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2006年9月12日 (火)

江戸しぐさと子供の教育

江戸の時代には、商人道として「江戸しぐさ」があったらしい。このことは、越川禮子著『商人道「江戸しぐさ」の知恵袋』(講談社+α新書)に詳しく紹介されている(この書籍に関しては、流風のプロフィールの欄でも紹介している)。

さて、本書の詳しい内容は、ここでは挙げられないが、子育てに関する部分だけ紹介しておこう。中身は、関西商人にも通ずるものが有り、大阪の船場では、かつて丁稚が厳しく躾けられたものと似ている。だが、子育てに関しては、船場では、認識不足かもしれないが、あまりないような気がする。それは、次のようなことである。

「三つ心、六つ躾(しつけ)、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)で末決まる」

というものである。さて、現代のお母様方は、きちんとできているだろうか。先日も、電車の中で、子供たちに大きな声で、どなっている若いお母さんがいた。よく見る風景である。子供の目線で、静かに話しできない母親では、少々心もとない。

さて、越川氏によると、「三つ心」とは、「数え年三歳までに、人間の心の糸をしっかり張らせるようにしないと、糸が、かたくなってしまう」らしい。以前『三つ子の魂』で若干触れたが、このことの重要性は生きている。

江戸商人は「人間は、脳と身体と心の三つからなっている」と考え、「心を脳と身体に結び繰る操り糸が緻密なほど、はりめぐらせなければならない」ように心がけた。すなわち、子供に心の大切さを認識させたのだ。

そして、六つまでに、その実践として、「心の糸の上手な結び方」を何度も真似させて、実践的に教える。しかし、主体的に学ぶようにさせている。

九つまでに、「大人の挨拶」を徹底して仕込む。ここで面白いのは、挨拶は当然のこととしても、お世辞が言えることを重視していることだ。もちろん、大人のモデルを見ながら、「見取る」のである。

十二になるころには、「一家の代書」ができるようにする。注文書、請求書、苦情処理の弁解書まで書けるようにしたという。

そして十五になると、「あらゆる森羅万象が理屈ではなく、実感として理解できる」と考えた。

このように江戸時代の商人たちは、教育の各段階をきちんと踏んで、家庭教育している。これらは、現代の家庭教育に欠けているものではなかろうか。私達は、彼らの子育てを再評価すべきかもしれない。

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