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2006年11月30日 (木)

老いらくの恋と謡曲『恋重荷』

最近は、結構、年齢差カップルが誕生している。長寿社会の影響かもしれない。しかし、若い時の恋の失敗は、何度でもチャンスがあるから、痛手は少ないが、ある程度、歳を取ってからの恋は、負担が大きい。色々なトラブルを覚悟しなければならない。

謡曲にも、許されぬ恋物語として、『恋重荷』がある。但し、老人の分不相応な一方的な片思いである。これは、若い女性に、すぐ手を出す当時の貴族階級に対する、からかいという解説もある。あらすじを、少し茶化しながら、メモ的に記しておこう。ご存知の方は読み飛ばしてください。

一、白川院の御所に、菊の下葉を取る(菊の手入れをする)山科庄司という身分卑しい老人がいた。

流石、御所は、菊の手入れをするだけの人を専門に雇っていたのだろうか。それだけ、当時から既に、菊の持つ意味が深かったのだろう。しかし、このモデルが、実際、身分の低い人であったかどうかは、流風は、少しあやしいと見ている。あくまで見立てたにすぎない。モデルは、貴族階級の老人であったと考えられる。

二、ある時、彼は女御(天皇の第三夫人)の姿を垣間見て、一目惚れしてしまう。そして、その噂が広まる。

現代でも、一目惚れはあるだろうが、当時のような身分社会では、本当にプラトニック・ラブだ。そうでなくても、当時の男女は直接、顔を合わせることはしなかった。せいぜい偶然に垣間見るぐらいだ。

よって、皆の関心事である男女のことは、ちょっとしたことでも、世間の噂も誇張して伝わったのに違いない。でも、美しいと聞けば、ついつい手を出したくなる男心。女性たちには、大変な迷惑なことだっただろう。まさに壬生忠見の歌(*参考参照)の通りの心境だったかもしれない。

三、卑しい者がうっかりと女御の姿を見るのさえ罪であるのに、ましてや恋をするのは以ての外。

偶然見かけても罪とは、これは大変だ。西洋では、視姦ということが言われるが、当時の日本も、そういう道徳観があったのかもしれない。今の日本だったら、どうなるのでしょうかね。身分違いの恋というか、分不相応の恋は今でもあるだろうが。

四、臣下は、庄司を呼び出して、そのことを確認する。そこで女御は、庄司を笑いものにして、彼の恋を諦めさせようとする。すなわち臣下に綾錦(美しい布)で包んだ重荷を用意させ、これを持って庭を百回、千回と回ったならば、今一度女御の姿を見せようと約束する。

こういうことを考える女御は、十分若かったのでしょう。熟女は、そういう発想はしないだろう。恋のベテランだったら、うまくあしらうでしょうからね。あくまでも若い女御というのが、この物語のポイント。それに、男は、いくつになっても、若い女性が好きだから。でも、後日、その実態を知って深く幻滅もするのであるが(笑)。

五、彼は喜んで持とうとするが、あまりにも重いので、どうしても持ち上がらない。力の限りを尽くすが、精根尽き果てて、弄ばれたことに気づきつつ、恨んで、ついに空しく成り果てる。

年寄りがあまり重い物を持ち上げると、ぎっくり腰になる。いくら思いつめても、そこまでしたらいかんでしょ。若い時に、恋をしないとこういうことになる。危ない、危ない。

六、臣下は、女御の誤った趣旨を感じ取り、女御に一目見てやるよう伝える。

女御の真意を知らなかった臣下は、女御の姿勢を始めて婉曲に批判。でもねえ、もっと早く気づいて、女御に警告すべきだよ。いくら臣下でも。

七、女御は、これを聞いて悔やみ、庄司のところへ行き、憐れむと体が動かなくなる。

女御自身、やり過ぎて、悪かったと思ったんでしょ。反省しすぎると、よく起こる現象。

八、その前に庄司の亡霊が現れ、恨みを込めて責め込む。

恨みは通ずるという怖い話。勝手に恋をされ、恨まれる女御も災難だけど。

九、弔ってくれるならば、恨みを忘れて守り神になると誓う。

ここら辺は、作者が優しいね。庄司が女御を愛していたからという解釈だろうが、恨みは、そう簡単に、はれるもんですかね。普通は、女御も呪い殺されるというのが本来の筋。でも、そうすると、能が暗くなりすぎるし、仏教観も伝わらないから、そうしたのかも。

このように、老いらくの恋は危ない。この『恋重荷』とは異なるが、『源氏物語』の光源氏が妻にした女三の宮との年齢差は25歳であるから、年齢差カップルと言って差し支えないだろう。その結果、女三の宮は柏木との過ちを犯す。それは光源氏が、かつて誤ったように。

そういうことは、現実に、よく起こっていることであり、年齢差をカバーすることはなかなか難しいようだ。やはり、恋に年齢は関係ないというものの、中高年の恋愛の相手は、常識的な年齢差が望ましいようですな(笑。*注)。

*参考) 壬生忠見の歌 (『拾遺集』、及び百人一首)

         恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり

             人知れずこそ 思ひそめしか

*注

この「常識的な年齢差」というのは、確かに判断しにくい。男女ともに、ある程度の年齢を過ぎれば、かえって、年齢差は、あまり意味がなくなるのも事実だからだ。ここでの物語は、老人が若い女性(20代前半まで。この女御は10代後半だったかもしれない)に恋い焦がれたから、皆の笑い物になったということ。

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2006年11月29日 (水)

高等学校は必要か

予備校化して、実質、形骸化している高等学校は、整理する必要がある。流風は、小学校(6年)-中学校(3年)-大学(4年)の6・3・4制度でよいと思う。現実、高等学校がなくなって、中学校卒であっても、大検を取れば、大学受験できるし、問題は何もない。よって、高等学校のようなものは残してもよいが、卒業証書は授与せず、単に予備校(2年)にすればいい。

中学校を卒業して、働いてもいいし、その後、高い学問が必要になれば、大学に入学できる制度を作ればいい。人には、二種類あって、机上で学んで能力を上げるタイプと、実地に現場で学んで、その必要性から新たに学問し、能力を上げるタイプがある。

現在のように、一律に、小学生~中学生~高校生~大学生の順番に学ぶ必要はない。今求められるのは、多様な教育プロセスが可能にすることにある。しかし、小学校・中学校は、絶対必要だろう。現在でも義務教育でない高校教育をどうするかが問われているのだ。高校を義務教育にする案も出ているようだが、それは硬直的過ぎる。もっと柔軟な教育システムにする必要がある。

そのためには、高校を正式に予備校化し、行くか行かないかは、学生の判断に任せ、卒業証書は授与しないことにすればいいのだ。大学受験は、中学卒業で可能にすればいい。もちろん、中学卒業の学力では、大学に合格しないだろうから、そこで、それぞれの専門に応じた予備校が必要になる。大学も、やたら総合化するのではなく、専門単科大学の充実が求められる。

但し、予備校に行く奨学金制度は残すものとし、大学に合格すれば、ある程度返還義務を軽減する措置も求められる。

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2006年11月28日 (火)

高齢者の介護予防

運動嫌いの母に、無理やり万歩計を渡したところ、当初は嫌がっていたが、最近は歩数を気にするようになっている。先日、どのくらい歩いているのか、確認したところ、平均5千歩程度歩いているようだ。万歩には、程遠いが、歩かないよりはいい。足から衰えていくから。でも、人間、何がきっかけになるかわからない。

しかし、本来は、歩くだけではダメらしい。神戸市では、高齢者の介護予防運動として、次のことが推奨されているので、次に、これを薦める予定である。

ご存じない方のために念のために記載しておく。介護予防のために、高齢者の方々に是非薦めて欲しい。軽い準備運動の後、繰り返し、20回程度(慣れない内は5回程度)が望ましい。但し、体調にあわせ、無理はしないように。また誰かが見守りすることが望ましい。

 ⅰ 壁押し腕立て~上半身を鍛える

     壁から少し離れて立ち、両腕を水平に壁に突き出す。

     壁に手がついたら、手のひら、一つ分を下にずらす。

 ⅱ 腹筋運動~歩行姿勢を整え、腰痛等の予防

     仰向けになり、膝は90度に曲げ、手は太ももに持って行く

 ⅲ かかと上げ~ふくらはぎの強化で、しっかりした歩き方に

     椅子の後ろに立ち、両足を肩幅に開き、椅子を両手でつかみ、まっすぐに立つ。

     両方のかかとを、1,2,,3,4の調子でできるだけ上げる。

     次に、逆に、1,2,3,4の調子で下げる。

 ⅳ 膝の曲げ伸ばし~下半身強化で、立ち座り、階段の昇降を可能にし、転倒予防も

     ⅲと同様、椅子の後ろに立つ。

     1,2,3,4の調子で、膝を軽く曲げる。

     次に、1,2,3,4の調子で、ゆっくり膝を伸ばす。

 ⅴ 足の後上げ~お尻・背中の筋肉を強化して、正しい姿勢を保つ

     両足を開いて、椅子の後から、30~40cm離れて立つ。

     両手で椅子をつかんで、股関節から上の上体だけ45度ほど前に傾ける。

     膝が曲がらないように、片方の足をまっすぐに後ろに上げる。

     足を後ろに上げたままの状態を1秒間続けた後、足を戻す。

高齢者であっても、筋肉強化は可能なようなので、是非薦めてもらいたい。運動嫌いの人々にも簡単なので、お薦めです。

     

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2006年11月27日 (月)

