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2006年12月30日 (土)

天網恢々疏にして漏らさず (『老子』第七十三章より)

流風の好きな『老子』に次の文章がある。一生懸命何かに取り組んできて、最後の一戦という時の心構えとしては大切と感じているので、年の終わりに、若干の解釈を交えながら、以下紹介しておく。

    敢に勇なれば則ち殺し、不敢に勇なれば則ち活かす。

  此の両者は、或いは利、或いは害。

  天の悪む所、孰か其の故を知らんや。

  是れを以って聖人は、猶之を難しとす。

  天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、

  召さずして自ずから来たり、繟然として善く謀る。

  天網恢々疏にして漏らさず。

                    (『老子』第七十三章より)

「敢に勇なれば則ち殺し、不敢に勇なれば則ち活かす」とは、要するに積極的な蛮勇より、消極的な本当の勇気の方が望ましいとしているのだろう。

積極的になるというのは、一見勇ましいが、何も考えていないとも言える。待ちの姿勢で泰然自若としている方が、強く見える。

それには自己を鍛え、深く見据え、強い眼力と度量で相手に襲わせない見識・胆識が求められる。ガンジーの無抵抗主義にも近いかもしれない。相手を殺してしまえば、そこから何も生まれない。

相手を活かし、自分を活かし、さらに高い次元を目指すといえば、老子の本旨と違うだろうが、流風には、そうとも感じられる。どこかの国のように、やたらと他と争うことを、戒めているようにも思える。この精神は、『孫子』にも活かされている。

「此の両者は、或いは利、或いは害」は、積極的な蛮勇と消極的な本当の勇気とどちらに利があり、どちらが害があるのだろうか。

各人考えてみることが大切だ。どちらが省エネかおわかりだろう。しかし、これには自力がなければかなわない。消極的(不敢)という字面に迷わされてはいけない。

「天の悪(にく)む所、孰(たれ)か其の故を知らんや」は、人々は、天がどちらを憎むかについて、意外と考えていない。

私達は、戦後、積極的行動が支持される風潮の中で育った。例のプラス思考もそうだろう。だが、いつもそればかりでは疲れてしまう。自己の内面を鍛え、何にも動じない精神の涵養が求められる。

「是れを以って聖人は、猶之を難しとす」は、聖人であれば、何事も敢えてする力を持ちながらも、積極的にやることは困難だと理解し、何もやらない。

そうかといって、何もしないのではない。何事にも屈しない力は蓄える必要がある。他者が恐れるくらいの力は養わなければならない。その上で、他者に何もしない。

「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自ずから来たり、繟然(たんぜん)として善く謀る」は少し長いが、以上のことの具体的対応を説明したもの。

こちらから争いをかけることなく、しかも相手に打ち勝ち、自ら言葉を発することはしないが、相手の言葉には適切に応じ、相手をこちらから招くことはないが、先方から訪問してくるようにし、あっさりして、あまり細かな思慮をせずとも、計画は自然で筋が通っている。

「天網恢々疏にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)」という言葉という一文は大抵の方がご存知だろう。

結論として、天の道は、自然体で、作為で成り立つものではないと言っている。天の網の目は粗く広大なため、一般の人間にはわからないが、天は全て把握していて、全てのものは、あるようにあるのである、というようなことであろうか。

結局はあるべきように収まるのだから、天の差配に任せるべきである。人間は天からすれば、蟻のような存在である。であれば、天に任せれば、あるべき方向に、成るようになる。

人間、なかなかこの域に達するには大変だ。人間社会以前の状態は確かにそうであろう。老子は、人間社会が作り出す複雑さで、誤魔化され、この世の本来ある姿を思い出せと言っているのかもしれない。

人間社会を分析した孔子についても、老子は、お前は作為がありすぎると批判しているというう噂だ(老子が孔子に会っているかは不明)。現実の人間社会では、孔子のような世渡りが求められるだろうが、老子の言う精神は時々思い出して尊重したいと思う。

*注

また「天網恢々疏にして漏らさず」は、原典では、「漏らさず」は「失わず」となっている。ある本で、誤記したものが、普通に使われるようになったそうである。また最近は、「疏」を「疎」と表記している書物も多い。

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