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2007年1月30日 (火)

襖絵の鑑賞

子供の頃、留守番中、友達と家の中で騒いで、襖に穴を開けて、どうしようと困ったことがある。手で撫でて元に戻そうとするが、どうしても戻らない。あの時、色々思い悩んだことを思い出す。

結局、両親が帰ってきて、こっぴどく叱られ、父には尻を叩かれるし、襖の中の暗い押入れの中に入れられて怖い目をした。後で、母が食事を運んでくれたが、当日は一人で夕食を摂ることになった。それも遠い記憶だ。

また襖絵がどういうデザインであったか覚えていない。多分、ありふれたものだっただろう。さて、先日、少し時間が空いたので、京都国立博物館で開催されていて、初公開という『京都御所障壁画』というものを駆け足で鑑賞してきた(実際は短い時間なので、鑑賞になっていないが)。要するに御所の襖絵である。1855年に造営された京都御所の御常御殿と御学問所の襖絵を公開しているのだ。

以下、素人的見解で、専門家ではないので、間違った見解かもしれないが、一応記しておく。

全体として、彩色がかかっているが、多くが多少くすんでいる。しかし、構図や手法は一般の水墨画と同じだろう。それに彩色させたということだろう。日本の水墨画自体は、中国の画家の影響がある。日本の水墨画が盛んになった室町時代は、当時の文化先進国であった中国の影響が大きいと言われる。

専門家によると、当時、「山水図」や「芦雁図」に、夏珪、牧渓、馬遠、孫君沢、玉澗などの作家の様式を真似たようだ。そして後世の画家もその流れの影響を受けている。この展覧会の展示された襖もその流れを汲むものであろう。

また大体が水墨画に多く見られる「山水図」や「芦雁図」と思っていたが、結構人物画も多く、中国の帝王を参考にした絵もあった。基本的には、帝王のあるべき姿を描いているのだろう。皇室は、いかに国を治めるかについて、御所の内部にも、こういう配慮をしていたことがわかる。

人間は環境に影響される。こういうものを見ていると、何をしなければならないのかを意識させられるのだろう。単なる水墨画として見るのとは異なり、襖の絵を、どういう観点からこれらの意匠にしたのかを考えて見ると、また違った趣が感じられた。

しかし、襖は建築物にあって、初めて価値が認められるものであろう。描かれているものには、確かに価値は認められるが、芸術という意味では、こういう企画は限界があるのかもしれない。やはり建築物での展示が求められる。無理だろうけど。

なお、この展覧会は2月18日まで。

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