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2007年1月13日 (土)

落語 『三枚起請』と遊び

「遊びは遊び、そやけど素人さんには手出したらあきまへんで」は、祖父の口癖だった。「そやけど、今は、素人はんと玄人はんの区別が難しいですなあ。遊びにくい時代ですわ」と遊び人の話。流風とは違いまっせ。

ところで、『三枚起請(きしょう。ぎしょうと濁る解説もある)』は、最近あまり演じられない落語がある。昔の遊びをいちいち説明しないと、観客が理解できないからかもしれない。舞台は江戸の下町だ

これは要するに、吉原の遊女が男達を騙す話だ。今でも、よくありますね。遊びに行って、遊びで割り切れず、本気になってしまう若い人。中年のおっさんもいるかも。彼女らはビジネスだということを忘れてしまう。まっ、わからんこともないけど(苦笑)。

ところで「起請」とは、「起請誓紙」のことで、文字通り、神仏に対して嘘偽りがございませんと書いた誓いの文書のことで、約束を破ったら、血を吐いて死ぬと言われた。裁判所の尋問で、誓約するのと似ている。どういうわけか、熊野権現が関わりがあるということらしいが、ここでは省く。

内容は、大工の棟梁と、唐物屋の息子、質屋の倅が、雑談していると、三人とも、小照という遊女から、それぞれ「末は夫婦になろう」という起請文をもらっていることがわかった。そこで、三人は仕返しとして、謀議?により、彼女を責めることを決定。まあ、気持ちもわからんでもない。

早速、御茶屋に出かけ、女将に言い含め、小照を呼び出し、三人揃って、起請文を突きつけなじる。そこは、海千山千の小照は、全く詫びる様子もなく、「騙される方が悪いのや」と言う。現代で言えば、結婚詐欺師の常套文句ですな。

そこで、大工の棟梁は、「わしはともかく、若い者を騙すのは良くねえ。起請文など、後に残るものを書くのは、若い者が本気にするじゃないか。起請文なんて書く時にゃ、熊野鴉が三羽死ぬって昔から言うじゃねぇか。そういう罪作りなことはおやめなせぇよ」と言う。

そうすると、小照、返して言うには、「いや、わたしは熊野鴉どころか、世界中の鴉をみんな殺してやろうと、思っていやすん」「そりゃ、どうことかい」と棟梁。小照が言うには、「勤めの身じゃもの、朝寝がしたい」とオチ。職業柄、わかるような気もするが、さすがにしたたか。そうでないと、生きていくには、止むを得ない選択かも。

また、このオチは、以前、桐野利秋の言葉として紹介した、「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」が原点になっているのだろう(高杉晋作の都々逸とも言われている)。

なお、この演目は、上方では、場所を難波新地などにして演じている。筋はほとんど変らない。ただ、大阪弁のため、どこか騙されても言葉が柔らかい。それに遊びは遊びで、割り切っているし、遊女への抗議も遊びの一部と思っているフシがある。遊女の言うことを本気にする奴がアホやでという雰囲気がある。

でも、この程度で騙されたら、アホでっせ。若い時は、しょうないけど。流風も、若い時、ちょっとボーナスもらって、この落語と事情は違うけど、スッカラカンになった。高い授業料払いましたで。あんまり人のことアホやでとは言いにくい(苦笑)。

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