調査の危さ

一般ビジネスにおいて、広告代理店のやる調査は多くは作為的であろう。質問事項は、クライアントに心地よい答えが用意されている。クライアントの方ばかりを見ているから、クライアントに心地よい回答を顧客から得る必要があるからだ。そして、そのようにして、広告代理店は劣化していく。

結局、広告代理店の調査に疑義を感じた賢いクライアントは、顧客に直接聞くことが有効と判断し、またコスト削減のため、広告代理店を切ることにつながる。もちろん、顧客に直接聞くとしても、戦略に相応したもので、なければならない。その対象が誤っていては、正しいデータは得られない。

また、流風は、世論調査もあまり信じないことにしている。大体、アンケートそのものが、どこも作為的なものが多い。統計手法を悪用しているとも言える。質問者が欲しい答えを想定した質問が多いからだ。それでは、本来のアンケートにならない。

国がする世論調査は、一応、統計手法的には正しいが、最近は、質問事項に恣意的なものを感じる。やらせ問題が発覚し、信用を失っている。国のやる世論調査にしても、あまり信用できないという事態になっていることは嘆かわしい。

その裏には、多くの研究所や大手広告代理店が、中立的視点を喪失し、政治に汚されているということもあろう。今回のやらせ問題でも、内閣府が広告代理店に仕事を依頼した時点で、問題発生の可能性はあったと言える。

またマスコミの世論調査も同様である。質問事項で、その回答の傾向が出てしまうのは同じだ。まやかしとは言わないが、やはり、マスコミ主導の世論誘導の可能性は否定できない。

それでは、ネット調査がどうかといえば、これはもっと偏りが大きい。調査手法も質問事項も問題があると言われている。調査手法はいずれ改善されるだろうが、現状まだまだという印象を受ける。

だから、世論調査とか、アンケート調査は、そのデータを活用する人は、注意して見る必要がある。鵜呑みすると、とんでもない逆方向に進む可能性もある。用心したいものである。そのためには、どのような質問事項で、どのような回答項目があったのか確認しておく必要がある。

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2006年11月25日 (土)

漢詩を味わう?

この歳になっても知らないことはたくさんある。多分、この世で知りうることは本当に限られているんだろうなと思う。また知っていると思っていることも、必ずしも十分に理解しているとは言えず、それ自体もあやふやだ。

学生時代、古文とか漢文の苦手な流風は、よく居眠りをしていたように思う。先生が、例のテンポで読まれると、まさにそれは夢の中。それでも、他の学科のように、教師から叱られることもなく、チョークの飛んでくることもなかった。進学校でもなかったので、のんびりした授業風景だったと思う。

そういうことで、受験対策には、ほとほと困ったことを思い出す。大体文法が多いのだが、それは適当に暗記して、いわゆる「傾向と対策」で、出そうな古文や漢文の現代語訳だけを通読したのも、遠い記憶。受験前日も、落ち着かず、誰の現代語訳したものか忘れたが、『源氏物語』を通読して、夜が更けた。

そして何回目かの受験に、源氏物語が出たが、あらすじを記憶していたため、ばっちり(笑)解答できた。もちろん、その大学は受かった。

だが、古文も漢文も、その基礎は、未だに、十分とは言いかねる。最近になって、和歌や漢詩等に興味ができて、ブログにも載せているが、初心者レベルだろう。この歳では、若干恥ずかしいと思いながら、自分確認として、載せている。

さて、先日、ある雑誌を読んでいると、興膳 宏氏が、漢詩のリズムを紹介されていた(*参照)。誰でも漢詩が読めるヒントとして、次のことを挙げておられた。参考までに記しておこう。

一、漢詩には、主要な詩型として、五言詩と七言詩がある。

   この程度は、流石に流風でも知っている。

二、詩である以上、音声と意味において自ずから意味がある。

   五言詩なら2/3、七言詩なら2/2/3となる。習ったかな。記憶にない(笑)。
   つまり、2字+3字、あるいは2字+2字+3字で音声と意味の流れが出ているそうだ。

三、中国語は、基本的に単語の上下関係で意味が決まる。

   よって、各文節を睨んでいれば、それなりに意味がつかめる。
    それは何となくわかるような気がする。

   そして文節で3語のところは、更に2+1または1+2に文節して考える。
    意味の通じそうな方を採用するのだろう。

四、この原則に照らして、漢字の間を仮名でつないでいけば、訓読文になる。

   これで、原語で読んだ気分に近づける。

興膳 宏氏は、単に楽しむだけなら、以上のようにしてでいいと言う。流風もこれで楽しもう。

ただ、氏は専門的に学ぶなら、中国語も学ばなければならないし、日本語の文法も習得しなければならないと警告している。

でも、中国人によると、日本の専門家の先生といわれる方が、変な解釈をしていると指摘する。漢文研究者も大変ですなあ(笑)。

*出典『ちくま』2006.NO.427 興膳 宏「漢詩のリズム」

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2006年11月24日 (金)

若い人と使命

             『ぎらりと光るダイヤのような日』     茨木のり子

               世界に別れを告げる日に

               人は一生をふりかえって

               自分が本当に生きた日が

               あまりにすくなかったことに驚くだろう

若い人が、命を絶っている。大変悲しいことだ。人は、それぞれ、しなければならない使命を持って生まれてくる。その使命も達せず、自らの身勝手な判断で、命を絶つことは決して許されないことである。また、それは先祖や両親に対する冒涜でもある。

若い人は、生まれてきた意味を確かめるべきである。自分でわからなければ、両親や周囲の人に尋ねればよい。相談する人がいないというのは、誤解だ。多くの人があなたを見つめている。もちろん、相談して、何もかも、すぐに悟れとは言わない。人間はすぐに何もかもわからないようになっている。むしろ、わかるには、百年生きても、時間が足りないぐらいである。

若い人よ、死を急ぐでない。若いゆえ、やり直しする時間はたくさんある。もちろん、今後歩む道は、今以上に楽しいこともあれば、苦しいこともある。しかし、後悔しない一日を増やすことが大切だ。一日一日を大事にし、長生きすることが成功者だと思えばいい。そして、ちょっとしたことで苦しむ今の初々しさを大切にしよう。

        

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2006年11月23日 (木)

鯖の味噌煮に挑戦

じばらく魚料理はサボっていたのだが、久しぶりに料理してみた。実は、新鮮な鯖が入手できたからだ。スーパーや百貨店で、鯖を物色するのだが、なかなか新鮮そうなものが見つからなかったのだが、ある百貨店の食料品売り場で、手頃な値段で見つけたのだ。見るからに美味しそうな鯖だ(今回は切り身)。

それに、鯖は料理したことがなかったのだ。いつも、お魚屋とか惣菜店で購入していたからだ。今回、よい鯖が手に入ったので、ちょっと挑戦。

そこで、塩焼き、味噌煮にしてみた。両方ともグッド。我ながら、うまく調理できた。まあ、マニュアルのレシピ(『ベターホームの和食の基本』)を見ながらだけど。

塩焼きは簡単だけど、グリルで焼く場合、レシピによっては、皮から焼けというのと、身から焼けというのと両方あって迷ったけど、身から焼いてみた。特に問題はなかったみたい。次に作る時は、逆をやってみようと思う。

さて、味噌煮は、しょうがと酒で臭みを取ることが大事だ。味の方は、結局、使う味噌によって、味が大きく異なる。今回は白味噌と赤味噌を適当に混ぜてみた。白味噌:赤味噌=2:1ぐらいかな。出来上がりは、自分的には合格点。でも、結局、鯖の質と新鮮さが、料理の美味しさを決めてしまうようだ。次回も、入手できるかどうか。料理の腕はあまり関係ないようだ。

涼しく、否寒くなってきたので、食はすすむ。食べ過ぎないようにしないと、基本体重をオーバーしそう。でも、美味しいものには勝てそうにない(笑)。

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王昭君と似顔絵

                  『王昭君』     李白

                   昭君玉鞍を払い

                   馬に上って紅頬啼く

                   今日漢宮の人

                   明朝胡地の妾

最近、あちらこちらで、似顔絵をやっている。祭りや催しに使われるようだ。最近は、どこの国の人か知らないが、外国人も参加している。流風は描いてもらったことはないが、流石に皆さん、上手だ。絵心のある人はうらやましい。

それにしても、人の顔は本当に様々だ。人相学では、ある程度の系統に分けられるそうだが、私たちが受ける印象は全て異なる。人間を構成している全てが、全く一致するということはないのだろう。

そういった中で、男は何歳になろうと、美人に目が行く。もちろん「蓼食う虫も好きずき」を地でいっている人もいるにはいるが。しかし、美人の価値観も時代と共に変る。だから、歴史上の美人も現代で通用するかどうかは怪しい。案外、男の心をうまく捉える術が優れている女性を美人と思っているのかもしれない。

さて、今回取り上げる、王昭君は、楊貴妃、西施、貂蝉(ちょうせん)と並ぶ中国古代4大美人の一人とされている(但し、貂蝉は架空の人物とする説が有力)。前漢の元帝の時代に、有名な話として、彼女は、事実かどうかはわからないが、画工に賄賂を贈らなかったために、醜く肖像を描かれ、北方の匈奴の妻として贈られたという。

しかし、王昭君は別れの儀式として、元帝に謁見したところ、彼は、その美しさに驚き、嘆いたという。贈るのを惜しくなったが、もう仕方がない。大変悔やんだという。まあ、この話は創作だという噂もある。実際、ブスが贈られてきたら、彼らも怒るだろう。それでは、彼らを懐柔することにはならない。それにしても、その画工はどうなったのでしょう。

