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2006年11月 6日 (月)

治療を拒否する権利

医師の善意と患者側の思いにズレがある場合がある。

例えば、日本では、人工呼吸器を一旦セットすれば、取り外しできないらしい。だが、父が入院した時、そのような説明はなかったと思う。

ただ、それに類する発言は親族側はしているかもしれない。例えば、「本人が苦しまないようにして欲しい」と。医師は、医師の判断として、人工呼吸器をセットした可能性はある。

その状況判断は微妙なところだ。しかし、一旦取り付ければ、取り外しできないという説明はなかった。医師の常識は、必ずしも患者やその親族の常識ではない。

米国では、治療を拒否する権利が認められているそうだ。残念ながら、日本では、その権利は認められていない。

しかし、実際は、患者が、そのように思い込んでいるからかもしれない。そういうことがわかっていれば、上記の例では、人工呼吸器のセットを拒めば、患者の主張は通る。ただ、本人は苦しむかもしれない。

病院に行けば、患者あるいは親族があまりにも医師任せなのかもしれない。その結果、医師は、どんどん治療をする。そうして、人工呼吸器もセットする。

ところが、患者あるいは親族は、その重大性に気づいていない。それは、当たり前と思っている医師の説明不足から来るものからかもしれない。

人工呼吸器以外でも、そのようなケースはあるのかもしれない。前にも触れたことがあるが、延命治療に関するルール作りは必要であろう。

そして、患者も死生観を明確にして、「これこれの時は、こうしてください」と、意識がある前に書類を用意するかして、意思を明確にしておくことも必要かもしれない。しかし、急なことで、本人が判断できない場合はどうするか。死とは、つくづく大変なことである。

そのように考えると、患者のあり方が問われる。結局、患者や親族は医療の常識を学ぶとともに、死に直面した時、自分をどうしたいのかを、日頃から意思表明しておくが大切ということかもしれない。そうすれば、トラブルは避けられそうである。

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