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2006年11月30日 (木)

老いらくの恋と謡曲『恋重荷』

最近は、結構、年齢差カップルが誕生している。長寿社会の影響かもしれない。しかし、若い時の恋の失敗は、何度でもチャンスがあるから、痛手は少ないが、ある程度、歳を取ってからの恋は、負担が大きい。色々なトラブルを覚悟しなければならない。

謡曲にも、許されぬ恋物語として、『恋重荷』がある。但し、老人の分不相応な一方的な片思いである。これは、若い女性に、すぐ手を出す当時の貴族階級に対する、からかいという解説もある。あらすじを、少し茶化しながら、メモ的に記しておこう。ご存知の方は読み飛ばしてください。

一、白川院の御所に、菊の下葉を取る(菊の手入れをする)山科庄司という身分卑しい老人がいた。

流石、御所は、菊の手入れをするだけの人を専門に雇っていたのだろうか。それだけ、当時から既に、菊の持つ意味が深かったのだろう。しかし、このモデルが、実際、身分の低い人であったかどうかは、流風は、少しあやしいと見ている。あくまで見立てたにすぎない。モデルは、貴族階級の老人であったと考えられる。

二、ある時、彼は女御(天皇の第三夫人)の姿を垣間見て、一目惚れしてしまう。そして、その噂が広まる。

現代でも、一目惚れはあるだろうが、当時のような身分社会では、本当にプラトニック・ラブだ。そうでなくても、当時の男女は直接、顔を合わせることはしなかった。せいぜい偶然に垣間見るぐらいだ。

よって、皆の関心事である男女のことは、ちょっとしたことでも、世間の噂も誇張して伝わったのに違いない。でも、美しいと聞けば、ついつい手を出したくなる男心。女性たちには、大変な迷惑なことだっただろう。まさに壬生忠見の歌(*参考参照)の通りの心境だったかもしれない。

三、卑しい者がうっかりと女御の姿を見るのさえ罪であるのに、ましてや恋をするのは以ての外。

偶然見かけても罪とは、これは大変だ。西洋では、視姦ということが言われるが、当時の日本も、そういう道徳観があったのかもしれない。今の日本だったら、どうなるのでしょうかね。身分違いの恋というか、分不相応の恋は今でもあるだろうが。

四、臣下は、庄司を呼び出して、そのことを確認する。そこで女御は、庄司を笑いものにして、彼の恋を諦めさせようとする。すなわち臣下に綾錦(美しい布)で包んだ重荷を用意させ、これを持って庭を百回、千回と回ったならば、今一度女御の姿を見せようと約束する。

こういうことを考える女御は、十分若かったのでしょう。熟女は、そういう発想はしないだろう。恋のベテランだったら、うまくあしらうでしょうからね。あくまでも若い女御というのが、この物語のポイント。それに、男は、いくつになっても、若い女性が好きだから。でも、後日、その実態を知って深く幻滅もするのであるが(笑)。

五、彼は喜んで持とうとするが、あまりにも重いので、どうしても持ち上がらない。力の限りを尽くすが、精根尽き果てて、弄ばれたことに気づきつつ、恨んで、ついに空しく成り果てる。

年寄りがあまり重い物を持ち上げると、ぎっくり腰になる。いくら思いつめても、そこまでしたらいかんでしょ。若い時に、恋をしないとこういうことになる。危ない、危ない。

六、臣下は、女御の誤った趣旨を感じ取り、女御に一目見てやるよう伝える。

女御の真意を知らなかった臣下は、女御の姿勢を始めて婉曲に批判。でもねえ、もっと早く気づいて、女御に警告すべきだよ。いくら臣下でも。

七、女御は、これを聞いて悔やみ、庄司のところへ行き、憐れむと体が動かなくなる。

女御自身、やり過ぎて、悪かったと思ったんでしょ。反省しすぎると、よく起こる現象。

八、その前に庄司の亡霊が現れ、恨みを込めて責め込む。

恨みは通ずるという怖い話。勝手に恋をされ、恨まれる女御も災難だけど。

九、弔ってくれるならば、恨みを忘れて守り神になると誓う。

ここら辺は、作者が優しいね。庄司が女御を愛していたからという解釈だろうが、恨みは、そう簡単に、はれるもんですかね。普通は、女御も呪い殺されるというのが本来の筋。でも、そうすると、能が暗くなりすぎるし、仏教観も伝わらないから、そうしたのかも。

このように、老いらくの恋は危ない。この『恋重荷』とは異なるが、『源氏物語』の光源氏が妻にした女三の宮との年齢差は25歳であるから、年齢差カップルと言って差し支えないだろう。その結果、女三の宮は柏木との過ちを犯す。それは光源氏が、かつて誤ったように。

そういうことは、現実に、よく起こっていることであり、年齢差をカバーすることはなかなか難しいようだ。やはり、恋に年齢は関係ないというものの、中高年の恋愛の相手は、常識的な年齢差が望ましいようですな(笑。*注)。

*参考) 壬生忠見の歌 (『拾遺集』、及び百人一首)

         恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり

             人知れずこそ 思ひそめしか

*注

この「常識的な年齢差」というのは、確かに判断しにくい。男女ともに、ある程度の年齢を過ぎれば、かえって、年齢差は、あまり意味がなくなるのも事実だからだ。ここでの物語は、老人が若い女性(20代前半まで。この女御は10代後半だったかもしれない)に恋い焦がれたから、皆の笑い物になったということ。

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