確かに、話としては面白い。かの国は、このように話を作りかえるようだ。だから、外国人である我々は鵜呑みにはできない。それは日本だって、そうだから、あながち非難はできない。歴史小説が、史実と異なることが多く、読者が誤解することは現代でもある。

結局、一つの物語として楽しんだ方がいいのかもしれない。それはともかく、このように美人は、兎角、噂の材料にされやすい。それは事実で、現代でも同じような気がする。

そして、王昭君のような人がいたのは確かだろう。李白は、王昭君の身の上を悲しんで、最初に挙げた漢詩を詠ったのだ。結婚制度の違う、匈奴に行って、彼女は随分戸惑ったことだろう。多くの苦労もあっただろう。そのお陰で、前漢の平和は、どの程度、保たれたのだろうか。美人は、兎角、羨ましがられるが、適当なところが、案外幸せかもしれない。

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2006年11月22日 (水)

論語と算盤

『論語と算盤』は渋沢栄一の著作だが、彼の言わんとしていることは、功利主義と道義的見方のバランスである。彼は明治時代に、民主主義・自由主義の問題点を喝破し、基本的な解決方法を明示している。

すなわち、功利主義とは、どちらが利益であるかという見方である。もう一方の道義的見方とは、どちらが正しいかということである。そのバランスをいつも考えることが産業人にとって使命である。

また、彼は、その功利主義さえも、「論語」で言われていることをベースにしていると述べ、次のようにも言っている。

「私は人の世に処せんとして誤らざらんとするには、まず論語を熟読せよというのである。現今世の進歩にしたがって欧米各国から新しい学説が入ってくるが、その新しいというのは我々から見ればやはり古いもので、既に東洋の数千年前に言っていることと同一のものを、ただ言葉の言い回しをうまくしているのに過ぎぬと思われるものが多い、欧米諸国の日進月歩の新しいものを研究する必要はあるが、東洋古来の古いものの中にも棄て難いもののあることを忘れてはならぬ」と。

これは、流風が若い頃、次々と経営書を購入する姿を見て、父から、そんな遠回りなことはするな、古典を読めば足りる、と言われたことに通ずる。これは、全ての原点は、「論語」にあるという渋沢栄一の考え方と一致する。こういうことは、明治時代以降、変っていないことを示すものだろう。若い人は、西洋の学問が優れていると錯覚しがちだが、必ずしもそうではない。特に人間学を要するビジネスにおいては、特にそのように言える。

残念ながら、これは現代の日本の経営者が忘れかけていることかもしれない。すなわち、最近の功利主義にならされた大企業の経営者の中には、道義が軽んぜられているように感じる。確かに法律の範囲内での活動には違いないが、広く世間を見渡した真の利益を追求していない。欧米的経営に影響されて、自分の企業さえよければそれでいいという考え方は偏狭すぎる。もっと上の経営者を目指して欲しい。

*渋沢栄一著 『論語と算盤』(国書刊行会)は若い方にも、是非読んで欲しい。最近の経営書を何冊も読むより役に立つはずだ。そして、『論語』を学んで欲しい。ビジネスの原点は『論語』にあるといって差し支えないと思う。

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2006年11月21日 (火)

大企業に企業別労働組合は必要か

格差問題が論じられているが、意外と論じられないのが、大企業の企業別労働組合である。大企業が派遣や請負に走るのは、正社員の賃金の硬直性にあると考えられる。成果配分とか年俸制とか言いながら、結局、賃金や福祉の面で、大企業の社員は過剰に保護されている。それが格差の大きな要因だと思う。

大企業の企業別労働組合は、結局、その企業の正社員の既得権を守るために活動していると言える。それは組合の役割と言ってしまえばそうだが、やりすぎている。現在は労働法制もきちんと整っており、大企業の正社員である限りは、権利は守られる。

監督機関の監視の程度は問題ありとしても、大企業の正社員は、全体としては、かなり保護されていると思う。それに大企業は世間の評判にさらされることも多く、広く世間に監視されているとも言える。

そうであれば、大企業に企業別労働組合は必ずしも必要ではないと判断される。実際、大企業でも組合のないところもある。労働法制や監督機関の充実とのバランスはあるが、時代も、企業別組合は絶対必要なものでなくなりつつある。今後、大企業には、企業別労働組合を原則として制限すべきだろう。

*追記

他方、中小企業には、労働法制をより早く浸透させるため、企業別労働組合の結成を促すべきだろう。中小企業経営者も企業別労働組合を恐れず、一緒に会社を発展させていく早期の体制作りが望まれる。

中小企業の経営者は、あれもこれもと忙しく、気づかないことも多い。それを企業別労働組合がバックアップすれば、労働問題が大きくなる前に処理できる。そして、そうすることで、中小企業労働者の地位と保護がなされると思う。

また厚生面のバックアップも重点的になされることを期待したい。そのようにして、日本は、中小企業の経営力の嵩上げが望まれる。そのことが、最終的には、日本経済の嵩上げにつながると思う。

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2006年11月20日 (月)

神戸文学館、間もなくオープン

いろんな施設があるのに、神戸には文学館がなかった。その文学館が12月4日にオープンする。場所は、王子動物園の近くで、王子市民ギャラリーの閉鎖に伴い、施設を改修して、「神戸文学館」にする。

明治以降、神戸ゆかりの作家や神戸で生まれた作品を紹介するらしい。報道によると、谷崎潤一郎、小泉八雲、稲垣足穂、横溝正史、冨田砕花、津村信夫、石川達三、野坂昭如、今東光、足立巻一など、作家約30人が紹介されるらしい。まだ、その他に、どのような作家が紹介されるのかは、残念ながら把握してない。

その他に、考えられるのは、宮本輝、陳舜臣、山崎豊子、新田次郎、竹中郁などであろうか。

神戸出身の宮本輝の『花の降る午後』は、15~6年前の作品であろうか、神戸が舞台になっていた。神戸に多いフランス料理店を舞台にしている。あらすじはほとんど忘れてしまったが、ちょっとしたサスペンス風ではあった。

陳舜臣の小説は、華僑らしく(現在は確か帰化している)、神戸とかかわりの深い中国をテーマにしたものが多い。日本に中国の歴史・文化をわかりやすく紹介した第一人者であろう。

山崎豊子の『華麗なる一族』は以前、書籍を持っていたが、処分して手元にない。確か、ある銀行家の壮絶な戦いを扱っている。個人の人間性が無視されていたような記憶がある。戦国時代と同様の政略結婚も扱っていたように思うが、記憶は定かではない。近々、テレビドラマでやるようだから、詳しい説明は加えない。

新田次郎の『孤愁 サウダーデ』は、明治時代に、神戸・大阪総領事W・ジョセ・モラエスを題材に取っている。彼は日本人を妻にし、欧米に、「大日本」や「日本精神」など、日本文化を紹介した。

竹中郁は詩人で、画家小磯良平の友人である。初期はモダニズムで、ロマンチシズムに移行する。わかりやすい詩だそうだ。名前は知っているが、まだ手にとって、じっくりと読んだことはない。小磯記念美術館に行くと、小磯が彼をモデルに描いているのがわかる。ハイビジョンギャラリーで小磯と竹中との関係が紹介されていた。

それに、多分、久坂葉子、島尾敏雄、司馬遼太郎なども取り上げるだろう。ここでは記さない。

また神戸を中心に活動している作家の作品(約千冊)を閲覧できる「神戸ゆかりの本棚」を設置するようだ。

さらに作家のゆかりの場所や作品の舞台となった地図(*文学散歩地図)も紹介されるようだ。韓国ドラマなどで、撮影した場所が話題になるが、それと同様、作家の作品の舞台を訪ねていくのも面白いかもしれない。

場所:神戸市灘区王子町3丁目1-2

交通:阪急電車 王子公園駅下車 動物園方面に向かって動物園を通り過ぎるとすく゜

開館時間:月曜~金曜 10:00~18:00、土・日曜、祝日 9:00~17:00

休館日:毎週水曜日、年末年始

入館料:無料

*(参考) 文学散歩地図について

 神戸市では、「花を巡る文学散歩」のパンフレットを作成している(神戸市建設局公園砂防部計画課発行)。現在のところ、「灘区編」と「中央区編」が配布されている。いずれ全区のものが出来上がるだろう。その中には、「文学散歩詳細図」も記されているので、散歩の参考にはなるだろう。

 また、このパンフレットによると、神戸を題材に使った作家として、本文に挙げた作家以外に次の作家が挙げられている。

 村上春樹、一色次郎、中河与一、藤澤桓夫、庄野潤三、山本周五郎、島京子、正岡子規、牧野富太郎、西東三鬼など。

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2006年11月18日 (土)

法人税制論議雑感

恒例の税制論議が始まっている。その中で、法人税減税論議に、少し感想を述べてみたい。

法人税の減税を政府は検討しているらしい。狙いは実効税率の下げの問題のようである。財界に突き上げを食らったようだ。しかし、経済界は、いま少し待つべきだろう。それは大銀行が、法人税をまともに納めるようになってから検討すべき問題だろう。政府としては、実効税率を下げれば、結果的に税の増収効果が上がると判断しているようだが、景気は微妙な段階にある。景気実態をいま少し観察する必要があるのではないか。

また日本の法人税率は、先進諸国の中では、そんなに税率は高くないし、米国と比べても、かなり低い。彼らの主張はアジアとの比較に過ぎない。しかし、アジアの税率と比較すること自体、問題だ。彼らのビジネスと価格で競争しようとするから、そういう発想になる。

