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2006年10月20日 (金)

国民教育方針の原点

教育基本法の改正について、いろいろ論じられている。しかし、基本的精神の原点は日本国憲法にあるから、日本国憲法の改正なくして、教育基本法の改正は若干危い。なぜなら、日本国憲法改正前に、教育基本法を改正すれば、日本国憲法改正後に、再度改正が求められる可能性が高いからである。

さて、今回は、その問題を論ずるのは、ここまでにして、そもそも「国民教育方針」はどうあるべきなのか、考える必要がある。教育学者と言われる方々は、世界の教育をよく研究されているようだが、それは主客転倒している。

なぜなら、まず日本というものを基本的に把握しているかということが問われる。日本の教育は、日本人を創ることにあり、他国人を作る教育であってはならない。

それには、まず、日本国民の特徴を把握しているか。その次に、日本人に相応しい教育を施しているか、更に、日本の伝統を十分に踏まえているか、ということになる。

こういことが、教育現場だけでなく、政府の役人あるいは、その審議会のメンバーにして、理解が薄いように感じられるのはなぜか。外国のやり方が何でも正しいとして、移植してしまうのは、学者の悪い癖である。

また当局も、それを鵜呑みして政策に反映させる危さが潜んでいる。今のままでは、日本精神を理解しない「ぼやけた日本人」を生むことになってしまう。そういうことに強い危惧を感じる。

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