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2006年9月 4日 (月)

急進主義と漸進主義

物事を進めるには、急激に物事を進めるやり方と、じっくり様子を見ながら進めるやり方がある。前者は急進主義と呼ばれたり、後者は漸進主義と呼ばれたりする。

その時代その時代の要請で、それぞれが選択されるが、急進主義の後は、漸進主義への揺り戻しが来るのは歴史の流れである。

日本の政治も、ちょうどその時期にさしかかっている。デフレ下で、「改革」という名の下での、政策遂行は、急進主義で致し方なかったが、急進主義にはリスクがある。

つまり、小泉政権で示せば、説明不足のトップは資質的に問題があった。トップはトップとして、それなりの努力をされたことは認めるが、社会の中には、言い知れぬ不安を植えつけてしまった。

トップの考えていることを、人々に伝えることは、辛抱が必要だが、その姿勢が足りなかったのだ。また周辺にも、トップの考え方を理解して、人々に伝えるスタッフも不足していたと思う。また非常に偏った考え方を持つスタッフに政策を依存したことも問題だった。

これに対して、漸進主義のやり方は、事前に問題を徹底的に調査して、全体構想を練り上げ、漸進的に物事を進める。そのことをやったことで有名なのは、後藤新平だろう。いろんな毀誉褒貶はあるものの、漸進主義を貫いた。

それは、彼が医者の出身で、「生物学」に詳しかったからだと言われる。現地の現在の習慣や制度を詳しく調査して、それらを尊重しつつ、構想を練り、環境を整え、そこに相応した“種”を蒔き、障害を取り除き、生長を見守り、成果を確実なものにする。

現在、地方に、やや人心の不安定さがある現在、今後は漸進主義で臨むことが望まれる。国の画一的方策ではなくて、地域地域に合致したきめ細かい政策が望まれる。地方の要望を素直に受け入れることが大切だ。確かに、スピードという点では、急進主義よりも劣るので、国民も、そのことを理解して、知恵を出し、辛抱強く、訴えていくことが望まれる。

*追記

ちなみに一般に国民はいつも漸進主義で急進主義を望んでいない。意識のスピードはゆっくりしたものだからである。しかし、それでは、良くならない場合もある。流風は、いつも急進主義が悪いと言っているわけではない。

だが、自民党は、民主党と違って、漸進主義と思われ、選挙でも投票したのに、小泉首相は急進主義を選択されたので、地域の人々は戸惑っているのだろう。また都市の人々は、基本的に急進主義を支持するが、それは地方への反発でもあるのだろう。無駄の改革は必要だが、都市と地方の相互理解が望まれる。

*平成26年5月3日追記

第二次安倍政権も小泉元首相同様、急進主義を採用している。彼の取り巻きも、そのような人たちばかりだ。政治は100年先を見据えた取り組みが望まれるが、彼らは残念ながら目先しか見ていない。それが米国の要請であるのかもしれないが、基本的に彼らは彼らの都合で動く。所謂、ご都合主義。単に、それに合わすだけなら政治家は要らない。

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