アジアより先を行く意識が薄く、分業体制が不明確で、市場でやたらと競争するからおかしくなる。もっと、棲み分けを考えるビジネスを進化させなければいけないのに、それへの対策が不十分である。日本にとって、製造業は確かに重要だが、あまりそれに拘りすぎると、日本の将来を危くする。彼らの成長を見守りつつ、世界ビジネスのグランド・デザインをやることが大切だ。

それに経団連の会長の会社は外資に多くを握られているから、そういう発想になっているとも考えられる。外資の突き上げに対して、対応せざるを得なくなっているのだろう。最早、日本の企業であって、日本の企業ではないのかもしれない。今後、国は、このような企業に対して、どのように向き合うのか。これらの企業から、政治献金をもらって、国を売るのだろうか(現状、外国人の持株比率が50%を超えると、政治献金できないようになっているが、これを緩和しようとする動きがある)。一般国民は、いい迷惑である。

そして、法人税も、これだけ企業格差が出てくれば、所得税同様、累進課税制度の導入が必要だ。同族会社の内部留保金への追加課税制度の撤廃もいいが、所得も大きく違うのに、あまりにも単純な課税方式は、国の活性化を生まない。大企業も、自分のことばかり考えずに、国全体のことを考えて、政府に提言すべきだろう。

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2006年11月17日 (金)

歴史的いじめ問題と鳴らずの鐘

流風は、赤穂には、二度くらいしか今までに行ったことはないが、いつもシーズンオフに行っている。赤穂周辺は、今までの印象では、人もそんなに多くなく、落ち着いた街である。現在では、多少感じが違っているかもしれない。来年、久しぶりに行ってみようと思っている。

さて、年末になると、恒例の日本三大仇討ちの一つである赤穂浪士の物語で盛り上がる。基本は仇討ちだが、元を糾せば、昔のいじめ問題であるとも言える。昔から、お殿様の段階でもいじめはあった。だが、信じられないことだが、最近の若い人は、この史実を知らない人も多いらしい。

そこで、一応記すと、元禄十四年三月十四日、江戸城本丸御殿松の廊下で、日頃から苛められて、堪忍袋の緒が切れた赤穂藩主浅野内匠頭長矩(ながのり)が、高家筆頭の吉良上野介義央(よしひさ)を斬りつけたことにより、本来、喧嘩両成敗なのに、長矩は翌日切腹、赤穂城は明け渡すように命じられた。

筆頭家老だった大石内蔵助良雄(よしたか)は、お家再興に奔走するが、望みは断たれ、討ち入りを決断する。彼は、「昼行灯」と渾名がついていたが、当然その通りでは、家老などになれるものでもない。要するに、ポイントをきちんと押さえていたという事でしょう。それにアホな振りをするのも、指導者には必要。

そして、彼の入念な計画により、翌年の元禄十五年十二月十四日、浪士四十七名で吉良邸に討ち入りし、長年の恨みをはらすことになる。

果たして、誰が悪いのかは、よく論じられている。まず、苛めた吉良上野介義央が悪いという意見。しかし、彼は地元では、良い政治を行っており、領民からは慕われていた。ただ若い人には、少々いやらしいものの言い方をしたり、肝心なことを教えなかったと云われる。今でも、いますよね、そういう御仁。

そして、事件を起こした浅野内匠頭長矩が悪いという意見もある。お坊ちゃまで、辛抱ができなかったというのである。殿様というのは、多かれ少なかれ、世間知らずで、そうであろう。

結局は、周囲が、きちんと手当てしなかったのであろう。殿様の潔癖な指示を鵜呑みし、世間の常識がわかっていなかったことが、うまく行かなかった要因のようである。まあ、この問題は難しい。世才に長けた部下がいなかったことが禍をもたらしたのは確かだが。

そして、もう一つは、幕府が悪いという意見だ。事件後の処置は早いが、将軍周辺の判断ミスと云われている。喧嘩両成敗を考慮に入れず、客観的に事件を把握することができなかったことが、世間に漏れ聞こえ、批判されている。世間の判官びいきということを割り引いても、やはり問題はあったのだろう。

こうなると、皆が悪いことになる。これは、現在のいじめ問題に似ています。本当の原因は何だったのかがぼやけてくる。根本を見ると、そのベースは、塩田収益が高い赤穂藩に対する、吉良上野介義央の嫉妬だったと云われる。

実は、男の嫉妬も、女の嫉妬同様、ずっと根深い。歴史的にも、そういう心理的葛藤がいじめを生む要因なのだろう。複雑そうに見えて、案外、そういうところに問題の根はあったのかもしれない。

それはそれとして、JR播州赤穂駅から、南に歩くと、花岳寺がある。そこには、鳴らずの鐘がある。幕府は、浪士の処分に困ったが、結局、彼らに切腹を命じた。そして浪士切腹の報せが赤穂に届くと、民衆が冥福を祈って鐘を打ち鳴らし続けた結果、音が尽きたということから、そう伝えられている。

主君に忠義の士であったことから、彼らは後年、「赤穂義士」と呼ばれる。そして、それは閉塞感のあった時代を打ち破ったとも云われる。よく云われるように息苦しい時代であったのでしょう。

*(参考) 観光ルート

JR播州赤穂駅下車、観光案内所で、観光のパンフレットをもらって、南に歩く。

  花岳寺→大石神社→赤穂城跡→赤穂市立歴史博物館

時間があれば、少し離れているけれど、赤穂海浜公園、赤穂市立海洋科学館・塩の国も行ってみたい。

赤穂温泉に浸かって、一泊する場合は、赤穂御崎に出て、赤穂市立美術工芸館 田淵記念館での鑑賞もいい。12月17日までは、赤穂ゆかりの画家『鈴木百年・松年』展が開催されている。

時間に余裕があれば、JR坂越駅で、下車すれば、ちょっとした歴史的な雰囲気を味わいながら、散歩ができる。

*(参考)日本三大仇討ち

      曽我兄弟の仇討ち、伊賀越の仇討ち、そして赤穂浪士の仇討ち

*(参考) 漢詩二編

        ◎漢詩 『四十七士』 大塩中斎

              臥薪嘗胆幾辛酸

              一夜剣光雪に映じて寒し

              四十七碑なお主を護り

              凛然冷殺す奸臣の肝

         ◎漢詩 『泉岳寺』 坂井虎山作

              山嶽崩すべく海翻すべし

              消えず四十七臣の魂

              墳前満地草苔湿(うる)おう

              盡(ことごと)く是れ行人流涕(てい)の痕(あと)

 

 

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2006年11月16日 (木)

ラブレターを落とした縁

昔は、女性が男性とのきっかけを作るために、嘘か本当かはわからないが、わざとハンカチを落としたという話がある。そういう話は、流風よりずっと上の年代に聞いたことはあるし、漫才のネタにもよくなっていた。

今回は、ハンカチじゃなくて、相手からのもらったラブレターを落としたばっかりに、妙なことから相手と結ばれた有名な例を取り上げてみよう。それは、『平家物語』に出てくる、あの有名な通盛(みちもり)と小宰相局の関係である。

   我こひは ほそ谷川の まろ木ばし 

     ふみかえされて ぬるゝ袖かな

                 (平 通盛)

平 通盛は、刑部御憲方の娘で、当時、宮中一の絶世の美人といわれた小宰相に、一目惚れし、三年も文を出し続けたという。現在では、ストーカーじゃないかと思われることも、当時では当たり前。

しかし、小宰相はいつも、つれなくしていた。それで、さすがの彼も、これを限りと最後の文を家臣に託す。家臣は小宰相の侍女には渡せなかったが、帰りに小宰相の車に出会い、機転を利かせて、車に投げ込む。こういう機転の利く部下を持つとうれしいね。

小宰相は文を見つけたが、捨てるわけにもいかないので、文を持ったまま御所に出かけ、上西門院(後白河院の同母姉)の前で、その手紙を落としてしまう。女院は、これを見て、誰の文か皆に尋ねるが、小宰相だけが顔を赤らめて返事をしなかった。

あれ、小宰相も気にしていたの。な~んだ、そういうことだったのか。男でも、女でも、気のある相手のことには、初心な間は、顔が赤くなるようだ。

それでも、落とした手紙をまだ女院に見つかったのは、まだいい方だ。流風なんて、若い頃、同僚に見つかり、回し読みされて恥ずかしい目にあったことがある。ラブレターの扱いは慎重に。いつもいいことばかりとは言えない。

さて、それで、女院は、手紙を開けると、良い香りがして、会ってくれないことの恨む歌が書かれてあった。それが「我こひは」ではじまる歌だ。

女院は、はは~んと察して、通盛が小宰相にぞっこんなのは知っていたので、彼女に、「この手紙は恨み言よ。いつまでも無碍に断っていたら、小野小町のようになってしまうわよ。声がかかるうちが花」、とかなんとか言って、諭して、手紙に対して、自分で返事を書かれた。それが次の歌だ。

   たゞたのめ ほそ谷川の まろ木ばし 

      ふみかえしては おちざらめやは

良かったね。これで通盛は小宰相を賜ったわけだ。手紙が落としたことから縁がつながった。小宰相も別に嫌いだったわけではなく、まだ若かったということでしょう。そういう場合は、やはり間に入る人があれば、つながりやすいということも言える。通盛29歳、小宰相19歳のこととある。彼らは悲劇の最後を遂げるが、このことは別の機会に触れたい。

