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2006年11月11日 (土)

栗の季節と思い出

栗が、あちらこちらの売り場においてある。先日は、生鮮食料品売り場とは全く関係のない小売業者の店先にあったのには、少々驚いた。多分、経営者の田舎か知り合いから取り寄せたのでしょう。でも、本業をしっかりやってもらいたいなあ(笑)。

栗についての思い出で、一番印象が強いのは、かなり若い時、知人の女性から、「マロングラッセ」を頂いたことだ。しかし、当時、流風はそんなものがあるとは知らず、たった四粒だったので、瞬く間にぱくぱく食べて、顰蹙を食らった。

大体普段食べるのは、焼き栗(甘栗)の類で、若いから、質より量重視。後から聞いた話では、彼女は結構、流風に気があっらしいのだが、そんな気も知らず、そういう行為をしたものだから、女性の仲間でも評判になったらしい。女性から贈り物をもらったら、その扱いは慎重に。それがその時の教訓だ。

焼き栗(甘栗)は祭りなんかで、よく買ってもらっていたと思う。でも、あれは中国天津産。しかし、あの独特の甘さが好きだ。ただ皮を剥くと、手が汚れるので、後で石鹸でもなかなか落ちないのに苦労した。最近は剥き栗も売っているが、あれは食べた気がしない。剥く作業が食べる楽しさの一つだと考えれば、手が汚れるのも仕方がない。

栗の甘煮は、正月のお節に母がいつも用意していたので、好きなものの一つだ。毎年、正月になると、食するものの一つだ。子供の頃は、取り合いになっていた。今でも、栗きんとんより好きだ。

栗御飯もすきな料理の一つだ。熱湯で20分ほど湯がいて、皮を剥く作業を見ているだけで、よだれが出ていたものだ。塩が少し利いて甘さが強く感じられた。豆御飯の豆は少なくしてくれと母に言っていたのに、栗ごはんは栗をたくさんとねだっていた。子供の頃は、あの豆の青臭いのが苦手だったが、年とともに好物になっているが。でも、栗ごはんは、ずっと変らない。

栗羊羹も良く買う。特に高いものではなく、以前にも書いたように思うが、百貨店の駄菓子屋コーナーで買う安いもので満足している。栗饅頭は子供の頃は好きであったが、最近はあまり買わない。子供の頃は、贈答によくもらったように思う。あの皮が口内につく感触を久しぶりに味わってみるか。

ケーキなど滅多に食べない父が唯一好きなものが、モンブランだった。それも指定のケーキ屋だった。先日、初めて食べてみたが、確かに美味しい。有名な会社だが、あまり大量に作っていないらしい。父の舌もなかなか確かだったことをはじめて知った次第。

そうそう、数日前、電車で出会った子供さんも、最近にしては珍しく、くりくり坊主だった(笑)。

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