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2007年1月11日 (木)

薮入りと丁稚修業 (下)

それにしても、丁稚の修業は大変だ。親類の人から聞いた話では、夜遅くまで仕事をすると、子供のことだから、うとうとして眠くなる。そうすると先輩から、きつく叱られたり、苛められたりしたそうである。

時には、先輩達に仕事をみんな押し付けられ、先輩達は、遊びに出かけたということもあったらしい。彼らが帰ってきて、仕事ができていなかったりすると、すぐさま苛められる。しかし、どうせ彼一人では、できないだろうことはわかっている。

そして、残りの仕事は、彼らによってすぐ要領よく片付けられる。そういうことを見て育つから、人間も練られるわけだ。もちろん失敗したり、あるいは、そのために先輩が失敗したりしたら、拳骨や平手打ちなどは常だったらしい。

さすがに、店主とか番頭さんに手をかけられることはないが、口うるさく言われる。問題は本人がどう受け止めるか。そういうことが、後々まで影響してくる。自分のためと理解すれば、それは進歩につながる。単なる苛めや嫌がらせと捉えれば、そこで進歩が止まる。同じ子供でも、受け止め方は微妙に異なる。そういうことが将来に差が出てくる要因のようだったと言っていた。

また御飯も麦飯と汁だけで、おかずもほとんどなかったという。だが、これは上も下もなく、皆同じものを食していたらしい。布団もくさい臭いのする煎餅布団で、掛け布団といっても薄いものだから、冬は大変寒くて大変だったという。

もちろん逃げ出す者も多く、残る者も少なかった。しかし、彼は、逃げ出す先もなかったので辛抱したとのこと。その結果、勤め上げ、先輩を追い抜き、責任者に据えられ、やがて店を持った。彼の人生訓は、結局、人間辛抱。残った者が勝ちだそうである。

それでも薮入りは確かに嬉しかったそうで、家は貧乏なので何かしてもらえるわけではないが、心の洗濯ができたようだ。家族といろいろ話ができることが明日への活力になったのだろう。

とは言うものの、最近は、「薮入り」という言葉はほとんど使われない。それは、戦後の義務教育の延長や労働法規の整備が影響した結果、丁稚という仕組みがなくなったからだ。子供を労働力として使うことは、実際問題として、できなくなった。その結果、子供が、他人様の飯を食って教育される機会を失ってしまった。

しかし、この薮入りの習慣は、戦後も、盆休みとお正月の休みとして残り、ボーナスもその名残と云われる。サラリーマンは、戦前まで営々と続いた丁稚制度の恩恵を受けているとも言える。長期休暇に旅行とか買い物に行くのもいいが、家族と仕事について話し合うのもいいかもしれない。家では仕事の話はしないなんて言わずに。

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