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2006年11月17日 (金)

歴史的いじめ問題と鳴らずの鐘

流風は、赤穂には、二度くらいしか今までに行ったことはないが、いつもシーズンオフに行っている。赤穂周辺は、今までの印象では、人もそんなに多くなく、落ち着いた街である。現在では、多少感じが違っているかもしれない。来年、久しぶりに行ってみようと思っている。

さて、年末になると、恒例の日本三大仇討ちの一つである赤穂浪士の物語で盛り上がる。基本は仇討ちだが、元を糾せば、昔のいじめ問題であるとも言える。昔から、お殿様の段階でもいじめはあった。だが、信じられないことだが、最近の若い人は、この史実を知らない人も多いらしい。

そこで、一応記すと、元禄十四年三月十四日、江戸城本丸御殿松の廊下で、日頃から苛められて、堪忍袋の緒が切れた赤穂藩主浅野内匠頭長矩(ながのり)が、高家筆頭の吉良上野介義央(よしひさ)を斬りつけたことにより、本来、喧嘩両成敗なのに、長矩は翌日切腹、赤穂城は明け渡すように命じられた。

筆頭家老だった大石内蔵助良雄(よしたか)は、お家再興に奔走するが、望みは断たれ、討ち入りを決断する。彼は、「昼行灯」と渾名がついていたが、当然その通りでは、家老などになれるものでもない。要するに、ポイントをきちんと押さえていたという事でしょう。それにアホな振りをするのも、指導者には必要。

そして、彼の入念な計画により、翌年の元禄十五年十二月十四日、浪士四十七名で吉良邸に討ち入りし、長年の恨みをはらすことになる。

果たして、誰が悪いのかは、よく論じられている。まず、苛めた吉良上野介義央が悪いという意見。しかし、彼は地元では、良い政治を行っており、領民からは慕われていた。ただ若い人には、少々いやらしいものの言い方をしたり、肝心なことを教えなかったと云われる。今でも、いますよね、そういう御仁。

そして、事件を起こした浅野内匠頭長矩が悪いという意見もある。お坊ちゃまで、辛抱ができなかったというのである。殿様というのは、多かれ少なかれ、世間知らずで、そうであろう。

結局は、周囲が、きちんと手当てしなかったのであろう。殿様の潔癖な指示を鵜呑みし、世間の常識がわかっていなかったことが、うまく行かなかった要因のようである。まあ、この問題は難しい。世才に長けた部下がいなかったことが禍をもたらしたのは確かだが。

そして、もう一つは、幕府が悪いという意見だ。事件後の処置は早いが、将軍周辺の判断ミスと云われている。喧嘩両成敗を考慮に入れず、客観的に事件を把握することができなかったことが、世間に漏れ聞こえ、批判されている。世間の判官びいきということを割り引いても、やはり問題はあったのだろう。

こうなると、皆が悪いことになる。これは、現在のいじめ問題に似ています。本当の原因は何だったのかがぼやけてくる。根本を見ると、そのベースは、塩田収益が高い赤穂藩に対する、吉良上野介義央の嫉妬だったと云われる。

実は、男の嫉妬も、女の嫉妬同様、ずっと根深い。歴史的にも、そういう心理的葛藤がいじめを生む要因なのだろう。複雑そうに見えて、案外、そういうところに問題の根はあったのかもしれない。

それはそれとして、JR播州赤穂駅から、南に歩くと、花岳寺がある。そこには、鳴らずの鐘がある。幕府は、浪士の処分に困ったが、結局、彼らに切腹を命じた。そして浪士切腹の報せが赤穂に届くと、民衆が冥福を祈って鐘を打ち鳴らし続けた結果、音が尽きたということから、そう伝えられている。

主君に忠義の士であったことから、彼らは後年、「赤穂義士」と呼ばれる。そして、それは閉塞感のあった時代を打ち破ったとも云われる。よく云われるように息苦しい時代であったのでしょう。

*(参考) 観光ルート

JR播州赤穂駅下車、観光案内所で、観光のパンフレットをもらって、南に歩く。

  花岳寺→大石神社→赤穂城跡→赤穂市立歴史博物館

時間があれば、少し離れているけれど、赤穂海浜公園、赤穂市立海洋科学館・塩の国も行ってみたい。

赤穂温泉に浸かって、一泊する場合は、赤穂御崎に出て、赤穂市立美術工芸館 田淵記念館での鑑賞もいい。12月17日までは、赤穂ゆかりの画家『鈴木百年・松年』展が開催されている。

時間に余裕があれば、JR坂越駅で、下車すれば、ちょっとした歴史的な雰囲気を味わいながら、散歩ができる。

*(参考)日本三大仇討ち

      曽我兄弟の仇討ち、伊賀越の仇討ち、そして赤穂浪士の仇討ち

*(参考) 漢詩二編

        ◎漢詩 『四十七士』 大塩中斎

              臥薪嘗胆幾辛酸

              一夜剣光雪に映じて寒し

              四十七碑なお主を護り

              凛然冷殺す奸臣の肝

         ◎漢詩 『泉岳寺』 坂井虎山作

              山嶽崩すべく海翻すべし

              消えず四十七臣の魂

              墳前満地草苔湿(うる)おう

              盡(ことごと)く是れ行人流涕(てい)の痕(あと)

 

 

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