定さがある現在、今後は漸進主義で臨むことが望まれる。国の画一的方策ではなくて、地域地域に合致したきめ細かい政策が望まれる。地方の要望を素直に受け入れることが大切だ。確かに、スピードという点では、急進主義よりも劣るので、国民も、そのことを理解して、知恵を出し、辛抱強く、訴えていくことが望まれる。

*追記

ちなみに一般に国民はいつも漸進主義で急進主義を望んでいない。意識のスピードはゆっくりしたものだからである。しかし、それでは、良くならない場合もある。流風は、いつも急進主義が悪いと言っているわけではない。

だが、自民党は、民主党と違って、漸進主義と思われ、選挙でも投票したのに、小泉首相は急進主義を選択されたので、地域の人々は戸惑っているのだろう。また都市の人々は、基本的に急進主義を支持するが、それは地方への反発でもあるのだろう。無駄の改革は必要だが、都市と地方の相互理解が望まれる。

*平成26年5月3日追記

第二次安倍政権も小泉元首相同様、急進主義を採用している。彼の取り巻きも、そのような人たちばかりだ。政治は100年先を見据えた取り組みが望まれるが、彼らは残念ながら目先しか見ていない。それが米国の要請であるのかもしれないが、基本的に彼らは彼らの都合で動く。所謂、ご都合主義。単に、それに合わすだけなら政治家は要らない。

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2006年9月 3日 (日)

幼馴染の恋

流風の幼馴染には、女の子は、あまりいなかったので、成長して、幼馴染の恋に陥ることはなかった。大体は、周囲は野郎ばかりだったのだ。だから淡い恋心を持ったのは、学校に行きだしてからである。また、一般に幼馴染の恋は成立しにくいと言われている。

さて、日本の古典で、幼馴染の恋の典型といえば、矢張り、あの物語だろうか。遠い昔、確か、中学校で習った気がする。すなわち、能にも題材となっている『伊勢物語』の「筒井筒」の話である。ちなみに、能の題は『井筒』。

 筒井筒 いづつにかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに (業平)

 くらべこし 振分髪も 肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき  (有常の娘、通称 井筒姫)

在原業平と紀有常の娘の相聞歌である。彼らは幼馴染で、今でもそうだろうが、子供の頃は普通にじゃれあっても、それなりの年齢になれば、異性として意識しだす。そして距離を置くようになる。だが、ある日、気づいて、気持ちは変っていないよという、この歌を交わして結婚している。つまり業平のプロポーズに対して、それを待っていた井筒姫はそれを受けているのだ。

しかしながら、結婚生活は順調ではなく、井筒姫は、プレイボーイの業平の浮気に苦しみながらも、彼を信じ続け、彼も彼女の純情な心情にほだされ、一旦、よりを戻す。彼が彼女と、よりを戻そうとしたのが、井筒姫の次の歌だ。落語のネタ (大阪では『口合小町』、東京では『洒落小町』)にもなっている。

 風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半にや君が ひとりこゆらん

しかし、業平の浮気の病気は治らず、井筒姫に寂しい思いをさせ続け、さすがに、彼女は辛抱できなくなって、他の男との結婚を考える。しかし、業平が、言い寄ってくると、忘れられない。女性にとって、最初の男が大事なのかもしれない。拒みながらも、好きな感情は抑えられず、追いかけるが、追いつかず、息絶える。

だが業平が、浮気をしながらも、真に好きだったのは、井筒姫だけかもしれない。彼は浮気相手を捨て、結果的に彼女等も苦しめている。業平の所業は男の性だが、男女の想いの中には隔たりがある。男女の関係は、感情面では、大きな溝が有り、基本的に今もあまり変わらないということかもしれない。

ただ別の角度から見ると、井筒姫にずっと思い続けられるのは、男の本望かもしれないが、能の『井筒』となり、死後何百年も慕い続けられたら、少し怨念がこもっており怖ろしい。男の遊びも、程ほどにしないとね。

今回は、古い記憶をたどりながら、復習の意味で整理してみた(笑)。う~ん、それにしても考えさせられるね。流風には、そんな経験ないけど。『伊勢物語』は何回読み返しても面白い。渡辺淳一も参考にしているのかな。現代の恋愛小説の原点があるように思う。

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2006年9月 2日 (土)

成果を求めるなら

成果を求めるなら、それなりのことをしなければならない。それをせずに、ないものねだりをする人が実に多い。流風も、あまり人のこと、言えないけどね。

ところで、あの白隠禅師の指摘は、現世における種蒔きでけでなく、先祖の種蒔きが、現世に影響を及ぼしているという。白隠禅師といえば、『夜船閑話(やせんかんな)』とか『遠羅天釜(おらでがま)』が有名だけど、彼は次のように指摘している。少し長いけど紹介しておく。

        この世は前世の種次第 未来はこの世の種次第

          富貴大小あることは 蒔く種大小ある故ぞ

          この世は僅かの物なれば 善き種選んで蒔き給え

          種を惜しみて蒔かざれば 穀物取れたためしなし

          田畑に米麦蒔かずして 米麦取れるいわれなく

          米麦一合蒔きおけば 五升一斗稔るべし

          多くの宝譲るとも 持つ子持たねば持たぬ物

          少しも田畑譲らねど 持つ子あっぱれ持つものぞ

          我子の繁盛いのるなら 人を倒さず施行せよ

          人を倒して持つものは 我子にゆずり仇となる

          升や秤や算盤や 筆の非道をし給うな

          常々商いする人も あまり非道の利を取るな

流風も、前世の種蒔きがあるから、現在があるのかも。来世に向けて、種蒔きが少ないかなと反省。皆さん、それでは、未来に向けて、「いい種」を蒔きましょう !!

 

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2006年9月 1日 (金)

地域と健康

少し涼しくなったかなと思ったら、長月になっていた。あまり暑かったので、少し散歩をサボっていたのだが、これくらいだと歩きやすい。

だいぶん前から、歩け歩けと言われているが、確かに歩くのは健康に良いらしい。流風も数年前から、一日一万歩目指しているが、なかなか到達しない。いいとこ、6千歩。でも、歩かないよりましか。

ところで、早朝に歩いていると、まさに「行(ぎょう)」のような顔つきで真剣に歩いておられる方たちがいる。どちらかというと、男性に多い (高齢者の方は、男性でも、そういう方は流石に少ないが)。女性は、そういうことはなく、全般的に、ゆっくり歩かれ、すれ違うと、こちらの様子を観察しながらも、「おはようございます」と挨拶される方が多い。それは、年代に差はない。やはり、女性の方が余裕があるのだろうか。

そうかといって、この歩くという行為は、ただ漫然と歩くと苦痛になる。もちろん、自分の好きなコースはあるのだが、時々、多少コースを変更させて、何か変化がないか、きょろきょろしながら歩くことにしている。そうすると、新しい店を発見したり、新しい施設を発見したりすると、歩くのも苦痛でなくなる。このように、あくまで楽しみながら歩くのが長続きすることだと思う。

神戸市は、以前から、歩くコースについては、熱心で、区ごとにいろんなコースを紹介している。そして、さらに、「健康こうべ市民推進員」の方々による穴場を、「歩きたくなる おらが自慢のお宝ウォーキングコース」として、公開している。流風も知らないコースが多く、参考にしようと思う。でも、遠いところは、旅行気分でないと、行けないけどね。全部回れば、神戸に詳しくなるだろうな。さあ、一万歩目指して、ゴー。

*「歩きたくなる おらが自慢のお宝ウォーキングコース」
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/18/menu03/h/hoken/hp21do/kobemichi/michitop.html

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