でも、ラブレターを送っても、拒否されたケースは、この小宰相の話だけではなく、昔の物語でも多い。特に、あの美人の小野小町は、拒否のオン・パレードだったという。だが、彼女の晩年は寂しいものになっている。美しい女性よ、気をつけてたもれ。

(参考 -1)

この二人は、余程、愛し合っていたようで、山手の守備を命じられた通盛が、妻の小宰相局を陣所に呼んで語り合っていたという。それを弟の教盛にたしなめられている。これは『源平合戦図屏風』にも描かれている。

(参考-2)

 能には、二人の情愛と二人を引き裂いた戦いの非情さを描いた『通盛』がある。しかし、悲劇ではあるのだが、愛を貫いたさわやかさがあることも事実である。

(参考-3)

 『徳島の女人平家』の記事~小宰相の墓などについて
  http://www.es-academy.com/sanpo/sanpo2.html

(参考-4)

 『平家物語』において、その後の小宰相についての現代語訳
 http://www.city.kobe.jp/cityoffice/06/014/genpei/heike/heike07.html#15

(参考-5)

兵庫区にある願成寺の墓地には、平通盛と小宰相の塔がある。これは、小宰相の局の乳母、呉葉が住蓮上人の義理の妹だった関係で塔が建てられたと伝えられている。

なお願成寺は、地下鉄の湊川公園駅、または神戸電鉄の湊川駅から、北西に200mのところにある。

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2006年11月15日 (水)

紅葉狩り雑記と謡曲

今年は、暖かい日が続いたため、紅葉が遅れている。やっと、ここ数日、寒くなったようなので、紅葉が進むと思う。これから紅葉狩りのシーズンだ。今回は、紅葉狩りについて、いろいろ記していく。

昔から、旧暦で言えば、9月20日ごろからが紅葉狩りと云われているので、西暦では、今月の10日頃からが、紅葉狩りに相応しい。しかし、今年の紅葉は、どうも更に遅れそうだ。今度の日曜日くらいがいいかもしれない。二段弁当を持って出かけるか。お酒はどうしようかね。

紅葉狩りといえば、京都が浮かぶ。京都ほど、紅葉の似合う場所はないと思う。少し感傷的な気分に浸れる場所があちらこちらにあるということだろうか。田舎の紅葉もいいのだが、何かが違う。このような景色は、残して欲しいものである。

紅葉狩りを、ブドウや梨同様、果物を刈り取るように捉えている若い人が未だにいるのは、少しおかしい。まあ、昔、聞いた米を洗剤で洗った女性よりは、数段ましであろうが(笑)。それに自分の若い時を振り返れば、そのほかのことで、それに近いことはあったので、あまり笑うことはできない。そのことは、いずれ記す予定。

「紅葉」を名前にしている人もいる。流風が知っているのは、まず『金色夜叉』で有名な尾崎紅葉。そして、あるサスペンスドラマには必ず出ている山村紅葉ぐらいかな。他にも、いらっしゃるかもしれない。皆、秋に生まれたのでしょうか。

食べ物でいえば、「もみじ饅頭」であろうか。流風は、あの漫才師で有名になった印象が強い。それまでは、お土産にもらっても、そう印象は強くなかったのだが、それ以来、一応気には留めている。

歌で有名なのは、やはり百人一首の中にある、猿丸太夫の例のものであろう。

  奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき

あの鹿の鳴き声は、独特だから、現代人でも、そう感じるだろう。また、猿丸太夫の経歴は不明なのに、百人一首に載っているのは、多分、仮名で相当わけありの人ですね。

さて、謡曲にも、『紅葉狩』があるが、中身は暢気な内容ではない。それは、始めゆったり、後半急転激しくと面白い構成になっている。あらすじは次の通り。

一、信濃の国戸隠山(とかくしやま)で、美しい女達が、紅葉狩りをし、酒宴を開いている。

(女だけで酒宴とは、少し訝しい。)

二、そこに、鹿狩りにやってきた平維茂(たいらのこれもり)が、通りかかる。

(本当かな。別の目的があるのでは)

三、酒宴の主を尋ねるが、ある高貴な女性とのみ答え、素性は不明。

(ちょっと危いが、面白そうと関心を持つのが、男の性?)

四、そこで、馬をおり、酒宴の興を妨げないように、静かに通り過ぎようとしたところ、酒宴の女たちに引き留められる。

(あぶない、あぶない。)

五、断りかねた維茂は、仏道における飲酒戒や邪淫戒を思いながらも、盃を重ね、美女の舞いに見とれ、いつしか深い眠りに落ち、酔い伏してしまう。

(あ~あ、罠に嵌められたようね。大体、罠に嵌るのは男が多い。でも、維茂は本当に嵌ったのだろうか。案外、そういう振りをしていただけかもしれない。そうなると、維茂は並の人ではない)

六、これを見届けた女達は、態度は一変し、気色を変え、維茂が寝てしまったことを見届け、「夢ばし覚まし給ふなよ」と言い残して、凄まじい勢いで山中に去る。

(やはり、罠だったようだ)

七、心地よく寝ていた維茂は、夢の内に、男山八幡末社の神の使者が現れ、鬼神を退治するよう告げられ、神剣を授けられる。夢から覚めると、手には神剣がしっかと握られていた。

(神剣なんて、警戒して、予め準備していたんでしょう。いざという時の為に、戦闘準備OK)

八、維茂が目を覚ますと、雷鳴と共に、山は赤々と燃え、騒然としていた。先程現れた女達は、怖ろしい鬼の姿になり、彼に襲いかかろうとしていた。

(鬼の本性、ついに現れたり)

九、維茂は、臆することなく、神より授かった神剣で応戦し、悪い鬼神を切り伏せ、鬼退治を成し遂げる。

(当初の目的を達成して、めでたし、めでたし)

この話は、いろんな歴史的事実を重ねて、作られたと云われている。残念ながら、流風は、詳しくない(参考参照)。「紅葉」という女性がいたことや鬼のこと、そして平維茂について、学習する必要がありそうだ。

女はおそろしい。これを現代に引き写せば、男なら、誰でも経験あるかも。繁華街で、美人に呼び止められ、ちょっとした浮気心で、入ったところ、ビールとおつまみで、高額の金を請求されるパターン。でも、“鬼神”を切り倒す“神剣”も授与されず、ほうほうの体で退散するのが常だろう。

それはそれとして、女性は、基本的に、外面はともかく、内面は鬼であるようだ。能でも、女性の鬼をあらわす般若の面は、角が2本ある。日頃、角は隠れて見えないが、少しのきっかけで、すぐ出てくる。

男は、そういう地雷を踏まないようにしなければならない。男たちは、そういうことを知っておきながら、度々忘れてしまうが、能は、まるで、世の男どもに、それを戒めているようにも感じられる。世阿弥など(ちなみに『紅葉狩』の作者は観世小次郎信光で、世阿弥ではない)が本当に残したかったものは、案外、そういうものであったかもしれない。

*(参考) 『紅葉狩』解説のサイト
                 http://www2s.biglobe.ne.jp/~t-sato/index43.html

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2006年11月14日 (火)

七五三の着飾りに思う

この時期に、神社に行くと、小さい子供さんで、賑わい溢れている。先日、寄った生田神社もそうだった。そう、七五三のためだ。大体、若い親と子供に爺婆がついている。子供のきれいなべべ(最近は貸衣装も多いそうだ)も爺婆持ちのようだ。それでも、皆、嬉しそうで、幸福そうだ。

男の子は、数えの3歳と5歳、女の子とは、数えの3歳と7歳に祝う。でも、最近は満年齢で祝うという。少し、違和感がある。伝統は守って欲しいものである。

子供の頃、着慣れない着物を着せられて、千歳飴をもらって、帰りに、行儀悪く、なめて、歯にくっついていた記憶がある。そうすると、口の中をなめなめするので、よだれが出て、衣装が汚れるんだけど。最近は、貸衣装も多く、汚れないように、千歳飴も、かつてあった15センチより短いものも多いようだ。

しかし、とにかく、長寿の意味があるらしい。親は誰でも、それを願う。両親も、爺婆も、いい顔をしている。いつまでも、平和な家庭であって欲しい。

それで、思いだしたのが、次の歌。

           天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ

              をとめの姿 しばしとどめむ

                    (百人一首 僧正遍昭)

これは、五節の女児の舞姫を見て詠んだものらしいが、七五三の男児・女児も何をしても、舞姫のようだ。競って、華美を尽くしているのも同じだ。子供だから、あの雰囲気に興奮もしている。そして、見学している者も、そういう雰囲気に呑まれる。流風さえも。

しかし、興奮のうちに、あっと終わってしまうのは、人生も同じかもしれない。そうならないよう、しっかり踏みしめていきたい。

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2006年11月13日 (月)

現代の教育についての感想

やらせで、「教育基本法改正」を成立させようとする政府は、民主主義を全くわかっていないのは本当に情けない。そんな政府が、盛んに教師の免許更新に絡んで、「ダメ教師」という言葉を、政府高官から発せられていたことは記憶に新しい。

さて、そのことは、さておき、現代教育の実相を考えてみた。教師だけの問題だけでもなく、導かれる学生の質が悪くなっていることは本当に困ったことだ。授業や講義を受ける態勢になっていないことはよく指摘されている。すなわち礼儀・礼節の基本ができていない。

これは戦後世代の親がほとんどである現在、戦前教育を受けていない以上、儒教的な部分が親に欠けていることから来ている。その親であれば、子供に儒教的な部分は全く期待できない。それなら、現代に求められる教育はどうすればいいのか、もう一度考える必要がある。

