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2006年12月11日 (月)

蕪村と神戸

俳句の方面は、かなり疎い流風だ。川柳は好きだが、俳句は、まだ関心の領域に入っていない。とは言いつつ、神戸がらみのものを少し調べてみた。今回は蕪村を取り上げてみる。

まず蕪村の名の由来は、陶淵明の『帰去来辞』(*参考参照)から取っているらしい。「蕪村」とは、荒れた村という意味。その裏には、どういう意味が込められているのだろう。

さて、江戸俳諧の巨匠、俳人蕪村は、摂津国(現在の大阪市都島区)生まれだが、神戸に度々来ているようだ。彼は俳人の方が有名だが、画家としても名高い。俳画の創始者といわれる。しかし、画の方は、未だ鑑賞したことがない。いずれ機会があれば見てみたい。それでは、神戸に来て、詠んだ句を下記以下に記してみよう。

<摩耶山周辺>

               菜の花や 月は東に 日は西に

 摩耶は、当時、初午の縁日は名高かったらしい。摩耶が馬屋・厩に通ずるところから、多くの人々が飼馬の無難を祈って、馬を連れて参ったらしい。その後、摩耶詣が俳句の季題に選ばれたことから、摩耶山が俳句の山として有名になった。

 摩耶山天上寺は蕪村もしばしば訪れ、宿坊で句会を開いたようです。その後、多くの俳人が句会を開くことになります。有名な、この句は境内に句碑があります。摩耶詣での帰り道に摩耶山の中腹あたりで詠んだ句とされる。その他にも詠んでいるようだ(*参考参照)が、この句が一番有名だろう。俳画の特徴がよく出ている。眼前に景色が見えそうだ。

<敏馬(みぬめ)浦周辺>

神戸に弟子がいたので、度々神戸には足を運んでいる。特に敏馬浦(敏馬神社から現在のHAT神戸辺りで、県立近代美術館のあるところぐらいだろうか)は、当時美しい浜辺であったようで、その風光を愛し、京都から兵庫に来る場合は、必ず寄っていたらしい。

残念ながら、ここで詠んだ句は確認していない。代わりに、この近くにいた弟子たちが、敏馬神社に俳句絵馬を奉納しているという。

<須磨浦周辺>

               春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな 

 このあまりにも有名な句は、須磨の浦で詠んだ句とされ、須磨浦公園に句碑がある。俳句に疎い流風でも、学生時代に習って知っている。「菜の花や」同様、雰囲気が手に取るようにわかるのは、嬉しい。

<須磨寺境内>

               笛の音に 波もよりくる 須磨の秋

 須磨寺に保管されている、平敦盛の「青葉の笛」にちなんだ詠んだ句である。境内の源平の庭前に句碑がある。敦盛については、以前記したので、ここでは省く。須磨寺には、時々行くが、句碑については、素通りだった(笑)。次回行った時に確認してみよう。

 神戸では、『文化創生都市づくり』として、「文化に学び、芸術に磨かれるまちづくり」を目指しているそうだ。流風はあまり大上段に構えるつもりはないが、自分が関心を持ったことを今後も記していくつもり。

*(参考) 摩耶山における他の句と云われるもの

               やどり木の 目を覚ましたる 若葉かな

               畠打の 目に離れずよ 摩耶ヶ嶽

               菜の花や 摩耶を下れば 日のくるる

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