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2006年12月29日 (金)

酒飲みと落語『市助酒』

最近は少なくなったようだが、夜、夜回りの人々が、拍子木を叩いて、「火の用心」カチッカチッと言わせながら、通り過ぎていた。自警団とか、消防団や自治会の人々が回っているのだろう。子供の声も聞こえる。流風も、子供時代、かじかむ手を辛抱しながら、拍子木を打って回っていたことを思い出す。

さて、今回取り上げる、落語『市助酒』は、その夜回りの市助が主人公である。別に好きで夜番になったわけではなく、彼は、生来の酒好きがたたって、大酒屋の身代を潰してしまったのだ。その挙句の果てというのが、今の彼の姿なのである。夜回りして、いくらかの金を手にしているのだ。

(大体、身代を棒に振るのは、飲む、打つ、買うが過ぎることだろう。飲むは飲みすぎということもあるだろうが、何の目的か知らんが(笑)、飲み屋への通いが多すぎることだろう。打つは、言うまでもない博打に精を出すことだろう。現代では、訳のわからない投資話に乗って事業資金を投資することも含まれよう。買うは、女性問題ですね。ちょっとまとまったお金が入ったということで、女性を世話したりして、仕事に身が入らなくなり、事業を傾ける。)

寒い晩の夜回りはきつくて楽な仕事ではない。そうすると、辛抱たまらず、生来好きな酒を一杯ひっかけて夜回りすることになる。夜回りしていると、伊勢屋から灯りが見えたので、挨拶して声をかけると、そこの番頭は、「また酒に酔いやがって。馬鹿な奴だ。喧しいからさっさと行け」と叱りつける。

(確かに、番頭の指摘は正しい。酒が入っていれば、正しい判断もできないだろうし、急場に対応できるか怪しい。)

その声を聞いた伊勢屋の主人は、聞きとがめ、「これこれ、そんなことを言うもんじゃない。これはもともと、私共の奉公人が行かなければならないところを、便宜上、あの男にさせているんだ」と言う。

(今で言えば、アウトソーシングしていたんですね。外回りさせて、風邪でもひかれたら、仕事に差し支えるから頼んでいたのかも。そのことは、次の言葉でわかる。)

更に主人が言うには、「あれが回ってくれなんだら、どうするんだ。あれが回ってくれるから、自分たちが回らんですんでいるんだ。今夜は風もきついし、寒さも増す。それを叱りつけるとは何とも可愛そうなことだ。ああいう者は労わらないと」と番頭をたしなめる。

(ここら辺が、主人と番頭の違いと言えようか。主人になる人間は、それなりに深謀遠慮。)

流石に、番頭も思い直し、翌日から、市助がやって来ると、酒を飲ませて慰めた。これには、市助も大変喜び、番頭にお世辞を並べ、いい心地で帰っていく。そして、ぐっすり眠ってから、また回りだす。

(誰であれ、気持ちよく仕事をさせることは、大切だ。最近は、わかっていない経営者も多いが。)

伊勢屋の番頭が、また「ご苦労さんだな。気をつけてまあんなさい」と言うと、市助は、「へえ、お宅さんは焼けたってようございます」とオチ。

(要するに、伊勢屋は夜遅くまで、灯りが漏れて無用心と思ったが、いつ行っても、番頭が起きている~多分交代制。だから、火の用心の心配はいらない、ということを皮肉ったもの。)

伊勢屋さんは、よく繁盛しているのでしょう。こういう商人は、小さいことの配慮が行き届くので、火事を出すことも少ない。火事を出すのは、やはり小さいことの目配りができていない仕事の暇なところだ。

往々にして、あまり儲かっていないところが、火事を出す。そして、火事は七代恨まれるから、そこでは商売できなくなる。よく働き、細かいところまで、目配りするのが、商売を繁盛させる要諦のようだ。

それはそれとして、年末・年始、お酒を頂く機会は多いが、ほどほどにして、火の用心を心掛けたいものです。特に酒飲みの方、ご用心、ご用心。

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