結局、言えることは、まず家庭教育で、学校教育をきちんと受け入れる態度を養うことが大切であることだろう。その上で、小学生低学年における教育の質を高める必要がある。小学生低学年は後々の学習態度に大きく影響して、教師と生徒の信頼感醸成に影響する。

そのためには、教師の配置にこそ、問題がある。低学年には、優れたベテランを配し、学年が上がれば、若手も起用する仕組みが望まれる。若手はベテランの補助というやり方もあるだろう。そのように適材適所の配置がまず求められる。

低学年には、社会経験の豊富な補助教員の集中配置も必要かもしれない。また大学などの専門教育家を交えての教育研修も必要だろうし、教育専門の大学教授だけでなく、幅広い専門家も、現場に立つことも望まれる。

また、文部行政の長年にわたるふらつきが、教育現場を混乱させてきたことも事実である。文部大臣により、政策が異なったことは度々である。政府としての一貫した教育指導体制は、整っていないように感じる。

特に、週5日制にしたことも、大きな問題かもしれない。所詮、無理なカリキュラムを5日間に組み込むことは不可能で、その結果、塾がはびこっている。塾がはびこるのは、学校で教えないことを試験に出すことが原因だろう。学校教育とは何なのか、問われている。

*(参考) 考えられるダメ教師像

この「ダメ教師」は、極めて感情的な言葉で、定義が難しい。一体どういうのを「ダメ教師」というのだろう。一応、流風が思いついたダメ教師像を列挙しておく。

ただ、教師に直接の教育以外の仕事が増えすぎていることは、同情できる。できるだけ補助教員の活用が望まれる。定年退職者を活用すれば、コストはそんなにかからないはずだ。

① 「研究」と「教育」の違いを理解していない

教師の役割を理解していない。両方兼ね備えることは大変なことである。「でもしか」教師では、基本的に不可能なことを認識していない。人生経験の浅い若い教師では、限界がある。教員免許自体、大した意味はない。一定の社会経験があれば、誰にでも与えてもいいような資格だ。

② 知識面の不足

教える知識が浅い、学問の研究を怠っている、新しい知識を吸収し、積み重ねる努力を怠っている

③ 指導方法が不足

教え方が下手、教え方に工夫が感じられない、教え方に熱意がない、教え方が、状況を判断せず、一方的である、学生の求めるものを理解できない・しようとしない、生徒の特性に合わせた教え方ができない

④ コミュニケーションの問題

限られた生徒を贔屓する、学生とコミュニケーションができない、他の先生との連携ができない、父兄との話し合いができない、学生は教師を選べないことを理解していない

⑤ 意欲の問題

学生に対する影響力を理解していない、生徒を育成する意欲が感じられない、授業の手を抜く

⑤ その他の問題

生徒と私的関係を結ぶ、だらしない格好で教える、教育に政治を持ち込む、政治活動に現を抜かす

考えられるダメ教師像としては、以上のようなことが考えられるが、ダメにするのは、生徒でもあり、PTAや評価制度であることも考慮する必要がある。親は教師に任せるなら、任せる態度が求められる。また教師を育成していく態度も必要である。

そして最終的に、教師の評価は、生徒の追跡調査をしないと明確な判断はできないということになる。教師の評価は、短期的にできることもあるが、それは本来、長期にわたるものであろう。

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2006年11月11日 (土)

栗の季節と思い出

栗が、あちらこちらの売り場においてある。先日は、生鮮食料品売り場とは全く関係のない小売業者の店先にあったのには、少々驚いた。多分、経営者の田舎か知り合いから取り寄せたのでしょう。でも、本業をしっかりやってもらいたいなあ(笑)。

栗についての思い出で、一番印象が強いのは、かなり若い時、知人の女性から、「マロングラッセ」を頂いたことだ。しかし、当時、流風はそんなものがあるとは知らず、たった四粒だったので、瞬く間にぱくぱく食べて、顰蹙を食らった。

大体普段食べるのは、焼き栗(甘栗)の類で、若いから、質より量重視。後から聞いた話では、彼女は結構、流風に気があっらしいのだが、そんな気も知らず、そういう行為をしたものだから、女性の仲間でも評判になったらしい。女性から贈り物をもらったら、その扱いは慎重に。それがその時の教訓だ。

焼き栗(甘栗)は祭りなんかで、よく買ってもらっていたと思う。でも、あれは中国天津産。しかし、あの独特の甘さが好きだ。ただ皮を剥くと、手が汚れるので、後で石鹸でもなかなか落ちないのに苦労した。最近は剥き栗も売っているが、あれは食べた気がしない。剥く作業が食べる楽しさの一つだと考えれば、手が汚れるのも仕方がない。

栗の甘煮は、正月のお節に母がいつも用意していたので、好きなものの一つだ。毎年、正月になると、食するものの一つだ。子供の頃は、取り合いになっていた。今でも、栗きんとんより好きだ。

栗御飯もすきな料理の一つだ。熱湯で20分ほど湯がいて、皮を剥く作業を見ているだけで、よだれが出ていたものだ。塩が少し利いて甘さが強く感じられた。豆御飯の豆は少なくしてくれと母に言っていたのに、栗ごはんは栗をたくさんとねだっていた。子供の頃は、あの豆の青臭いのが苦手だったが、年とともに好物になっているが。でも、栗ごはんは、ずっと変らない。

栗羊羹も良く買う。特に高いものではなく、以前にも書いたように思うが、百貨店の駄菓子屋コーナーで買う安いもので満足している。栗饅頭は子供の頃は好きであったが、最近はあまり買わない。子供の頃は、贈答によくもらったように思う。あの皮が口内につく感触を久しぶりに味わってみるか。

ケーキなど滅多に食べない父が唯一好きなものが、モンブランだった。それも指定のケーキ屋だった。先日、初めて食べてみたが、確かに美味しい。有名な会社だが、あまり大量に作っていないらしい。父の舌もなかなか確かだったことをはじめて知った次第。

そうそう、数日前、電車で出会った子供さんも、最近にしては珍しく、くりくり坊主だった(笑)。

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2006年11月10日 (金)

詩人のラブレターについて

最近の若い人はラブレターを書いているのであろうか。それともメールで簡単に済ませているのだろうか。若い頃、恥ずかしながら、流風も、ラブレターを書いたことがある。返答は、なしのつぶてが多かった。

でも、全く反応がないわけではなかった。諦めた頃に、返答があったこともある。でも、その頃には、こちらが冷めてしまっていたことも。その女性は何回も読み返して、返答をくれるようなタイプだったんだ。

そう、手紙は何回も読み返される。ラブレターにはそういう効果がある。ただ内容は慎重にしないとね。結婚した後で、ちくちく追求されることも多いようだから(笑)。

でも、書いたことのある人はわかるだろうが、あれは書いていると、どんどん妄想がわいてくる。相手を大体、過大評価してしまうことも多い。流風の場合、今から考えたら、何て恥ずかしい表現をしたのだろうと思うが、若さゆえのことかもしれない。あれでは、相手も引いてしまうわ、という内容だったと思う(笑)。

ところで、日本の漢詩で詩吟にも詠われるものにも、珍しくラブレターのようなものもある。これは、そんなに大袈裟でなく、直接的だ。最近の若い方に通じるものがあるかもしれない。ただ、若干のユーモアを含んでいる。それは、雷首作で、『贈小琴女史(しょうきんじょしにおくる)』というものである。雷首については、詳しくはわからない。筑前の儒者、亀井昭陽の門弟と云われている。

   二八誰(た)が家の女(じょ)ぞ

   嬋妍(せんけん)真に憐れむ可し

   君に王上の点なくば

   我れ出頭の天とならん

少し、気になる女性に謎をかけている。軽い求婚に近いかな。大意は、あの妙齢(16歳くらい)の女の子は、どこの娘だろうか。あでやかな美しさは、本当に可愛いよ。もし、あなたに御主人がいないなら、私があなたの夫になりますよ、ぐらいの意。

「王上の点」とは、「王」に点を付けると、「主」になり、「出頭の天」とは、「天」が突き抜けると「夫」になることをシャレたもの。まあ、あなたの彼女に試してみることですな(笑)。でも女性がこのネタを知っていればダメだけど。

そして、これには、実は、女性の方から、この意を察して、返答の漢詩がある。題は不明だが、亀井小琴の作である。ちなみに彼女は亀井昭陽の娘だ。彼女は亀井家の教えを継ぎ、詩画に優れていたという。

   芙蓉第一の梅

   今夜君が為に開かれん

   花の真意を識らんと欲せば

   三更月を踏んで来たれ

敢えて、大意は記さない。女性にしては大胆だね。本当に彼女の作だろうか。彼らは、その後、どうなったのだろうか。

*追記

この話は、中国のある故事をベースにしているという話もある。二人が共に、その話を知っていたから生まれた逸話というのだ。

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2006年11月 9日 (木)

危ない“国営放送”になったNHK

米国中間選挙で、共和党が負け、民主党が勝っていることから、国際政治の流れは大きく変るだろう。米国もイラク戦争を通じて、民主主義の後退に危さを感じていたのだろう。しかし、米国の修正能力には、いつも驚かされる。

それと同時に、日本に対する見方も変化する可能性は高い。ブッシュに擦り寄った小泉前首相にも疑惑の目が向けられることだろう。それを引き継いでいる安倍政権はどのように対応するのだろう。日本の小泉-安倍政権の流れも変えざるを得ない。

