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2006年9月11日 (月)

訴訟社会になった日本と医療マネジメント

最近、新聞を読んでいると、モノの購入者・消費者、サービスの利用者の訴訟が増えているように思う。以前だったら、とても、この内容だったら、訴訟しないようなことでも訴訟されている。

同様に、医療においても、医療事故関係の訴訟は増えている。背景は色々あるだろう。実は、流風の亡き父も、最初の病院は誤診だった。そして最悪なことに誤診が発覚し、転院した先でも、患者である父の状態を十分に把握せずに、薬の過剰投与で容態が悪化し、死に至っている。

理由はいろいろある。最初の病院は、父の選択であるが、外科では定評があるものの、内科では、それほどの実績はなかったそうだが、それは後でわかったことである。しかし、医師としての基本的な医療プロセスを踏んでいないことは責められる。

また転院先では、たまたま専門の医師の手が塞がっていたことが、治療を誤らせたらしい。担当外の医師が診断する場合の、マニュアルが徹底していなかったと考えられる。誤診した医師も、転院先の薬を過剰投与した医師も両方とも、比較的若い医師だった。

家族には治療に不満は残ったが、流風は誰も訴えなかった。誤診した医師や転院先の薬を過剰投与した医師ではなく、その後の始末をした医師は一生懸命だった。それを見れば、とても訴える気にはなれなかったのだ。それに、父が高齢であったこともある。

ところで、訴訟の増える背景には、平成16年に公布・施行された『消費者基本法』が大きく影響していると思う。そこには、消費者の権利として、八項目の次のようなものが示されている。

  一、生活者の基本的ニーズが保障される権利

  二、安全である権利

  三、知らされる権利

  四、選ぶ権利

  五、意見が反映される権利

  六、補償を受ける権利

  七、消費者教育を受ける権利

  八、健全な環境の中で働き生活する権利

おそらく、これらを前提として、訴訟側も強く出ている。また国としても、消費者保護行政を推進せざるを得ない状況にある。この法律は、従来、消費者保護行政を怠ってきた国への警告である。特にいい加減なメーカーやサービス提供者の排除、海外品のノー・チェック輸入業者に対しては、市場から排除していく必要はある。

ただ、何でもかんでも、訴訟すればいいというものではない。訴訟は、メーカーや業者への警告にはなるが、やはり、善意・悪意の区別は必要である。米国のように、利益のためや、弁護士の欲のために、訴訟される社会は、できるだけ避けたいものだ。

しかし、同様に医療における訴訟は増えている。医療の訴訟についても、医療側は、なぜ訴訟になるのかという意識が低いようである。訴訟を悪く捉え、被害者意識もあるようだ。だが、今後は、このことをある程度覚悟しなければならない。

もっとも、訴訟が続けば、彼らにとって、プレッシャーになるのは明らかで、いずれ診療拒否という事態も想定しなければならないだろう。そうなると、訴訟が増える→医師の萎縮→医療拒否→実質の医師不足による不十分な医療体制ということになる。果たして、それが患者にとって、いいかどうか、患者側も考えなければならない。

その一方で、残念ながら、日本の医療は、医師個々人のレベルは仮に高くても、全般的に、組織レベルでのマネジメント力は低い。ある学会誌を読んでも、有名な大きな病院でも、やっと、マネジメント強化に取り組もうかという段階である。

このままでは、今後も医療事故は起こりうる。医療事故は、医師個人の問題だけではなく、組織的な問題であるので、それを解決しないと、根本的な解決は望めないのだ。そして、それは、個々の医療機関のマネジメント体制と地域の医療連携のマネジメントを含めての問題である。

これらの問題を、いかに解決すべきか。結論から言うと、国と地域に強いリーダーシップが要求される。そして、個々の医療機関においては、前々から言っているように、医療側は失敗を全てオープンにし、医療マネジメントの向上により医療システムの品質を高め、患者側は、医療側の姿勢を監査する仕組みをつくり、患者・医療の協働で、医療品質を向上させ、訴訟をできるだけ避けることが望ましい。そのためには、医師個人レベルにおいても、マネジメント意識を強く持つ必要がある。

もちろん、それだけでは、医療側に改善・改革への意欲がわかない。適切なインセンティブが必要だろう。例えば、国の配慮としては、事故のない病院に対しては、保険点数をあげたり、なんらかの優遇措置などが望まれる。それと同時に、最悪、訴訟に備えて、医療事故保険の充実・整備も必要だろう。

注) このブログのコンテンツは、9/8投稿した「医療と訴訟社会になった日本」を改題し、加筆したものです。よって、「医療と訴訟社会になった日本」は削除しています。

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