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2006年12月27日 (水)

餅つきの思い出

先日、久しぶりに餅つきする姿を見た。消防団の方々が、近所の子供を招いてやっているようだった。餅つきといえば、杵と臼の童話を思い出すが、内容は忘れてしまった。確か、どちらが偉いかというような話だったと思うのだが。

正月を迎えるにあたり、お餅の準備をされている家庭も多いだろう。お餅は健康食であり、保存食でもある。流風家は基本的に丸餅である。でも、子供の頃は、切り餅(但し、切らない状態で、家庭で正月を過ぎてから切る)も用意されていた。

さて、子供の頃(多分小学校に上がる前)、近所で餅つきをやっていた。近所の者が総動員でやるのだ。わいわいやるので、子供としては楽しかった。杵と臼を借りてきて、近所でもち米を出し合い、皆で餅をつくのである。力持ちのおじさんが中心に、「よいしょ、よいしょ」の掛け声と共に、杵をつく。お母さん方も手水をタイミングよくやっていた。

流風も杵を持たしてもらうのだが、重くてふらふらしていたのを覚えている。周囲がハラハラしているのは感じられた。よくこんなものをもてるものだと思った。また手水をするおばさんとのタイミングが難しく苦労した記憶もある。それでも大体、後は見学が多くて、餅粉に乗せられた出来上がった熱い餅をちぎって丸くする手伝いをするのが中心。しかし、これも子供には結構熱くて大変だった。

丸餅のほかに、切り餅用の大きな餅と鏡餅を持ち帰る。餅箱に入れてしばらく保存。鏡餅は、三方に半紙を敷いて、裏白を乗せて、鏡餅の大・小を置き、その上に串柿を置いて、昆布を垂らし、橙を置く。毎年、流風の役目だった。

正月期間はずっと丸餅を頂いていた。大きい餅は、正月が過ぎてから、父が切っていたように思う。その頃には、少しカビが生えている場合もあった。鏡餅は確か15日頃に、父が鏡割りということで、金槌か何かで割っていた。これにはカビが生えており、少し気味が悪かった。大変固くなっているので、割るのに苦労しているようだった。割れたものを水につけて、ふやかせ、少し水気を取って、焼いて、ぜんざいなどにしていたようだ。

しかし、餅つきをしたのは、幼年時代だけで、それ以後は、購入していたようだ。多分、その頃から時代のスピードが変ったのだろう。最近は、更に輪をかけて、全てパックされた味気ない鏡餅が売っているが、少し風情がない。これも時代かもしれない。でも、餅つきの習慣が廃れていくのは、少し残念だ。

そんなことを思い出して、感慨にふけっていると、今年も、終わりまですぐだ。あっと言う間の一年だった。

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