そういった雰囲気の渦中に、過去の自民党政権ではありえないことが、小泉前政権に引き継いだ安倍政権で、打ち出された。それは政府は、放送命令をNHKに下したことだ。放送命令は、小泉前政権から、色濃く出ていたが、今回は、更に色濃く出た感じだ。小泉前政権より続いている放送命令の問題は非民主的行動で、望ましくない。

いくら拉致問題に使うとしても、明らかに行き過ぎだ。一つのテーマに対しては有効かもしれないが、民主主義体制として見れば、問題があり過ぎる。拉致問題を利用しての、報道の自由への介入は、言論統制への始まりになる可能性は高い。

こういったことは、現段階ではわからない。現政権も、その意思はないと言明するだろう。だが、将来を踏まえれば、こういった実績は一人歩きし、いずれ他の法律と連動して、言論統制へとつながる可能性が高い。

どうしてもNHKを利用したいのなら、国営放送にすればよい。だが、それが、どういう意味を持つか、わかっているのだろうか。それは民主主義の発達していない国での行いだ。大体、独裁国家が多い。あの独裁政権を見ればわかることだ。小泉前政権も、安倍政権も、民主主義が何なのか、わかっていない雰囲気がある。非常に危いものを感じる。

いったい、このようなことを放置してよいものか。メディア界は、もっときちんと抗議すべきだろう。抗議の仕方が足りない。政権に対して、政府から情報をもらうために、遠慮気味では、メディアの価値はない。米国メディア同様、政権と戦う姿勢が望まれる。それには、まず放送法を改正するべきだろう。また、そのように利用される可能性の高いNHKは、民主主義を守るため、解体をすべきだろう。

そして、残念ながら、ポスト安倍についても早々と論及される段階に入ったと判断できる。あまりにも、いろんな問題を起こしすぎるし、安倍首相も統制能力に欠けると感じられる。自民党には、民主主義がわかった、もっと優秀な人材がいるはずだ。その人たちはもっと奮起して欲しい。

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2006年11月 8日 (水)

観光に写真は必要か

流風も旅行には出かけるが、あまり写真を撮ることはしない。そちらに神経が集中した結果、その地での生での印象が弱くなるからだ。経営者やサラリーマンが、企業向けセミナーの受講したり、学生が大学の授業を受ける時、講師の言うことを必死で書きとめたが故に、その場での理解が浅くなるのと同様である。

さて、日本人観光客は、相変わらず、観光地での写真が好きなようである。そして、それらの旅行が駆け足だということも影響しているだろう。それを補うため、写真を撮ることによって、後日、編集したりして、楽しめるということを期待しての行動だろう。

だが、海外の観光地の捉え方は微妙である。フランスのある雑誌が、そのことを揶揄して問題になったようだが、それは彼らの普通の感覚だろう。旅行先で表面的な写真を撮ったところで、現地の深いところまではわからない。一体日本人旅行客は何をしに来ているのか、という感覚だろう。長期滞在バカンスが通常の彼らにとっては、日本人の行動が奇異に見えるのは仕方ない。

もちろん、観光地で、写真やビデオに夢中になると、結局、目的の観光が疎かになることは、意外と日本人観光客は自覚していないかもしれない。写真を撮ったり、ビデオを回すより、直に、その空気を感じ取り、人間を含めて、いろんな交流を通じて、観察をする方が有意義かもしれない。そういう点は、欧米人に学びたい。

表面的なことより、その地域を深く知ることは、これからの観光国家を目指す日本にとっても、考えなくてはならない課題である。海外旅行者が、日本に、一体、何を求め、何が知りたいのか、そういう欲求、要望に対して、適切に応えていくためには、私達も旅行に対する考え方を変えていく必要があるようにも思える。もっとも、そのためには、長期休暇が必要だが。

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2006年11月 7日 (火)

自衛隊の海外派遣の危うさ

安倍首相は、自衛隊の海外派遣の恒久法を目指しているらしい。しかし、そもそも自衛隊を海外に派遣することが望ましいのだろうか。確かに、欧米諸国(特に米国、英国)は、世界の武力闘争に、日本の自衛隊を使いたいようである。しかし、それに単純に乗せられてはいけないだろう。

武力闘争とは、双方に言い分がある。日本が、どちらかに加担しても、その相手側に恨まれるようなことはすべきではないだろう。それは、日本が武家時代に学んだことだ。敵討ちは、常に敵討ちを生む。それでは、戦いに終わりはない。

アングロサクソンの発想には、平和志向はない。彼らは、戦うことによってのみ、自己を守れると思っている。それは狩猟民族の発想である。日本も戦前、戦後を通じて、狩猟民族の発想を学んだが、真の狩猟民族にはなれなかった。

農耕民族に、狩猟民族の発想はなかなか馴染まない。そして、それはアジアという地域性や営々と築いてきた独自の文化もあるからだ。我々は、無理に狩猟民族になる必要はない。

彼らが戦うのを高みの見物で眺めていればいい。時々適切なアドバイスをし、彼らが私たちを侵略しないようにさえ手を打っておけばいいのだ。だから必要最低限の武器は持ち、同志国家を増やしておけばいい。

更に、守るために、何をすべきかという国民教育も必要かもしれない。日米同盟は、そのうちの一つの手段だ。将来は、日中同盟もありうる。そういったことは、国民の知識としては必要だろう。

しかし、彼らは、日本の戦闘能力に必ずしも期待はしていない。時々示す協力依頼はポーズに過ぎないことを覚えておくべきだろう。どうも、日本の政府トップ層は、そのポーズを真に受けて、日本が真の大国と勘違いされているらしい。

米国の核の傘下にあり、米国に守られていることから脱したいのかもしれないが、残念ながら、自立できるほどの真の力はない。あるというのは錯覚であることは明確だ。“小象と杭”の話で反論があるかもしれないが、そんなに甘いものではない。

もともと国土も狭いし、資源もない。貿易によって蓄積された少しばかりのマネーがあるに過ぎない。それにマネーなんて、いつ紙切れになるかもしれない。優秀といわれている人材だって、高齢化しつつある。人口も減ってくる。日本は、それに相応しい国力が将来ともに約束・確保されているだろうか。とても、そんな余裕はないはずである。

そんな国が、勇ましく、海外に軍を派遣するなんて言える立場だろうか。為政者は現在の国力だけを見て政治をしてはならない。将来的にも、自衛隊の存在そのものは否定しないが、まず世界での日本の役割をしっかり認識した上で、国をしっかり守って、外交をしっかりやることだ。そのためには、従来どおり、経済を振興し、日本の知恵を活かす外交に重点を置くべきだろう。

*平成26年5月16日追記

安倍首相は、集団的自衛権に執着しているようである。ただ、集団的自衛権は、あらゆる「侵略」の口実になりうる危険な考え方だ。日本は、日本的に世界に貢献できる方法を模索することが望ましい。

現在の雰囲気は、戦前、日英同盟を組んでいた時の状況に近い。歴史は繰り返す。現在の日米同盟は永遠ではない。安倍首相は日米同盟を前提とした集団的自衛権を考えているようだけれど、将来、それが解消されても、集団的自衛権は残る。

歴史は繰り返す。その時の政権が集団的自衛権で暴走しないとも言えない。現在だけの状況判断で集団的自衛権を考えてはいけないだろう。極めて短絡的な判断は国を危うくする。

*2015年年8月3日

タイトルを「自衛隊の海外派遣の危うさ」に変更しました。記事の問題意識は当時(2006年11月)と変わりません。

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2006年11月 6日 (月)

治療を拒否する権利

医師の善意と患者側の思いにズレがある場合がある。

例えば、日本では、人工呼吸器を一旦セットすれば、取り外しできないらしい。だが、父が入院した時、そのような説明はなかったと思う。

ただ、それに類する発言は親族側はしているかもしれない。例えば、「本人が苦しまないようにして欲しい」と。医師は、医師の判断として、人工呼吸器をセットした可能性はある。

その状況判断は微妙なところだ。しかし、一旦取り付ければ、取り外しできないという説明はなかった。医師の常識は、必ずしも患者やその親族の常識ではない。

米国では、治療を拒否する権利が認められているそうだ。残念ながら、日本では、その権利は認められていない。

しかし、実際は、患者が、そのように思い込んでいるからかもしれない。そういうことがわかっていれば、上記の例では、人工呼吸器のセットを拒めば、患者の主張は通る。ただ、本人は苦しむかもしれない。

病院に行けば、患者あるいは親族があまりにも医師任せなのかもしれない。その結果、医師は、どんどん治療をする。そうして、人工呼吸器もセットする。

ところが、患者あるいは親族は、その重大性に気づいていない。それは、当たり前と思っている医師の説明不足から来るものからかもしれない。

人工呼吸器以外でも、そのようなケースはあるのかもしれない。前にも触れたことがあるが、延命治療に関するルール作りは必要であろう。

そして、患者も死生観を明確にして、「これこれの時は、こうしてください」と、意識がある前に書類を用意するかして、意思を明確にしておくことも必要かもしれない。しかし、急なことで、本人が判断できない場合はどうするか。死とは、つくづく大変なことである。

そのように考えると、患者のあり方が問われる。結局、患者や親族は医療の常識を学ぶとともに、死に直面した時、自分をどうしたいのかを、日頃から意思表明しておくが大切ということかもしれない。そうすれば、トラブルは避けられそうである。

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2006年11月 4日 (土)

