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2006年9月21日 (木)

権威ある人とは

権威なんて聞くと、その道の大家で近寄りがたい気がする。流風も、若い頃、ある著名な人に会ったことがある。前日は不安と緊張で眠れなかった記憶がある。

ところが、当日会うと、大変ざっくぱらんに話をしてもらえ、ホッとしたもんだ。このように、道を極めた人は、それなりの人格を備えていることが多い。全く、彼の道とは無関係の者が、無知をさらけ出して尋ねても、素直に答えを返してもらえることが多い。

その一方で、私達は、よく勘違いして、権威ある人は、全ての道に通じていると思うが、そうでない。もちろん、一つの道に通じた人は、どこにでも通用する精神的な強さを持っておられることは確かだ。

だが「権威」なんていうものは、所詮、「その道」限定だ。だから、その道を歩んでいない者にとっては、「その道の権威」なんて、何も意味を持たない。その道以外の人にとっては、普通の人なのである。

その道に関係ない者が、権威ある人に会うときは、あまり緊張せずに、礼儀は失しない程度に話せばよいのだ。もし、その時、権威面して、高慢な態度を取るなら、それは真の権威者ではないだろう。

落語で権威ある人をからかったものに、『こんにゃく問答』があるが、禅僧が妙に知識があるものだから、禅知識のない、こんにゃく屋の親父が適当に示したことを勘違いして、禅問答に負けたと思ってしまう。

権威者としては、第三者に、予想もしない質問をされて、ボロを出さないようにしたいものである。相手の真意を問いただしつつ、知らないことは知らないと答えるのがいいのだろう。

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