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2006年11月 7日 (火)

自衛隊の海外派遣の危うさ

安倍首相は、自衛隊の海外派遣の恒久法を目指しているらしい。しかし、そもそも自衛隊を海外に派遣することが望ましいのだろうか。確かに、欧米諸国(特に米国、英国)は、世界の武力闘争に、日本の自衛隊を使いたいようである。しかし、それに単純に乗せられてはいけないだろう。

武力闘争とは、双方に言い分がある。日本が、どちらかに加担しても、その相手側に恨まれるようなことはすべきではないだろう。それは、日本が武家時代に学んだことだ。敵討ちは、常に敵討ちを生む。それでは、戦いに終わりはない。

アングロサクソンの発想には、平和志向はない。彼らは、戦うことによってのみ、自己を守れると思っている。それは狩猟民族の発想である。日本も戦前、戦後を通じて、狩猟民族の発想を学んだが、真の狩猟民族にはなれなかった。

農耕民族に、狩猟民族の発想はなかなか馴染まない。そして、それはアジアという地域性や営々と築いてきた独自の文化もあるからだ。我々は、無理に狩猟民族になる必要はない。

彼らが戦うのを高みの見物で眺めていればいい。時々適切なアドバイスをし、彼らが私たちを侵略しないようにさえ手を打っておけばいいのだ。だから必要最低限の武器は持ち、同志国家を増やしておけばいい。

更に、守るために、何をすべきかという国民教育も必要かもしれない。日米同盟は、そのうちの一つの手段だ。将来は、日中同盟もありうる。そういったことは、国民の知識としては必要だろう。

しかし、彼らは、日本の戦闘能力に必ずしも期待はしていない。時々示す協力依頼はポーズに過ぎないことを覚えておくべきだろう。どうも、日本の政府トップ層は、そのポーズを真に受けて、日本が真の大国と勘違いされているらしい。

米国の核の傘下にあり、米国に守られていることから脱したいのかもしれないが、残念ながら、自立できるほどの真の力はない。あるというのは錯覚であることは明確だ。“小象と杭”の話で反論があるかもしれないが、そんなに甘いものではない。

もともと国土も狭いし、資源もない。貿易によって蓄積された少しばかりのマネーがあるに過ぎない。それにマネーなんて、いつ紙切れになるかもしれない。優秀といわれている人材だって、高齢化しつつある。人口も減ってくる。日本は、それに相応しい国力が将来ともに約束・確保されているだろうか。とても、そんな余裕はないはずである。

そんな国が、勇ましく、海外に軍を派遣するなんて言える立場だろうか。為政者は現在の国力だけを見て政治をしてはならない。将来的にも、自衛隊の存在そのものは否定しないが、まず世界での日本の役割をしっかり認識した上で、国をしっかり守って、外交をしっかりやることだ。そのためには、従来どおり、経済を振興し、日本の知恵を活かす外交に重点を置くべきだろう。

*平成26年5月16日追記

安倍首相は、集団的自衛権に執着しているようである。ただ、集団的自衛権は、あらゆる「侵略」の口実になりうる危険な考え方だ。日本は、日本的に世界に貢献できる方法を模索することが望ましい。

現在の雰囲気は、戦前、日英同盟を組んでいた時の状況に近い。歴史は繰り返す。現在の日米同盟は永遠ではない。安倍首相は日米同盟を前提とした集団的自衛権を考えているようだけれど、将来、それが解消されても、集団的自衛権は残る。

歴史は繰り返す。その時の政権が集団的自衛権で暴走しないとも言えない。現在だけの状況判断で集団的自衛権を考えてはいけないだろう。極めて短絡的な判断は国を危うくする。

*2015年年8月3日

タイトルを「自衛隊の海外派遣の危うさ」に変更しました。記事の問題意識は当時(2006年11月)と変わりません。

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