谷崎潤一郎の居宅保存問題

谷崎潤一郎と言えば、『細雪』が有名だが、中学生の頃、『春琴抄』を読んで、変った作風だと思ったことがある。そして、父が持っていた『卍』を内容を知らず、読んで、子供が読んだらまずいだろうな、と子供心に思った。ちょっと刺激的な内容で、大人の世界を垣間見たような気がした。その後も、ちらちら隠れて読んでいた。厳格な父は、少しでも、物を動かすと、変化を察知していたから、薄々知っていたと思う。

ところで、彼は、作家活動のためというか、恋愛と結婚のたびに、当然といえば当然だが、引越し魔と言われるほど、住まいを変えている。もちろん作家活動のためには、家の他に、旅館なども使っている。その居宅や作品の舞台になった旅館などの保存が危機に面している。

まず、彼の初めての持ち家で彼自身の設計である旧邸・鎖瀾閣(さらんかく、神戸市東灘区岡本7丁目)は、震災後、崩れ落ちたこともあり、取り壊されることになっていた。しかし、谷崎研究家の、たつみ都志氏を中心に保存を訴えていた。幸いにも、震災前に、詳細な図面や写真を撮っていたことが判明し、伊丹市の建設業者、則岡工業が移築保存を提案した。そこで、神戸市も岡本梅林公園内に土地を提供し、そこに移築することになったようだ。

建設費は約5600万円必要だが、則岡工業が半額で工事を請け負ったようだ。だが、復元を目指すNPO法人「谷崎文学友の会」(たつみ都志理事長)への募金は、遅々として集まらず、現在、1600万円程度しか集まっていない。そのため、再建は延び延びになっているようだ。

こういった建築遺産は、街づくりのためには、残した方がいいとは思うが、理解を得るには、なかなか難しいようである。募金をすると、それなりにメリットがあるようなので、関心の向きは、下記参考のホームページ、谷崎旧邸「鎖瀾閣」の「谷崎ひまわりファンド」を参考にして欲しい。

次に、明治12年創業で、昭和2年に西宮市甲陽園に開業した、あの「細雪」ゆかりの西宮の料理旅館「播半」後に高層マンションを建てる計画があるらしい。播半は老舗旅館だったが、長引く不況で、経営が悪化し、昨年の九月に廃業している。それを大阪市内の不動産会社が持っているらしい。それを東京の不動産会社が高層マンションを計画しているようだ。

何と言っても、あの播半の敷地は大きかった。約33,000㎡の敷地に、本館や別館、庭園などがあった。昭和天皇も宿泊されたという。そのような施設が、簡単にマンションにされるらしい。とても高層マンションを建てるような地区とは思えないが、西宮市は高層マンションを建てられる地区としているようだ。

何か作為が感じられるが、経済の流れからしたら、仕方ないのかもしれない。しかし、惜しまれる。なんとか残すことはできないものか。日本の文化を残す発想は不動産会社にはないのだろうか。ベッジファンドでもなんでもいいから買い取って保存してくれないものか。

谷崎も、日本の風情がなくなるのを地下で嘆いているかもしれない。でも、彼を嘆かさないように、私達もできることから、しないといけないのかもしれない。そして民間不動産会社・建設業者も、日本文化を残すような方面にもっと関心を持ってもらいたいものだ。そういう活動が長い目で見れば、営業活動につながると思うのだが。

 

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2006年11月 3日 (金)

『竹取物語』のテーマ~愛と不老不死

           逢ふことも 涙にうかぶ 我身には

              死なぬくすりも 何にかはせむ

                     (竹取物語、御門御製)

不老不死は、人類の歴史上、悩めるテーマかもしれない。長生きは、人生の成功といわれるが、それでも、人間の寿命はどんなに長生きしても、せいぜい100年程度だ。そんな時、不老不死の薬を差し上げると言ったら、人はどのように対応するだろうか。

その物語が、子供の頃、よく読んだ『竹取物語』である。当時は、かぐや姫の出す難問に、貴公子たちが右往左往する姿が奇異に感じられた印象が強かったが、作者の本当の意図は、別のところにあったのだと少し分かったのは、大人になってから。

さて、『竹取物語』に出てくる御門は、「愛は、不老不死の薬より大事だ」と言った。御門は、かぐや姫の容姿だけでなく、心から本当に好きだったんでしょう。何せ、文通が三年に及んだ交流があったのだから、余計に想いが募ったのかもしれない。それで、先に挙げた歌を詠んでいる。

かぐや姫も、単に美貌につられて言い寄る他の貴公子よりは、御門を可哀想に思ったらしく、次の歌を返している。

             今はとて 天の羽衣 きるおりぞ

                 君をあわれと 思ひいでける

                       (竹取物語、かぐや姫)

結局、かぐや姫は、連れ去られ、天の羽衣を着ることによって、人間世界のことは忘却の彼方へと旅立つ。御門は、かぐや姫との思い出は忘れがたく、天に一番近い山に、姫にもらった不老不死の薬を燃やしてしまう。それが「富士」山だ。

一般に、不老不死の薬をあげるから、私への愛は諦めてくれと言われたら、人はどのように反応するだろうか。確かに愛に燃え上がっている時は、愛をくれないなら、不老不死の薬など、どうでもいい、と思うだろう。その気持ちは美しい。

だが、少し冷静になれば、不老不死の薬を取っておけばよかったと後悔するかもしれない。人間とは、そういうものだろう。去れば、いつの間にか、忘れ去られる存在でもある。

その後の御門の行状はわからないので、何ともいえないが、時々想い出に浸るだけだろう。そして、新しい恋愛があったかもしれない。それでは、少し、ロマンがなさ過ぎるか。むしろ、それが現実だから、この物語に意味があるのかもしれない。御門のその後の行状を暗に批判したものとも捉えられる。

しかしながら、遺された者が、愛する亡き人を思い続けることは、生きるには負担になる。適度に忘れ去る方が、生きていくには楽かもしれない。生きることは楽しくもあり、辛いことである。いろんな思いをするなら、やっぱり、せいぜい100年くらいの寿命でいいのかも。

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2006年11月 1日 (水)

浮遊する大阪経済

大阪の景気も少しは良くなりつつあるようだが、そのテンポは非常にゆっくりしたものだ。大阪経済の地盤沈下が言われて久しい。あの武田薬品も研究所を神奈川県の藤沢に移すらしい。大阪の老舗が、どんどん東京方面に吸い取られていく。その結果、地盤沈下はますます深刻になる。

だが、当局は本当の危機感が薄く、何も手を打ってこなかったのが実情だろう。ある東京の学者は大阪の地盤沈下について、過去に述べていたことを少し思いだしつつ整理してみた。

まず、バブルで、大阪を根城とする金融資本が傷ついたことが、現在でも大きく影響している。旧住友銀行、旧三和銀行、旧大和銀行などの都市銀行はもちろん、地方銀行の破綻は、大阪経済を根こそぎ、ひっくり返してしまった。公的資金の返済は徐々に進んでいるようだが、その傷は未だ癒えず、大阪の活力を奪っている。その結果、大手企業は見放し、東京にウエイトを置く結果になった。当時の金融政策と金融機関の作り出した罪は大きい。

次に、大阪は、大学を周辺に追い出してしまい、大阪に情報の基盤を失ったことが、経済の地盤沈下につながっている。結局、それが、「東京の下請け化」を促し、東京にとっては、大阪は「一つの地方」に過ぎなくなったというのである。最早、牙もとられて、かつてあった東京に対する抵抗心も失われているのかもしれない。

そして、もう一つは、よく言われていることは、大阪の「地の人間(地元の人)」は伝統的に“仕事”をしないということだろう。そんなことを言うと、「何を!俺はちゃんと仕事している」と言われるかもしれない。

だが、それは“仕事”ではなく、“作業”の場合が多い。伝統的に、大阪は他の地区からやってきた人々がビジネスを起こしている。地の人は、彼らに使われている。そして、年月と共に、よそ者も土着化する。そうして、新しい活力が停滞する。東京が活力があるのは、将来はわからないが、次々と新しい人が入っているからであろう。

そういう意味では、現在、大阪は、他の地区(あるいは他の国)からの人材の流入が少ないのかもしれない。そういう人々を受け入れる素地をもう一度確認すべきだろう。そうすれば、彼らが新しいビジネスを創造してくれる。それを後押しすればいいのだ。

残念ながら、以上の指摘は当たっていると思う。だが、当局は、この指摘を十分に活かしていない。

新しいビジネスを育成する新しい金融の仕組みはまだできていない。ベンチャー育成と言って、投資を促すが、そこに行くまでの人材の育成を怠っている。結果的に、中途半端なベンチャー企業が多すぎる。当局や金融関係機関が人材の育成の重要性にいつ気がつくのであろうか。それらはお金だけで解決できるものではない。

それに大学は増えていないし、それに伴う産業の研究所も増えていない。何か基幹になるものがなければ、情報は集まらない。集まらなければ、分析もできないし、課題も見つからない。当局は、暢気に時代を読めなかったということでは済まされない。

そして、他の地区からの人々の受け入れも積極的ではないかもしれない。新しいビジネスの創造が一体何を意味するのか、考え直す必要があるかもしれない。全く新しい発想をする人々を迎え入れる環境を整えることが大切ではなかろうか。当局は、それを踏まえて、人々を説得すると共に、企業が進出しやすい環境を整備するべきだろう。

結局、基本に戻って、よく言われる、「人、モノ、金、情報」の再整備が必要だ。当局は今からでも整備をするべきだろう。現在のままでは、東京に大きな災害でもない限り~過去に関東大震災で実績がある~、大阪の復活は望めないだろう。当局は、もっと考え方を変えて、大阪の再建に取り組んで欲しい。

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