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2006年9月19日 (火)

童話の裏側と浦島太郎(上)

今回は流風が考えたネタではないのだが、興味あることだったので、メモ的に紹介してみる。それは、子供の刷り込み教育として利用されてきた童話についてである。

日本の伝統的童話には、全て、その下敷きになる物語があるようだ。残念ながら、流風は、その方面には詳しくない。確かに『今昔物語』とか『御伽草子』を読めば、そういうことがある程度わかるのかもしれないが、未だに読んでいない。

ただ言えることは、童話の原点は、「輸入」ものも多いということではなかろうか。遠くは西洋、中東、インド、中国の原典が輸入され、日本的に解釈され、童話になっているものも多いのではなかろうか。

そして、童話には、輸入された時点で、多くの経由地で物語が変化している上に、更に日本における時代の変遷により、さらに物語が少しずつ変化していることだろう。それは時代背景・環境が、変化させているとも言える。先日取り上げた『桃太郎』も多分そうだろう。

ところで、先日書店で頂いた『図書 2006 9』(岩波書店)に、四方田犬彦氏が『浦島太郎』について、同様な感想を記されている。

彼の指摘によると、「あらゆる昔話は二重の構造をもっている。それが本来的に携えてきたアルカイックな深層と、その上に被せられた今日的装い、いうなれば時代のイデオロギー的な表層である」だそうである。

学者の方が表現すると、彼らの仕事だと言ってしまえばそうだが、随分難しくなるなあ。しかし、横文字を訳せば、当たり前のことを言っている(笑)。

それはさておき、彼の説明は次のようだ。すなわち、三浦佑之著『浦島太郎の文学史』によると、現在、私達が知っている『浦島太郎』は、、明治時代に児童文学者、厳谷小波によって、それまでの浦島太郎を書き換えたものということらしい。

ふ~ん、なるほどね。だから物語の論理性に乏しいとも。そう言われても、正確なあらすじは忘れてしまった。亀を助けて、龍宮城へ行って、乙姫さんに会ったのは知ってるけどね(念のために記すると、『図書』の「浦島太郎」には、四方田犬彦氏の記憶に基づくあらすじは記してある)。これだけなら、別に論理性に乏しいとも思わないけど。もう一度、正確に読み返してみるか。

続く

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