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2006年9月27日 (水)

鷲にさらわれた赤ん坊

但馬のコウノトリの放鳥は有名になった。すなわち秋篠宮殿下・紀子ご夫妻がコウノトリの放鳥に参加され、紀子さまが身ごもられ、悠仁親王が授かった、という現実は多くの人に夢を与えたことだろう。そして、教訓としては、コウノトリが生きられる環境が子供を授かる条件かもしれないということだ。

さて、『今昔物語』に、同じく、但馬の国、七美の郡、川山という山里で、鷲にさらわれた赤ん坊の話がある。多分、多くの方が知っておられることだろう。あらすじは次の通り。

その物語は、巻二十六第一話にある。赤ん坊が庭で遊んでいる時に、空高く飛んでいた一羽の鷲が、矢の様に舞い降りて、赤ん坊をさらって、飛んでいってしまった。両親は大変嘆いたが、どうすることもできない。

流風も、子供の頃、留守番時、弟の赤ちゃんが、ねずみに噛まれない様にと母に強く言われ、じっと見守った経験はあるが、鷲に襲われるような環境ではなかった。

話を元に戻すと、それから十余年という歳月が経って、父親が丹後の国の加佐の郡まで旅をし、ある一軒の家に泊まったところ、十二、三の女の子供がいた。彼女は近所の子供にいじめられていた。

彼に、たまたま、そのいじめの言葉が耳に入った。その内容は、「お前なんか、鷹の食い残しじゃないか」と。そこで、主人に訳を聞くと、十数年前に、鷹の子を取ろうとして木に登ったところ、一羽の鷹が巣に何かを落とした。すると赤ん坊が泣くので、巣の中を覗くと、人間の赤ん坊がいたので、木から下ろして、養い育てているとのこと。

もしかと思って、仔細を聞くと、自分の子供とまさに同じ条件だった。女の子を呼び寄せると、親子であることは明らかなほど似ていた。

人間の運命は、わからない。普通なら、餌になって、もう死んでいるかもしれないのに、助かっている。また、たまたま拾い上げた人がいたというのも不思議である。

ただ流風は、これは鷲ではなくて、コウノトリではないかと思っている。果たして、コウノトリは人間の赤ちゃんを餌にするのだろうか。あまりそういうことは考えたくない。子供として育てるつもりだったのではと思いたい。人間とコウノトリの共存があるから、ありえた話と思っている。甘いだろうか。

 

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